ホンダ・インサイト(FWD)
上善ならば水のごとし 2026.07.20 試乗記 3000台の限定で販売される新型「インサイト」は、クロスオーバー風のフォルムと、これまでのホンダ車にはなかった内外装のデザインテイストが新鮮だ。中国で生産され、日本独自の名前が与えられた新型電気自動車(BEV)の走りと仕上がりを、ロングドライブで確かめた。現行型「シビック」よりもひと回り大きい
これが新しいホンダ・インサイトであるか。と思いつつ、鮮やかな薄いブルーメタリックをまとった、その正体は「東風ホンダe:NS2」または「広汽ホンダe:NP2」なるBEVの日本仕様に乗り込む。e:NS2/e:NP2はホンダが中国で展開しているBEVシリーズの第2弾で、発表は2024年。実物は初見なれど、どこか既視感がある。
シャープな造形は現行の「ヴェゼル」や「シビック」等に通じるものがあると感じる一方、フロントのHマークなかりせば、どこのブランドであってもよい気もする。
着座位置はやや高めだ。もっとも最低地上高は140mmと、乗用車、例えば、シビックの最低地上高の135mmと5mm違うだけである。つまり最低地上高の問題だけではなくて、前席の下から後席下あたりまでリチウムイオン電池が敷き詰められているBEV専用プラットフォームが、そのぶんフロアを高くしているという事情もある。運転姿勢が乗用車そのものなのは、ペダル付近には電池が配置されていないからだ。
室内は広々としている。BEVのパワートレインはコンパクトだから。というより、クロスオーバーを自称する4ドア+ハッチバックのボディーがCセグメントとしてはでっかいからだ。全長4785mm×全幅1840mm×全高1570mmという数字は、現行シビックより225mmも長くて40mm幅広く、155mm高い。2735mmのホイールベースはシビックと同じなのに……。
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見慣れたものに安心感
運転席からの眺めはごくフツウだ。むしろ、21世紀の自動車としては地味目の部類に入る。それはしかし、欠点ではない。どこの世界にも地味好きは一定数存在するわけだし、先進性が強調されすぎていないことは心の平安につながったりもする。最近のBEVには乗車しただけでシステムが起動するタイプもあるけれど、新型インサイトはそうではない。ダッシュボード中央、やや右寄りに「POWER」のボタンがある。このボタンを押さない限り、ONにはならない。自動車という乗り物を運転する際には、やっぱりある種の儀式は必要だ。と筆者は思う。
で、そのボタンを押すと「じゃーん」と、いかにもBEV的な電子音が盛大に流れる。ステアリングホイール越しに眺める細長い画面に小さく「READY」の文字が浮かぶ。この画面、ちょっと見づらい。フロントガラスに速度その他を映し出すヘッドアップディスプレイがあるから、じつは見る必要はないけれど、つい実画面で確かめたくなるのは、筆者が鶴田浩二ほどではないにせよ、古いやつだからなんである。
センターコンソールのギアのセレクターはホンダ車で見慣れた四角いボタン式だ。古いやつほど新しいものを欲しがるものでございますけれど、見慣れたものに安心感を持つのもまた確かである。そう。これはホンダなのだ。
「D」のボタンを押してアクセルを踏み込むと、パーキングブレーキが自動的に解除され、新型インサイトはおずおずと走り始める。
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FWD車だが前輪駆動感がない
走り始めて最初に気になったのは「キイーン」という高周波音である。アクセルを踏むと、ちょっと遅れて加速を始める。磁石で地面にくっついているみたいな感がある。操作系、ステアリングとペダルがやや重めなこともあって、ボディー全体が重たい印象を受ける。いや、ボディーはむしろ軽い。車重は1770kg。BEVで航続距離535kmを可能にする電池を積んでいるのに……。
と思ったら、ドライブモードが「ECON」だった。あらら。早速「NORMAL」に切り替える。でもって右足を踏み込む。アクセルを踏み込むと、ちょっとばかし遅れて、「ひゅぃいいいいいいいいいいん」というインバーターの音(たぶん)が聞こえてきて、いい感じで加速する。
モーターの最高出力は204PS、最大トルクは310N・mもある。この大トルクをフロントの2輪だけで路面に伝える前輪駆動だけれど、前輪に引っ張られている感は薄い。床下電池式による低重心によって、4輪がもれなく接地しているからなのかもしれない。ガバチョとアクセルを開けてもトルクステアが皆無なこともある。
乗り心地は決して悪いわけではないけれど、もうちょっとしなやかさが欲しいというのが第一印象だった。ひとつには試乗を開始した内房の一般道の路面が荒れていたこと、テスト車が走行距離1162kmのおろしたてだったこと、なによりタイヤが、サイズは225/50R18といまどきのクルマにしては穏当ながら、「コンチネンタル・ウルトラコンタクトUC6」を装着していたことに起因していると思われる。「トータルバランスに優れたコンフォートタイヤ」なるウルトラコンタクトUC6は、サイドウォールが補強されたランフラットなのだ。その分、パンクしたときに安心。というメリットがある。
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アロマディフューザーを採用する理由
高速巡航は風切り音も路面からの騒音もよく抑えられている。不思議なほど静かなのだ。その秘密は、BOSEの「アクティブノイズコントロール」にあるらしい。ノイズと逆位相の打ち消し音をスピーカーから発するという、ヘッドホンとかでもおなじみのシステムである。
「SPORT」モードに切り替えると、同じBOSEのスピーカーがヴオオオオンッという人工的なサウンドをアクセル開度に合わせて発し始める。アクティブサウンドコントロールが自動的に起動し、同時に眼前のメーターが赤くなる。アクセル一定なのに、スルスル加速したりもする。
ゆるやかなワインディングロードに至りハンドリングを試すと、クロスオーバーとは思えぬほどよく曲がる。ロールが控えめでボディーがフラットに保たれるのはBEV専用プラットフォームのおかげ、そしてよく曲がるのは旋回中に前輪の内側のブレーキを軽くかけることで旋回モーメントをつくりだす「アジャイルハンドリングアシスト」が黒子として奮闘しているからだろう。立ち上がりで全開にすれば、310N・mの大トルクにより、ホットハッチ的速さを披露する。
都内の路面だと乗り心地は上々。BEVならではのゼロ発進加速で、信号のたびに交通の流れをリードすることができて、胸のすく思いがする。運転していて素直で、退屈なわけではないし、欠点も見当たらない。ただ、素直すぎる。BEV特有のスムーズネスと静粛性が、無色透明で無味無臭、シラタキとかはるさめとかを思わせるのだ。あ。だから、アロマディフューザーなんてものがあるのか。
航続距離も含め、たいへん実用的で、白物家電のように使える。メイド・イン・チャイナの「東風ホンダ」で売り出す手もあったかも……。
(文=今尾直樹/写真=花村英典/編集=櫻井健一/車両協力=本田技研工業)
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テスト車のデータ
ホンダ・インサイト
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4785×1840×1570mm
ホイールベース:2735mm
車重:1770kg
駆動方式:FWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:204PS(150kW)/4621-4900rpm
最大トルク:310N・m(31.6kgf・m)/90-4621rpm
タイヤ:(前)225/50R18 95V/(後)225/50R18 95V(コンチネンタル・ウルトラコンタクトUC6)
一充電走行距離:535km(WLTCモード)
交流電力量消費率:134Wh/km(WLTCモード)
価格:550万円/テスト車=566万0600円
オプション装備:ボディーカラー<アクアトパーズ・メタリックII>(4万4000円) ※以下、販売店オプション フロアマットカーペット<プレミアム>(7万9200円)/発話型ETC2.0車載器(3万0800円)/取り付けアタッチメント(6600円)
テスト車の年式:2026年型
テスト開始時の走行距離:958km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:292.8km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:6.4km/kWh(車載電費計計測値)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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