第4戦バーレーンGP「混乱のGP、接戦のシーズン」【F1 2012 続報】
2012.04.23 自動車ニュース【F1 2012 続報】第4戦バーレーンGP「混乱のGP、接戦のシーズン」
2012年4月22日、バーレーン・インターナショナル・サーキットで行われたF1世界選手権第4戦バーレーンGP。コース上では、レッドブルとセバスチャン・ベッテルの復活劇、ロータスの速さが光ったが、コースの外で起きた不穏な出来事を無視するわけにはいかないだろう。
■安全とF1
今日、F1と安全性は不可分な関係にあることはいうまでもない。スポーツと名がつくもののなかでも危険度が高いモータースポーツにあって、ドライバーは強固なヘルメット、頭や首回りを守るHANS(Head and Neck Support)、難燃性のスーツやグローブなどで身を固め、年々厳しくなるクラッシュテストをパスした、極めて堅牢(けんろう)に作られたマシンに身を潜める。サーキットには十分なランオフエリアや衝撃吸収材、事故の際には即座に駆けつけることができるエマージェンシー態勢など、リスクへの高い対応力が求められる。
当たり前のことだが、コースにつめかける観客やテレビのオーディエンスは、日常目にすることのないクラッシュシーンならモータースポーツの魅力としてある程度楽しむことができるが、だからといって人が傷つくこと、命が失われることを望んでいるわけではない。そしてそのことは、F1をさまざまな面から支えるスポンサーにもいえることである。人命が失われるようなイベントをサポートするということは、CSR(企業の社会的責任)からして、あり得ないことといっていい。
F1は安全に行われるからこそ楽しめ、また興行として世界で流通できる商品たりえる。しかし、あくなき安全性の追求というプリンシプルは、騒乱のただ中にある中東の島国でのレース開催で、大きく揺らいだ。
2010年から翌年にかけて吹き荒れたアラブ諸国の反政府運動、いわゆる「アラブの春」をきっかけとして、ペルシア湾にある小国バーレーン王国でも反政府デモが激しさを増した。バーレーンは、社会のトップを少数派の一派が占め、多数派が底辺層でくすぶるという社会構造を持つとされるが、その多数派が中心となり、政治的社会的な自由を訴え立ち上がったのだ。
2011年2月14日、反政府デモに政府側が武力介入し、死傷者を出す事態へと発展。この渦中に、2004年から開催されてきたF1が実施されることは困難だということで、3月に予定されていたこの年の開幕戦バーレーンGPは延期、シーズン終盤に復活させようとする動きもあったが、最終的に中止となった。
あの騒乱から1年がたち、今年のバーレーンGPはカレンダーの第4戦として組まれた。だがその開催までには賛否両論が渦巻き、世界中のメディアがそれを取り上げた。
ドライバー、チーム関係者、ジャーナリストたちが、騒乱後のかの地で安全にレースを行えるのか、という問いに対して、FIA(国際自動車連盟)は、第3戦中国GP開催中の4月13日、「現在までの情報を踏まえ、バーレーンでF1を開催する上でのすべての安全性に満足している」とゴーサインを示した。
そして迎えたバーレーンGPウイーク。一部の反体制派が抗議行動に打って出たことが世界中のメディアをにぎわせた。チームスタッフを乗せた車両が火炎瓶投下の場に居合わせてしまったことで、フォースインディアの一部のメンバーは早々に帰国、同チームは金曜日の2回目のフリー走行に参加せず早めに宿に戻る、ということまで起きた。また各地でデモが行われ、当局との衝突で死者が出たという情報も流れた。いままでになかった混乱ぶりである。
安全性の向上に最高のプライオリティーを置いてきたF1が、客観情報からして安全性に難があるようにみえる国でレースを実施するとは、なんという皮肉だろうか。結果的に、そして幸運にもサーキット内では懸念された出来事は何も起こらなかったが、国内の一部で争いが再燃したことについては、重く受け止めるべきだろう。
■政治とF1
安全性のほかに、もうひとつの大きな問題があった。それはF1の政治的なスタンスについてである。
政情不安のなかF1が開催されることには、意図の有無に関わらず、政治的なメッセージ性を帯びる。そもそもバーレーンGPは、国の支配層の象徴的人物ともいえる皇太子の肝いりで始まった経緯があり、この時点でF1は体制側とみられてもまったくおかしくはなかった。
今年の同GPのスローガンは「UNIF1ED One Nation in Celebration」(UNIFIED=統一のなかに「F1」の文字が組み込まれている)、つまり騒乱後の国としての一致団結を掲げており、この点からもF1が体制派のプロパガンダを担っていたといえる。反政府側はF1開催を逆手に捉え、世界に向けて自国の状況(惨状)を訴えようとデモや運動を実行した。F1はまさに政争の具と化した。
当局による市民への武力弾圧が問題視されている国でGPを開催するということは、つまりF1はその国のスタンスを受け入れているということにつながりかねない。国際的スポーツ競技がはらむ政治性について、バーレーンGPにゴーサインを出したFIA、それを支持したF1チームや商業権を持つFOM(Formula One Management)に、ファンやスポンサーをはじめ、世界から厳しい視線が向けられても何ら不思議はないだろう。
■ベッテルの復活
きな臭い話題ばかりが先行したバーレーンGPだが、コース上では王者レッドブルとセバスチャン・ベッテルの復活に注目が集まった。昨季19戦でポールポジション15回、優勝11回を記録したベッテル。今年の序盤3戦での最高位は予選で5位、決勝では2位と、タイトルホルダーとしては寂しい戦績にとどまっていた。
2年連続のチャンピオンチーム、レッドブルは、その最大の武器であった「エキゾースト・ブロウン・ディフューザー(EBD)」がレギュレーションで事実上禁止されてしまったことで、かつてない苦しいスタートをしいられた。
技術責任者のエイドリアン・ニューウェイは、レギュレーションが大きく変わった2009年来、マシン後端にあるディフューザーの効率化を中心に開発を進めてきたとされるが、EBDをもぎ取られた今年、排気されるガスの扱いで一瞬の迷いが生じたようである。開幕直前のテストでエキゾーストまわりのレイアウトを変更。それまでマシンの後部から排気していたものを可能な限り前方に移動させたレッドブルは、急きょ路線を変更したことでマシンの安定感を失い、そのままシーズンに突入した。
EBDは、高速に流れる排気ガスを利用してディフューザーの効果を上げる仕組みだった。ニューウェイは、EBDが使えなくともエキゾーストを前方に移しうまく整流させることで、同じような効果を弱いながらも再び得られることに気が付いたのだが、それを当初からマシン開発で採用していたのが、開幕戦からペースセッターとなったマクラーレンだった。
このように最大のライバルに先を越されたレッドブルのキャッチアップが、早くも4戦目にして花開いた。まずは予選でベッテル1位、僚友マーク・ウェバー3位と上位につけ、2番グリッドのルイス・ハミルトン、4番手ジェンソン・バトンのマクラーレン勢を従えることに成功した。
ベッテルはレース前、昨シーズンの勝ちパターンである、スタートでトップを守り、早々に後続車にDRSを利用させない1秒以上のギャップを築きあげ、逃げ切ることをもくろんだに違いないだろう。だがそれを阻止するべく名乗りを上げたのが、マクラーレンの2台ではなく、ルノーあらためロータスの2台だったことが、2012年シーズンのおもしろいところである。
■レースで速いロータス
レースは、当初ベッテルの思惑通りに進行した。オープニングラップを首位のまま終えると2位ハミルトンに2.2秒もの差をつけ、3周で3.3秒、4周で3.9秒、5周で4.5秒とベッテルはリードを広げはじめた。いっぽう追うポイントリーダーのハミルトンはペースを上げられず、7周目には予選7位のロメ・グロジャンのロータスに抜かれてしまった。
この時点で、ロータスのレースペースの速さが顕著になった。11番グリッドからの出走となったキミ・ライコネンも着実にポジションを上げ、各車最初のピットストップを終えた15周を過ぎると1位ベッテル、およそ5秒後方に2位グロジャン、そして3位ライコネンと、レッドブルにロータスの2台が食いつく展開となる。トップ3と4位を走行するウェバーの間に大きな溝ができ、優勝争いが絞られてくるのもこの頃だ。
57周レースの24周目、タイムが頭打ちとなるグロジャンをライコネンが抜き2位に浮上。約6秒前の首位ベッテルを追った。2度目のタイヤ交換後もライコネンの速さに衰えはなく、28周を終えるとトップとの差は2秒、29周で1.7秒、そして34周目にはDRS射程圏内の1秒以内に突入した。
36周目、メインストレートでDRSを使ったライコネンがベッテルに襲いかかるが、レッドブルが何とか抑え切る。その後も僅差の首位攻防戦が繰り広げられたが、2010-2011年の王者は、2007年のチャンピオンに先行を許さなかった。
3度目にして最後のピットストップを終えると、トップ2台のタイム差は2〜3秒に安定し、勝負あり。ベッテルが自身通算22勝目、昨年10月のインドGP以来となる勝利を手にし、ライコネンは2009年8月のベルギーGP以来となる表彰台の頂上に届かなかった。
■4戦して4人のウィナー
ジェンソン・バトン、フェルナンド・アロンソ、ニコ・ロズベルグ、そしてベッテルと、4戦で4人のドライバーが勝者となり、毎戦ポイントリーダーが変わる2012年。各チームのパフォーマンスが拮抗(きっこう)し、ひとつの小さなミスが大きな差を生む今シーズンは、ビンテージイヤーとなる予感がする。
いわゆるフライアウェイが終わり、次からはいよいよヨーロッパに戦場を移す。5月13日に決勝を迎える次戦スペインGPを前に、5月1日〜3日にはシーズン中唯一の公式テストが行われる予定であり、各マシンの大幅なアップデートが見込まれている。
(文=bg)
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