第970回:クルマの背中に浮かぶ文字たち――空いた字間が語るもの
2026.07.16 マッキナ あらモーダ!かつて字間は空いていた
近ごろイタリアでクルマを運転していると、先行車の後部を見て気づくことがある。テールゲートにブランド名のフルネームが、字間を離して貼られているクルマにたびたび遭遇するのだ。最新例は「レクサスLBX」である。L E X U Sの5文字が一定の間隔を保って配されている。「DSオートモビル」にはDS AUTOMOBILES、「メルセデス・ベンツ」の「Vクラス」にはMercedes Benzの文字が同様に確認できる。いずれも、ブランドの正式なロゴタイプとは別だ。ちょっとした流行である。2026年7月6日にティザー映像が発表されたベントレーのバッテリー電気自動車(BEV)「トルカル」も、目をこらして見るとBENTLEYの文字が見える。今回は、この「後部に貼り付けられたブランド名」と「字間」について考えてみたい。
文字と文字の間隔を示す「字間」という言葉について振り返っておくと、かつては出版、グラフィックデザイン、そして印刷業界で働く人の専門用語だった。一般にも広く知られるようになったのは、1980年代後半のワードプロセッサーと、続くパーソナルコンピューターの普及によるものである。
往年の自動車広告におけるブランド名のグラフィックを確認すると、字間が離れているものが少なくない。好例がメルセデス・ベンツである。戦間期そして第2次世界大戦後を通じて、書体にこそ変遷があるものの、いずれも字間は離れ気味である。これは他の業界にも見られる。身近な例はソニーで、1957年制定のロゴはSONYの4文字にかなり字間を確保している。
次に車体後部に字間を空けて車名を貼り付けた例を見ると、「リンカーン・コンチネンタル」があり、それは後継モデルに受け継がれる。ヨーロッパ車では1960年の「ボルボP1800」に、VOLVOの5文字がトランクリッドに配されていた。
後年、字間のトレンドは狭める方向に傾いていく。ソニーの場合も1961年に詰めている。メルセデス・ベンツのロゴもパリ・シャンゼリゼ通りのショールームを撮影した1980年代初頭の写真を見ると寄せられている。ちょうどそのころ少年時代を送った筆者は、文字が詰まったロゴのほうがモダンに感じられたものだ。多くの人も同様の感覚だったのだろう。
なぜ今、再び字間を空けるのか
筆者の記憶では、再び字間を空けたロゴタイプが現れ始めたのは2010年代に入ってからだ。それは車両の後部にも現れた。嚆矢(こうし)のひとつは2010年の2代目「ポルシェ・カイエン」で、PORSCHEの7文字が堂々とテールゲートに記されていた。2012年の2代目「ボルボV40」もしかりであった。P1800のごとく一文字ずつがテールゲートに間隔をとって貼られていたのだ。ボルボは2020年、ブランド自体のロゴタイプも字間を空けたものに変更している。
昨今の自動車バッジにおける「字間空け」の背景にあるものはなにか。筆者が考えるのは第1に、かつてそれが主流であったころから存在する歴史あるブランドであることを匂わせる、手っとり早い手段であるということだ。そればかりか、レクサスのように実は比較的若いブランドであっても、歴史があるように見せる効果がある。最新の動きとしては高級車ブランドにとどまらず、マツダやオペルまでもが字間を空けたロゴを後方に施し始めている。欧州で積極的に展開している中国ブランドにも、同様のロゴを採用しているものが数々見られる。第2に、字間のアキは読むのに若干の時間を要することから、ゆとり、すなわち豊かさを匂わせることができるのだろう。
さらに思い出したのは、かつてどこかで聞いた、ある任侠映画俳優による解説である。彼によると「大物役を演じるには、振り向くときがポイント」だそうだ。キョロキョロせず首をゆっくりと回して後方を見る。それだけで迫力が違うという。もちろん演技と視覚的効果は分野が異なる。だが、後方に向かって字間を置いて記されたL、E、X、U、Sの文字は、あたかもゆっくりと振り向いた人物が、低音で発音しているのと同じ、ある種の威圧感を筆者に感じさせるのである。
次はどんな字間を空けたブランドが、筆者が運転するクルマの前に現れるのか。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、レクサス、ベントレー、ステランティス、メルセデス・ベンツ、フォード、マツダ、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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