多田さんが「わかってるね!」と感じるクルマの特徴は?
2026.11.03 あの多田哲哉のクルマQ&A多田さんが新型車に接する際に、「このクルマの開発者はよくわかっているなぁ」と感じるポイントはどこですか? 出来に違いの出るところや必ずチェックする点があれば教えてください。
身もふたもない答えになってしまいますが、どのクルマも基本的には「わかっている人たち」がつくっています。「こいつ、わかってないな」と思うようなクルマは正直ありません。各メーカーで開発を任されるチーフエンジニアたちは、それ相応の経験を積んできたプロばかりだからです。
質問された方がイメージしているのは、例えばマツダの「ロードスター」のように、熱烈なこだわりや情熱を持ってつくられたクルマのことかもしれませんね。
「わかっている」「わかっていない」ということよりも、私がプロダクトに接して強く感じるのは「そのクルマに与えられたミッション」と、「開発者が置かれた社内環境」のリアルな違いです。
例えば、試乗してみて「このクルマの開発者は、上司や役員からの無理難題に翻弄(ほんろう)され、自分の思いを押し殺してつくったんだな」という苦悩が透けて見えるクルマもあれば、逆に「社内の“雑音”をうまくかわして、自分たちの志を上手に盛り込んだな」と感じるクルマもあります。
そもそも、上からの圧力や社内政治の影響を受けないケースもある。実は、初代マツダ・ロードスターや、私が手がけた初代「トヨタ86」がなぜあそこまでピュアにつくれたかというと、「はじめは社内でまったく期待されていなかったから」なんです。
「いまさらスポーツカーなんてつくっても、さほど売れるはずがない」と会社から冷遇され、予算も十分につかない。でもその代わり、社内のお偉いさんたちから「ああしろ、こうしろ」と口を出されることもない。下手に口出しして失敗した時の責任を取らされるのが嫌だから、周囲が関わりを避ける“エアポケット状態”になるんです。
そういう環境下だと、開発陣は放課後の部活やサークルのような熱量で、自分たちが本当に良いと思うクルマを自由に追求できます。ホンダの「スーパーONE」(電動EVスポーツ)に乗った時も同じ空気を感じました。会社がEVシフトで大号令をかけているようなギスギスしたタイミングでは絶対に生まれない、エンジニアたちの工夫と遊び心が詰まったクルマでした。
一方、「開発者の苦悩が透けて見えるクルマ」がどういうものかといえば、 典型的なのは、「プラットフォーム(車台)を刷新できないまま、走りや走りの質感をアピールせざるを得ないクルマ」です。
本当に走りを根本から変えようと思ったら、多額の費用と時間をかけてプラットフォームから新設計しなければ無理なんです。しかし予算も時間も与えられず、営業側からは「とにかく後席をもっと広くしろ」といった実用性の要求ばかり突きつけられる。
その結果、既存の骨格のまま小手先のチューニングでお茶を濁すしかなくなります。開発者自身も「これで根本的に良くなるはずがない」とわかっているのに、宣伝担当は「新しい走りへのアプローチです」と華々しい広告を打たなければならない。最近のクルマで言えば、最新世代の「スズキ・スイフト」や「マツダCX-5」などに乗った際、そうした開発陣の制約と苦闘の跡が強く感じられました。
もちろん、だからそのクルマはダメだ、という意味ではありません。与えられた厳しい制約のなかで、できる限りの仕事をしているという意味ではよくがんばったとリスペクトします。ただ、「本当はここを変えたかったんだろうな」「制約に縛られて妥協せざるを得なかったんだな」という背景は、乗れば手に取るようにわかってしまう、ということです。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。