自動運転はこの先10年でどこまで進化できる?
2026.10.13 あの多田哲哉のクルマQ&A各メーカーがSDV(ソフトウエアディファインドビークル)に取り組むなかで自動運転が再び話題になっていますが、既存のADAS(先進運転支援システム)で十分という気もします。多田さんは自動運転の必要性や、今後の自動化についてどうお考えですか?
タイムリーな質問ですね。ちょうど東京都内でもタクシーアプリと連携した自動運転タクシーの本格的な実証実験や運行計画のニュースが話題になりましたし、アメリカや中国の主要都市ではすでに自動運転タクシーが実用化されて街なかを走っています。
ですので、「10年後にどうなるか」という話ではなく、もう現実に走り始めているというのが実際のところです。
以前であれば、自動運転には高価なLiDAR(レーザーセンサー)や、高精度な自動運転用地図データが不可欠だといわれていましたが、ここ半年から1年ほどで状況は大きく変わりました。
カメラの画像認識性能と、それを処理するAIの進化が爆発的に進んだためです。以前は「事前に高精度な地図を読み込ませたエリアでしか走れない」というのが常識でしたが、現在はカメラの画像データとAIのリアルタイム処理だけで、事前に地図のない田舎道や複雑な道路でも人間以上の精度で判断して走れるレベルに達しています。
人間は基本的に「目(視覚)」で周囲を見て運転しているわけで、クルマもカメラとAIの画像処理が人間の認識能力を超えたならば、高価なセンサーやインフラへの依存から解放されるわけです。私も実際にテスラをはじめとする車両で体験しましたが、最先端のクルマは山道も含めてさまざまな道路環境で普通に走れてしまいます。本当に気持ち悪い、いや、恐ろしいと感じるほどのレベルにまできています。
一方で「そもそも自動運転は本当に必要なのか?」という点については、私は「人類に必須の技術である」と思っています。私自身、現在は三重県の山の中に移住しているのですが、地方や過疎地域ほど自動運転のニーズは切実です。
高齢化が進んで自分で運転できなくなった時に、移動手段がないと買い物や病院にも行けなくなってしまいます。自治体が巡回バスなどを無理して走らせていますが、運転手不足も深刻です。そこに自動運転が普及すれば、「眠くなったら車内で寝ている間に移動する」「お酒を飲んでも自分のクルマで帰れる」といったレベルにとどまらず、地方での自由な移動が保証されます。移動の自由があれば人口の一極集中も緩和され、誰もが好きな場所(海や山の近くなど)に住めるようにもなります。移動の自由を担保して社会インフラを支えるという意味で、自動運転は絶対に必要な技術です。
この自動運転の話題は、最近ではSDVとセットで語られることが多いのですが、SDV化していないと自動運転ができないわけではありません。相性が非常にいいのは事実ですけれども。
世間の記事などでは「スマホのようにアップデートできるクルマ=SDV」と浅く捉えられがちですが、本質は違います。SDVの本当の目的は、「車内に100個近く散在している小型コンピューター(ECU)と無数のワイヤーハーネスを整理し、数個の大型コンピューターに集約することによる、大幅なコスト削減と軽量化」です。
テスラやBYDなどの新興メーカーは最初からこの構造でクルマをつくっているため、電気系の製造コストが圧倒的に安く、OTA(無線アップデート)も日々高速で行えます。一方、従来の自動車メーカー(日本のメーカーやフォルクスワーゲンなど)は、長年付き合ってきた膨大な部品メーカー(サプライヤー)からECU付きの部品を購入してきた歴史があります。SDV化してコンピューターを集約すると、それらの部品メーカーの付加価値が奪われ、経営が立ち行かなくなってしまうという「過去のしがらみ」を抱えているのです。
テスラやBYDに比べて、日本の既存メーカーがSDV化や自動運転の対応で4~5年遅れているように見ええるのは、技術力そのものよりも、こうした「既存のサプライヤーチェーンや過去の販売車両への補修パーツ供給責任をどう引き継ぐか」という構造的・組織的なパズルに苦労しているからです。
技術的なハードル(AI・カメラ認識の進化)はすでに越えつつあり、あと向き合うべきは、法整備や社会的な受容性の問題です。事故が起きた時の責任の所在など、特に日本人は慎重になりがちですが、都内での実証実験やタクシー運行などで実績を積み、安全性が証明されていけば、常識として受け入れられ、数年であっという間に普及していくはずです。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。