大矢アキオ視点のパリモーターショー2022
2022.10.28 画像・写真第89回パリモーターショーが2022年10月23日に閉幕した。7日間の入場者数は、39万7812人であった。前回2018年の約106万8000人からすると、63%減である。
確かに、従来のモーターショーに対する視点で眺める人からすれば、不満なショーであったかもしれない。いっぽうで、中国のプレミアム系電気自動車(EV)ブランドの躍進は、北京・上海ショーの一部を切り取ったかのようであり、欧州市場でのブランド順位に地殻変動が起きることを匂わせるものであった。
また、従来存在した「クアドリシクル」と呼ばれる街乗り用軽便車をEVで再定義し、より魅力的なものにするという模索には、次世代都市とクルマとの共生を探るうえで、極めて興味深いアプローチがみられた。そうした意味で、フランスおよびパリの事情が分かっている人には楽しめるショーであったといえる。出展企業にはスタートアップが多かった。主要メーカーのブースとは異なり、デザイナーや創業メンバーの熱い語りが直接聞けたのも大きな収穫であった。
久々に降り立ったパリの街では、製油所従業員の賃上げ要求ストライキのため、ガソリンスタンドの多くが休業を余儀なくされていた。また、一般公開の初日にはゼネストが発生。バスや鉄道が運休したり大幅な間引き運転が行われたりした。公共交通機関の利用を促す近年の政府方針に無理があることを、図らずも思い知った。続いて大手電力会社EDFの原子力発電所従業員たちによる、やはり同じく賃上げ要求ストも発生した。こちらは影響こそなかったものの、クリーンエナジーとされる電力でさえ、状況によっては安定供給が危うくなる場合があることを予感させた。
未来に振り返ったとき、2022年のパリショーは、欧州自動車史にとって、ある種の分水嶺(れい)になるのだろうか。それとも、考えたくはないが「終わりの始まり」なのだろうか。
ちなみに滞在最後の夜、筆者はオペラ座近くの日本料理店街に赴いた。以前より日本人の姿が少ないのは、やはり現地駐在員数の減少と、まだ日本人観光客が少ないことを多分にうかがわせる。本当はかつて行きつけだった「こってりラーメン なりたけ」を再訪したかった。しかし、あいにく定休日である火曜。ルーヴル美術館のそれと合わせたとは思えないが。そこで老舗「ひぐま」に足を向けると、フランス語を話す若者たちが列をつくっていた。日本食を抵抗なく受容する世代が、これからどのようなモビリティーを選んでゆくのか。その答えを暗示するかのように、列の横をシェアリング自転車が10月のパリにしては妙に暖かい空気のなかを通り過ぎてゆく。
テーブルについて、本当はキムチラーメン 半チャーハンセット(14ユーロ)を頼みたかった。だが、滞在中にユーロ相場が対日本円で急激な値上がりを見せ始めたため、筆者の消費マインドは急激に縮小。キムチラーメン単品(10ユーロ)で我慢した。収束せよ、記録的円安。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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1/20今回筆者が最も評価したい「クアドリシクル」は、スタートアップ企業のキロウによる2シーターEV「バニョール」。脇に立つのは大手メーカー勤務から独立したデザイナー、レオ・ショワセル氏。価格は9900ユーロ(約144万円)から。
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2/20「キロウ・バニョール」のバッテリーパックは、ガソリンの携行缶を模したもの。家庭用電源にも使えることを売りにしている。カードには「これならガス欠知らず」の文字が。
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3/20スイスを本拠とするマイクロモビリティー・システムズが企画し、イタリアで製造する「ミクロリーノ」。ヴィム・オウボター氏(写真)から手渡された名刺には、「創立者兼テストドライバー」というおちゃめな肩書が記されていた。
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4/20ベトナムのヴィンファストが周辺の一般公道上に展開した“ゲリラ広告”。「最高のイタリアンデザイン。出会いは、第6ホール630番スタンドで」と記されている。
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5/20いわゆるコンパニオンの姿は、ほぼ壊滅状態。そうしたなか、主要出展メーカーでは唯一、伝統的コンパニオンをプレスデーに配置し、これまた絶滅寸前といえる紙製カタログを配布していたのは、中国のBYDだった。
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6/20中国・長城(グレートウォール)のいちブランド、オーラのブースで。フランス全土で愛される球技ペタンクのコートが設置されていた。中国側エージェントの発案であろうが、低予算・高人気の好アイデアである。
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7/20そのオーラは、顔認識用カメラを運転席側Aピラーに内蔵している。目下、複数ドライバーのシートポジションをはじめ快適装備のメモリー用にとどまる。だが、将来はイグニッション(モーターのスイッチオン/オフ)代わりにも応用可能だろう。
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8/20派手な歌舞音曲の類いも、プレスデー中はみられなかった。ようやく夜になってからDJが立ったのは、長城系のオーラおよびフェイ。そうした意味で、中国ブランドのブースには、往年のモーターショーの幻影が漂っていた。
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9/20イタリア・トリノが設計とデザインを行い、中国で生産されているEV「イクシーヴィー・ヨーヨー」。外板には3Dプリンターを駆使している。デザインダイレクターのイアン・グレイ氏(写真左)と、インテリアを主導したアドヴァ・ヨゲフ氏(同右)。いずれも中国JACでキャリアを積んだ人物である。
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10/20「イクシーヴィー・ヨーヨー」のバッテリーはカートリッジ式で、重量は1本24kg。イタリアのエネルギー企業エニの協力を得て、給油所に交換ステーションを設置する計画である。
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11/20プレスデーは、製油所従業員によるストライキで、各地の給油所が大混乱。一般公開初日はゼネストでバスは運休、首都圏高速鉄道(RER)は大幅な間引き運転。地下鉄9号線の一部駅(写真)はデモ警戒のため封鎖された。
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12/20「自由の炎」前で。気がつけば前回筆者がパリモーターショーを訪れた4年前よりも、タクシーの「トヨタ比率」がさらに高い。背景には、9500台を展開する欧州最大のタクシー会社G7が、すでに保有車両のうち5500台を環境対策車にしていることもある。
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13/20ロンドンではタクシーとして用いられているEVをチャージングステーションで発見。参考までに、1908年に歴史をさかのぼれる製造元のLEVCは、2013年より中国の吉利系である。
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14/20初代「ルノー・トゥインゴ」。フランスが大都市で導入している環境基準「CRIT’Air(クリテア)」における第3カテゴリーのステッカーが貼られている。担当大臣の最新コメントによると、2024年のパリ五輪後、第3カテゴリー以前の車両は、市内への平日昼間の乗り入れが禁止される。
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15/20「日産ミクラ(マイクラ)CC」。こちらも「クリテア」の第3カテゴリーである。古いクルマがたたずむパリの風景は、もはや絵ハガキのなかのみになろうとしている。
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16/20失敗したパリのカーシェアリング「オトリブ」のステーションだった場所の多くは、エネルギー企業トタルの運営によるEV用公共充電ステーション「ベリブ」に転換されている。目下2329ポイントの設置を目指している。
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17/20大都市パリは区(アロンディスマン)によって、クルマの生態系がかなり違う。ただし、シェアリング自転車、ルノーより手ごろなサブブランドのダチア、そしてフランス料理より手軽なイタリア料理店がそろったこのショットは、この都市の近未来を象徴している。
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18/20「ルノー・カングー」商用車仕様のルーフから降ろしたカーペットを輸送中。往年の「ルノー4フルゴネット」や「シトロエン・アカディアーヌ」の役割を見事に果たしている。
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19/20オペラ座周辺の日本レストラン街は大盛況。食堂前に並ぶことをいとわない、若い世代が増えていることを如実に感じさせるショットである。
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20/20オペラ座前で。燃料電池車「トヨタ・ミライ」のタクシー。市内および近郊に9カ所もの水素スタンドが存在するパリならではの風景である。ただし、これが全欧州の姿を代弁しているわけではないことに注意すべきだ。