価格は1本1億円超!!
マクラーレン印の腕時計はどうしてそんなに高いのか?
2018.06.15
デイリーコラム
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型破りなラグジュアリー
2018年3月に、ジュネーブ空港に隣接するパレクスポで開催されたジュネーブモーターショー。マクラーレン史上、最も高性能なロードカーとなった「マクラーレン・セナ」のお披露目と同時に、マクラーレン・オートモーティブとの連名で、ある腕時計が発表された。
コラボレーションピースを製作した時計ブランドの名は、RICHARD MILLE(リシャール・ミル)。しかし、参集したモータージャーナリストたちの頭を悩ませたのはそのプライス設定だろう。なにしろ、新作として発表された「RM 11-03フライバッククロノグラフ マクラーレン」は、日本価格2130万円(予価)。同時に展示された「RM 50-03トゥールビヨン スプリットセコンド クロノグラフ ウルトラライト マクラーレンF1」に至っては、日本価格1億1270万円(予価)だ。「高級時計ってやっぱりお高価(たか)いのね……」ですまされる額じゃない。なぜリシャール・ミルの腕時計は、こんなにも高価なのか?
「時計のF1」を標榜(ひょうぼう)して2001年にデビューを飾ったリシャール・ミルは、その時点で型破りな存在だった。腕時計に搭載される超複雑機構のひとつ、「トゥールビヨン」といえば、当時の常識ではうやうやしく取り扱うのが常識。やっとの思いで入手したコレクターたちでさえ、普段はコレクションボックスに厳重に保管しておくのが通例だった。しかしリシャール・ミルは、自分のトゥールビヨンを床に放り投げてみせた。腕時計はしまっておくものじゃない。実際に使えないなら意味などない。リシャール・ミルがやってのけたパフォーマンスには、そんな業界に対する皮肉さえこめられていたのだろう。
その後もリシャール・ミルは、最先端のレーシングマシンのほか、航空宇宙産業、さらには軍事産業などから積極的に技術や先進素材を採り入れていった。高級時計といえば、ケースにゴールドやプラチナといった貴金属を使うため、ズシリと重いのが常識。しかしそんな価値観は、リシャール・ミルが次々と導入する先進素材によって、あっけなく覆されてしまう。「超軽量であることが、新しいラグジュアリーのカタチ」。そうした価値観の転換は、リシャール・ミルの腕時計をさらにエクストリームな存在へと押し上げてゆく。耐衝撃性の向上はスポーツウオッチの大きな課題のひとつだが、徹底した軽量化(=自重の減少)は、そのまま耐衝撃性を飛躍的に向上させることにつながる。リシャール・ミルは、一般的には見たことも聞いたこともないような“新素材”で作られた腕時計を次々とリリース。ついでにプライスタグのゼロの数も、7つ以上が通例となっていった。
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メカも素材も飛びぬけている
では1億円オーバーのRM 50-03とは、どんな腕時計なのか? まず搭載された機能がすごい。先のトゥールビヨンと並んで超複雑機構の双璧をなすのが、複数のラップタイムを計測できる「スプリットセコンド」だ。個別でもモノすごいのに、腕時計の世界ではそれらをひとつのパッケージにまとめると“グランドコンプリケーション”と呼ばれ、制作難易度が一気に跳ね上がる。
RM 50-03は、トゥールビヨンとスプリットセコンドのワンパッケージ。さらに超軽量級(ムーブメントの単体重量7g)というオマケ付きだ。さらにこのモデルはケースの品質がすごい。英マンチェスター大学とマクラーレン・アプライド・テクノロジーが研究を進める「グラフェン」は、2004年に特定されたばかりの最新素材。理論特性が半導体分野などから注目されてはいるものの、いまだ有用な工業化のめどすら立っていないという先進テクノロジーなのだ。
唯一、グラフェンを応用して使っているのは、マクラーレンのF1マシン(どこに使われているかは未公表)と、リシャール・ミルだけだ。リシャール・ミルは、後述するカーボンTPTをバインダーとすることで、グラフェンを積層させた新素材「グラフTPT」を独自開発。この未知の新素材を、ただ時計の軽量化のためだけに使うという執念が凄(すさ)まじい。
1億円オーバーのRM 50-03がF1マシンなら、RM 11-03はマクラーレンのロードバージョンだ。ケースは積層カーボンの一種である「カーボンTPT」と、同様の織り方で積層された「クオーツTPT」のレイヤー構造。ケース切削の具合で表面に現れるダマスカス調のパターンが美しいが、両者を交互に積層させるというアイデアは、リシャール・ミル独自のものだ。生産本数はマクラーレン・セナの生産台数と同じ500本。すでに受け付けは終了しているが、同車のオーナーにはシリアルの優先購入権が与えられていた。
(文=鈴木裕之/写真=リシャール・ミル/編集=関 顕也)
