第8戦ヨーロッパGP「初の“ダブルウィナー”となった英雄」【F1 2012 続報】
2012.06.25 自動車ニュース【F1 2012 続報】第8戦ヨーロッパGP「初の“ダブルウィナー”となった英雄」
2012年6月24日、スペインのバレンシア市街地コースで行われたF1世界選手権第8戦ヨーロッパGP。単調なレースと評判がかんばしくなかったバレンシアでの一戦は、混迷のシーズンを象徴するかのような荒れ模様に。上位陣を襲うトラブルや接触をよそに、母国の英雄、フェルナンド・アロンソが、今季初の“ダブルウィナー”となった。
■スペインは燃えている
バルセロナ、モナコと続いた“F1地中海シリーズ”は、その終着点であるバレンシアまでたどり着いた。
2005年と2006年のチャンピオンであるスペインのヒーロー、フェルナンド・アロンソの人気に乗じ、2008年からこの地で開催されるようになったこの“第2のスペインGP”が「ヨーロッパGP」を名乗るのは今年が最後。来年からは単独開催というステータスを失い、本家のスペインGPとして、バルセロナと隔年で開催される見込みである。
紺ぺきの海と空、世界的なヨットイベント、アメリカズカップに使われたハーバーと、かつて市場でにぎわった場所に、25ものコーナーを配したバレンシア市街地コースは、歴史あるモンテカルロとは違い、コンクリートウォールに囲まれていても十分なコース幅とランオフエリアを備えている今日的なサーキットであるが、実はあまり評判がよくない。
ここで記憶に残るシーンを挙げよと問われたら、それは激戦や名勝負ではなく、マーク・ウェバーが前車に乗り上げ宙を舞った2010年が真っ先に思い浮かぶ。その後が続かないのは、まだ歴史が浅いことを差し引いても、単調かつ抜きづらいというコース特性にも理由が求められそうである。実際過去4回のレースを振り返ると、ここでは予選3位以上のドライバーしか勝っておらず、そのうち3回はポール・トゥ・ウィンである。
今年のチケットの売れ行きも苦戦が伝えられたが、しかし、コースの評判だけでは不人気と隔年開催の説明はつかない。背景にあるのは、ヨーロッパを覆う経済不安と、中でも深刻なスペインの台所事情だ。
ユーロ通貨圏に入ってからのスペインは、どこかの国も経験があるように、不動産を中心としたバブル景気に沸いたが、“泡”がはじけると金融機関は大量の不良債権を抱えることになった。現在スペインは、不景気により失業率が24%に達し、特に若年層においては2人に1人が職を探している惨憺(さんたん)たる状況だといわれている。
レースオーガナイザーなどに入るスポンサーフィーは減り、政府は支援できず、もちろん、観客は高いチケットに手が届かない。今季、当初の予想を覆し善戦している英雄アロンソをもってしても、かつての盛り上がりをみせることはなかなか難しいのだ。
いっぽうで、予想が困難ともいえる今シーズンのチャンピオンシップは活況を呈している。7戦して7人の勝者が名を連ね、コース上でもポイント上でも大接戦状態。8人目の勝者が誕生してもまったく不思議ではなかった。
夏至を過ぎた地中海。陽光が燦々(さんさん)と降り注ぎ、気温は摂氏27度、路面温度は40度を超えた。果たして8人目の勝者は誕生するのか? それとも2勝目を飾るドライバーがあらわれるのか? 尻に火がついた経済状況を含め、今年のスペインは熱く燃えていた。そしてチェッカードフラッグが振られた時、その熱は最高潮に達した。
■ベッテル、偉大なるドライバーと肩を並べる
バレンシアで強いのがレッドブルのセバスチャン・ベッテルだ。過去2回ポール・トゥ・ウィンを達成しているチャンピオンが、今回も予選で全力のタイムアタックを披露、同地で3年連続、今シーズン3度目、そして自身通算33回目のポールポジションを獲得した。ポールポジション記録としては、アラン・プロスト、ジム・クラークという偉大なドライバーに並び、歴代3位タイとなる。
予選2位はマクラーレンのルイス・ハミルトン、3位にウィリアムズのパストール・マルドナドと既に今季優勝しているドライバーがトップ3を占めた後、ロメ・グロジャン4位、キミ・ライコネン5位と未勝利のロータス勢が続いた。バレンシアのようなストップ/ゴー、すなわちトラクションが重視されるコースは、ロータス「E20」の得意とするところ。8人目の最有力候補は、間違いなくこの2人だったといっていい。
ニコ・ロズベルグ、ニコ・ヒュルケンベルグと2人のニコに挟まれて、小林可夢偉のザウバーが7番グリッドにつけ上位入賞に期待を抱かせた。
いっぽうフェラーリ勢は中位グリッドに沈んだ。アロンソはQ3進出ならず11位、フェリッペ・マッサは13位とライバルに水をあけられた格好。しかしQ2トップタイムとの差は0.3秒もなく、フェラーリの劣勢というよりも接戦ゆえの結果だった。
■セーフティーカー導入で、ベッテルの大量リード帳消し
快晴の決勝日。スタートでは、トップを守ったベッテル、2位ハミルトン、ひとつポジションをあげた3位グロジャン、7位から4位と躍進した小林らが続き、アロンソは11位から8位にジャンプアップを果たしていた。
2位ハミルトンはペースがあがらず、やがて後続が詰まり始めた。あくまで初優勝を狙う3位グロジャンは、10周目にハミルトンをオーバーテイクし2位へ。グロジャンは首位ベッテルの追撃にかかったが、チャンピオンのレッドブルは既にはるかかなたにいた。ベッテルは1周目に1.9秒も先行すると、翌周には4秒、9周を終える頃には10秒ものマージンを築いていたのだ。
最初のピットストップを終え、57周のレースが折り返しに差し掛かる頃、1位ベッテルは2位グロジャンに対し20秒もの差をつけていた。まさにベッテル独走、これぞ圧勝かと思われた29周目、ヘイキ・コバライネンのケイターハムにジャン=エリック・ベルニュのトロロッソが接触したことでセーフティーカーが導入され、大量リードは帳消しとなった。
■レッドブル、ロータスが相次いでリタイア、トップに立つフェラーリ
セーフティーカーラン中に多くのマシンがピットに飛び込み2度目のタイヤ交換を実施。この間、マクラーレンのチームクルーはハミルトンの作業中にミスをおかし、2008年チャンピオンは3位から6位に後退した。
34周目に再スタートが切られると、1位ベッテル、2位グロジャン、そして3位にはアロンソ。アロンソはグロジャンを早々に抜き去り、これからベッテルとのつばぜり合いに発展するかと思われた矢先、ルノーエンジンの息の根が止まり、レッドブル「RB8」は突如失速。コース脇にストップした。
これで首位に立ったのが、地元スペイン人が愛するフェラーリのエース、アロンソ。決して鈴なりとはいえなかったが、大ぜい集まった観客が狂喜乱舞したことは想像に難くない。
2位に上がったグロジャンは、しばしDRS作動域の1秒以内でアロンソを追ったが、40周を過ぎると1.4秒に開き、そして41周目、ロータスもメカニカルトラブルで戦列を去った。
これで余裕ができたアロンソは首位のままチェッカードフラッグを受け、第2戦マレーシアGP以来となるポディウムの頂点に立ち、チャンピオンシップでも頭ひとつ抜け出し首位に返り咲いた。
2位はライコネン、3位にはミハエル・シューマッハーが入りカムバック後初、6年ぶりの表彰台。歴代チャンピオンと、新旧フェラーリドライバーが顔をそろえた。
■「言葉で表すのが本当に難しいんだ」
表彰台の真ん中に立つアロンソは、スペイン国家を聴きながら目頭を押さえ、こみ上げる感情を抑え切れないようだった。
「この瞬間がどんな気持ちか、言葉で表すのは本当に難しいんだ」と語るアロンソ。「母国GPで勝利することは本当に特別。2006年のバルセロナでルノーとともにそれを経験したけど、いまでもその時のことをはっきり覚えている」。
「でも今回はフェラーリとともに勝った。グランドスタンドは赤一色だった。とても誇りに思うし、スペインで勝つということは気持ちの面で、何ものにも変え難い、ベストといっていいものだ」。
シーズン当初、フェラーリ「F2012」は意欲的過ぎるがゆえに未知の領域が多く、チームは手探りのまま戦わざるを得なかった。そんな状況で、スクーデリアという伝統を一身に背負うアロンソにも、タイトル奪取という命題へのプレッシャーが重くのしかかっていることは事実だろう。
そのいっぽうでアロンソは、厳しい局面におかれるスペインを元気づけるという役割も担っている。バレンシアの観衆は、深紅のマシンが通るたびに赤く波打ち、声援を送り続けていた。
英雄とは、さまざまな人の期待に、ここぞという時に応えられる人間のことをいう。来月31歳になるアロンソは、まさにスペインの英雄にふさわしかった。
次戦は7月8日、イギリスGPとなる。
(文=bg)
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