咆哮なき電気自動車「ジャガーTYPE 01(タイプ01)」に“ジャガーの魂”は宿るのか?
2026.10.07 デイリーコラム100年後もジャガーであるために
ついにニューヨークでその全容が披露された新型電気自動車(EV)「ジャガーTYPE 01(タイプ01)」。2カ月前に英国ゲイドンの本社でJLRの首脳陣と開発陣の話を聞くうちに、このクルマは、未来において、ジャガーがジャガーであり続けるために生まれた一台なのだと確信するに至った。
例えば――構造物の展示にあったフロントサスペンションを支える巨大な一体成形の骨格を見た瞬間、今すぐ乗ってみたいと思った。後述する“成形不可能なリアフェンダー”の峰を指でたどっただけで、その感触にゾクゾクした。
「何十年かたって、このクルマがコンクール・デレガンスに並んでいてほしい」。ペブルビーチの世界を体験したプロダクト責任者が口にした、開発の思いである。世界の名車が集う自動車文化の晴れ舞台、ペブルビーチ・コンクール・デレガンスでは、当然ながら歴代ジャガーの姿を毎年のように見ることができる。美しいクルマをつくることにかけて、このブランドが特別な歴史を持つことには疑いがない。
だが、その美しさは、生まれ持った特性であっても、生まれたときからの評価ではなかった。あくまでも何十年かたってから、そう世界が認めただけ。50年後の美意識など、誰にもわからない。だから新しいジャガーは決して「現代人にとってのありふれた正解」を狙わなかった。ヘリテージモデルがそうであったように、50年後、100年後もジャガーであり続けるべく、いま自分たちが信じる“確信のジャガー”を徹底して形にしようとした。その最初の回答が、4ドアラグジュアリーGTのタイプ01なのである。
専用の電気自動車アーキテクチャー「JEA」を採用する。だが、EVであることが出発点ではなかったという。まず、どんなジャガーをつくるべきかを考えた。必要なプロポーション、ドライビングポジション、ライド感、インテリア空間などを決めていく。既存のEVプラットフォームという制約のなかでジャガーらしさを探すことはしなかった。いや、できなかったのだろう。その理想を成立させる技術として、専用の新たなEVアーキテクチャーを開発したのだ。
全長5.2m超、ホイールベース約3.2m、それでいて全高は約1.4mに抑え、乗員は低い位置に座る。低いルーフライン、短いフロントオーバーハング、長いボンネット、伸びやかなリアオーバーハング、そして23インチホイール。この新しいGTは、どの角度から見てもドラマチックな存在感を放っている。
フロントアクスル中心から前ドアまでのいわゆるプレミアムレングスは898mmにも達し、車体全長のなんと17%を占めた。これはEVとしては異例で、割合でいえば「Eタイプ」にほぼ等しい。標準の23インチホイール(21インチも選択可)は、この長いフロントセクションと低いキャビンの対比をさらに強める。
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妥協なき挑戦のたまもの
850Vアーキテクチャーと118kWhの容量を持つ強力なバッテリーを搭載した。低く構えたGTと大容量バッテリーの搭載は通常、相いれない。床下に電池を敷き詰める合理的なEVパッケージでは、乗員の着座位置は高くならざるを得ないからだ。そこで、バッテリー側に工夫をこらした。大型の角形セルを使うバッテリーパックの配置を最適化し、前席乗員の足元付近にはセルを置かない空間を設ける。低いドライビングポジションを実現するため、電池のパッケージングも変えた。
ちなみに一充電走行距離はWLTPモード値で最長450マイル(約720km)を見込む。ついに東名高速の海老名SAにも設置された最大出力350kWの急速DC充電を使えば、最短13分で約200マイル(321km)分を補給でき、10~80%充電は約22分でこなす。
同じことはボディー製造にも見て取れる。開発陣が特にアピールしたのが通称「インポッシブル・パネル」と呼ばれる、約3mにおよぶアルミニウム製パネルだ。このリアクオーターパネルの成形には4階建ての機械が2500tの圧力をかけるプレス工程を6段階も要する。5つの面と3本のキャラクターラインを一点へ収束させるためだ。深い絞りとシャープな造形を両立するその形状は、シミュレーション上で一度は量産困難とされた。普通ならつくりやすい形へ改めるところを、彼らは約1500時間を投じて新たな成型方法を追求したのである。
デザイナーが描いた理想を、工場の都合で諦めない。もちろん、無条件に造形を優先したという意味ではない。デザインと生産の双方を理解し、解を探す。その過程に、開発陣が繰り返した「No Compromise(妥協はしない)」という言葉の本質がある。
美しいプロポーションを優先すれば、空力との対立を想像する。しかしここでも、デザイナーと空力担当者が決して妥協することなくミリ単位の調整を重ねた。長く低いボディー、明確に処理されたリアエンド、アクティブエアロダイナミクス、そしてブレーキ冷却のための空気の通り道。それらを、独特のシルエットを崩さずに統合しようとした。風洞での検証は7000回を超えたという。結果、Cd値(空気抵抗係数)=0.23というジャガー史上最も空力に優れた量産モデルとなった。
色と質感の開発にも妥協はなかった。ボディーカラー開発を担った井上馨介氏の話は、タイプ01がどれほど造形中心のクルマなのかを端的に伝えてくれるものだ。
コンセプトカー「TYPE 00(タイプ00)」が見せた鮮烈なピンクやブルーは、世界に強い印象を残した。しかし量産タイプ01のカラー戦略は、目立つ色を並べること自体が目的ではなかったという。強い色も、ジャガーにふさわしいかという厳しいフィルターを通して初めて意味を持つ。標準色には長く付き合える色を用意しながら、ビスポークや特別仕様には、ブランドの大胆さを最大限に表す選択肢を残す。その両立に、ジャガーの美意識があった。
世界60台限定の「Chromatic Moments」では、「フレンチ・ウルトラマリン」と「ロンドン・レッド」という専用色も選べる。前者はイヴ・クラインの作品を想起させるほど強い青で、後者はロンドンの赤れんがやギャラリーの壁といった英国の記憶を直接引き寄せる赤だ。いずれも単に派手な色ではない。サテンの反射で引き締め、色の主張と造形の存在感を両立させた。塗装を商品仕様の一項目ではなく、形と一体になった表現として考えるからこそ可能な仕事だろう。
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ジャガーらしいクルマをつくりたい
もちろんタイプ01は色とカタチだけのクルマではない。設計・製造に関わる特許出願は360件を超え、ジャガー史上最も技術的に進んだモデルでもある。 前輪に1基、後輪に2基のモーターを置く3モーター構成の四輪駆動とし、最高出力1030PS、最大トルク1365N・mを達成した。
0-100km/h加速を3.2秒、100-180km/h加速を4.0秒でこなす。開発陣が強調したのは後者、高速域でも余裕を失わないこと=「Power on Reserve」だった。必要なときに必要なだけの力を、余裕をもって引き出せることがこのクルマにとって最も重要というわけである。それはジャガーが長く大切にしてきた走りの哲学「Pace with Grace」にもつながっている。圧倒的な性能を備えていても、常に見せびらかす必要はない。性能の余裕が、ドライバーの心の余裕になる。それがジャガーの考えるGTなのだ。
実用性への配慮にもぬかりはない。シリコンカーバイドインバーターとインテリジェントトルクベクタリングが各輪への駆動力を素早く配分する。低速では最大6度の後輪操舵で扱いやすく、高速では同位相に切り替えて安定性を高める。全長5.2m超のGTでありながら、最小回転直径は11.5mとコンパクトカー級だ。
インテリアデザインにもまた、同じ思想が貫かれている。車内を前後に通るセントラルスパインは、4人の乗員に独立した居場所をつくる。低いシートポジション、横に広がるダッシュボード、ブラスを思わせる金属の仕上げ。「トラバーチン」など自然素材から着想を得た色調と、織物や金属といったマテリアル質感そのものが空間を形づくった。
先進技術は必要以上に自己主張しないというのも彼らの主張だ。単一ガラスの24インチOLEDディスプレイと、主要機能を担う中央の7インチタッチスクリーンを備える。さらに、全幅にわたるパノラミックサウンドバーを採用したJaguar Immersive Sound Systemが、乗員を包む音場をつくる。 ディスプレイや操作系は、必要なときに自然に使える位置にあり、デジタルリアミラーも視線移動を考えてクラシックカーのようにダッシュボード上に置かれた。巨大な画面をただ並べて、未来を演出するのではない。技術の存在を意識させず、ドライバーとクルマの関係を自然なものにする。そのために技術を使った。
新しいジャガーのブランド表現が公になったとき、世界は大いにざわついた。タイプ00の大胆なデザインや鮮烈なボディーカラーに戸惑った人も少なくなかった。従来のジャガーを愛してきた人ほど、変化をすぐに受け入れがたかったようだ。
話題になることと、長く愛されるクルマになることは別である。注目だけなら、デザインの奇抜さだけでも得られる。難しいのは、時間を経ても魅力を失わず、所有し、走らせる人にとって価値を持ち続けるものをつくることだ。つまり中身もまた、よりいっそう重要なのだ。
今回の取材で強く感じたのは、タイプ01が話題性だけを狙って生まれたクルマではない、ということだった。なぜこのプロポーションなのか。なぜバッテリーの配置を変えたのか。なぜ製造困難とされたパネルに挑んだのか。なぜ強い青を、あえてサテンで見せるのか。なぜ1000PSを超える性能を、速さの誇示ではなく余裕のために使おうとするのか。そんな問いのひとつひとつに、開発陣はひとつ残らず熱い答えを返していた。そして答えはすべて、ひとつの思想へつながっていた。ジャガーらしいクルマをつくること、である。
昔のジャガーに似せたところで、そんなことはできっこない。かつての名車を生み出した人々と同じように、いまの時代に自分たちが美しいと信じるものを、技術と情熱を尽くして実現するほか方法はないのだ。
遠い将来、タイプ01がペブルビーチの芝生に並んでいるかどうかは誰にもわからない。けれども未来が読めないからといって、挑戦しなければ輝かしい未来などない。未来を予想するのではなく、自分たちが信じるものをつくって未来へ託す。凡百の専門家による非難など聞くまでもない。タイプ01という新しいジャガーの挑戦は、そういうことなのだと思う。
当初は「1030」と「Design Vision」の2グレードを用意する。日本における車両本体価格は、それぞれ2188万円と2552万円で、2027年から導入の予定だ(限定車の価格は未確定)。もはや既存プレミアムセダンの、少し個性的な選択肢という立ち位置ではない。ジャガーのデザインと歴史や思想に価値を見いだし、相応の対価を払うという限られた顧客に向けたブランドとなった。
挑戦する気を失った現代のカーデザイン界にジャガーは新たな風を吹き込んだといっていい。「フェラーリ・ルーチェ」と並んで、今、最も試してみたい新型車の一台である。
(文=西川 淳/写真=JLR/編集=関 顕也)
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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