アウディRS 7スポーツバック(4WD/8AT)
4WDの進化がここにある 2014.02.13 試乗記 今やスポーティーサルーンも、トップエンドモデルともなると500ps超が当たり前の時代。クワトロ4WDシステムを備えたスポーツモデルのひとつの到達点ともいえる「アウディRS 7スポーツバック」は、高速道路で、そしてワインディングロードで、いかなる走りを見せるのか?もはや昔の言い伝え
この自在さはどうだろう。コーナーから脱出する際の強烈なトラクション、爆発的な加速力はいかにもハイパフォーマンス4WDの代名詞たるアウディの面目躍如といったところだが、予測した通りのラインをなぞって向きを変えるシャープで従順な回頭性などは、重くパワフルな4WD車とはとても想像できないものだ。経験の少ない人ならフルタイム4WDであることさえ気づかないかもしれない。
いや、さらに言えば、現代のドライバーにとって「ヨンクはアンダーステアが強い」などという“定説”は、もはや真偽が定かではない古くからの言い伝えやことわざのようなものではないだろうか。何しろ、電子制御技術の進歩のおかげで、昔のような曲がらない、癖の強い4WD車には事実上お目にかかれないのだから、「ヨンクにしては……」と書いても、そもそも意味が通じないだろう。
だが、ついつい分別くさい枕ことばを使いたがる私たちオヤジ世代にしてみれば、トラクションとハンドリングを両立させようと苦心惨憺(さんたん)していたあの時代がうそのようだ。最新の「アウディRS 7“クワトロ”」は、かつての4WDモデルを知る人には夢のようなマシンである。当然ながら、左足ブレーキングといったトリッキーなテクニックも歴史の中の伝説的なエピソードになってしまった、と言いたいところだが正確にはそうではない。RS 7スポーツバックは経験豊富なドライバーに代わって、左足ブレーキのような制御を車自身が勝手に判断して行ってくれる。だからこそ、エグゼクティブサルーン並みの大型ボディーにもかかわらず、徹頭徹尾クールに安定して、しかも恐ろしく速く走れるのである。
ラインナップのわずかな隙間も見逃さず、次々にニューモデルを投入しているアウディの最新スポーツモデルがRS 7スポーツバックである。ざっくり言えば「A6」のハッチバック版である「A7」と、その高性能版である「S7」は既に登場しているが、このRS 7スポーツバックはそのまた強力バージョンという位置づけ、要するに究極のクーペハッチバックである。同じパワーユニットを積む「RS 6アバント」、および4.2リッターV8自然吸気ユニット搭載の「RS 5カブリオレ」とともに2013年10月に国内発表されたモデルだが、このRS 7のみデリバリーがこの2月にずれ込んでいたものだ。
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「RS」の変化
高性能スポーツモデルの開発生産を担当する子会社クワトロGmbHが手掛ける究極のアウディがRSシリーズだが、率直に言って近年そのキャラクターは変化してきている。以前より明らかにボディーバリエーションが増え、またライバルであるAMGやMと歩調を合わせるように、2015年導入のEURO6をにらんでパワートレインをアップデートしており、今ではほとんどの高性能モデルの心臓はパフォーマンスと効率を両立させた新世代ユニットに切り替わっている。
したがって、「RS」というツーレターに血沸き肉躍る興奮や官能性を期待していると、そのあまりのスマートさに驚き、逆にちょっとがっかりしてしまうかもしれない。これは世の中の全体的な傾向であり、高性能車に野性味あふれるワイルドさや、ゾクゾクする激しさを求める人の希望に応えるのは難しい。
もともとアウディはロマンチックで情緒的というよりは、非常にクールで洗練された実用的な高性能車であり、高度なテクノロジーとエンジニアリングがそれを支えてきた。それゆえ、昔は面白かったが最近はつまらないといった類いの不満はちょっと的外れだと思う。扱いにくい悍馬(かんば)を手なずける、乗りこなすといった点に充実感や達成感を覚えるという気持ちは私も十分に理解しているつもりだが、少なくともアウディはそのような種類ではない。あくまで合理的に、情け容赦なく速いのがアウディのRSである。
そんなわけだからRS 7の乗り心地はドライブセレクトをどのモードにしていても快適だ。スポーツモードにすればもちろんより引き締まり、段差を踏む反応も硬質になるが決して荒々しいものではなく、むしろ頼もしいフラットさが増すだけ、快適であることに変わりはない。RS 6アバントのほうが明確に硬派な足まわりを備えている。
圧倒的な速さ
もちろん、パフォーマンスそのものはエキサイティングでRSの2文字に恥じない。現在最強の4リッターV8ツインスクロール・ツインターボエンジンは560ps(412kW)/5700-6700rpmの最高出力と71.3kgm(700Nm)/1750-5500rpmの最大トルクを発生、0-100km/h加速は3.9秒と圧倒的だ。
念のために付け加えておくと、これはスーパースポーツカーのレベルであり、3秒台の数字を持つ市販車は現在でも数えるほど。しかも5m余りの全長と1.9mを超える全幅のボディーはアルミを多用したハイブリッド構造を採用しているとはいえ、2070kgと2トンを上回る車重であることを考えれば、実に恐るべき性能と言わざるを得ない。
ちなみに車検証値による前後重量配分は56:44と、FWDベースであることを考えればそれほどフロントヘビーではない。最高速は例によって250km/hに制限されるが、オプションパッケージを選択してそのリミッターを解除すれば、本当の実力は305km/hに達するという。
それでいながら少しも暴力的ではないのが最新のアウディの真骨頂だ。トランスミッションは通常のトルコン式の8段ティプトロニックで、当然ながらドライバビリティーや日常の使い勝手に神経質なところはみじんもない。おとなしく走ろうと思えば、まったくフールプルーフで免許取り立てのドライバーでも何ら気を遣う点はないし、そうやって流している場合にはV8エンジンのうちの半分の4気筒を休止させるシステムであるシリンダーオンデマンドが作動し、燃費を節約する。しかもその作動具合は、注意深く観察していてもまったく感じ取れない。ちなみにJC08モード燃費は10.4km/リッターである。
コントロールされるコーナリング
RS 7ではアンダーステアをなだめすかしながら、スロットルを開けるタイミングを計る、といった運転は基本的に必要ない。というよりむしろ想定されていないようだ。コーナーの出口を見据えてスロットルを開けても、予期したほどのフルパワーでは応えてくれないことがある。
というのも、実際にタイヤがグリップを失う手前からいわゆるコーナリングコントロールが介入、持てるパワーを十分に伝えられる体勢になってから初めて、ブースターロケットに点火したように加速する。その時のバリバリという迫力ある低音のV8サウンドと強烈な加速感は実にエキサイティングだ。
言うまでもなくRS 7の4WDシステムは、多板クラッチなどで断続的に連結されるのではなく、トルセンデフの進化版を使って常時駆動されている“本物”のクワトロで、状況に応じて前後配分は可変(イニシャルでは前40:後ろ60)、さらにリアアクスルのスポーツディファレンシャルが現代の“賢い左足ブレーキ”として働き、積極的に“曲げる”手助けをしてくれる。
これはスポーティーなハンドリングを実現するだけでなく、不用意に飛び出さないための優れた予防システムだが、その賢い黒子の存在は常に自覚しておく必要があるだろう。何をしても大丈夫、車がいつでも何とかしてくれることに慣れてしまうのは問題ありと言わざるをえない。「ぶつからないクルマ」や「自動運転」などと同じく、言葉の意味を自分に都合よく解釈してしまうことなく、そのメリットと限界を意識しておくべきだ。もちろん説明責任は作り手・売り手にあるが、ユーザー側もいわゆるリテラシーを高めなければならない。高性能車に乗るユーザーはなおさらである。
冬の軽井沢や白馬へ、途中のロードコンディションなど気にもかけずに、新幹線と競争しながら駆けつけるといった用途にRS 7スポーツバックは最高の車である。万能の超高速ツアラーと言って間違いない。でも、私なら巨大なハッチバックよりもアバントを選ぶ。アウディは合理的な形のほうがよりカッコいいと思うからだ。
(文=高平高輝/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
アウディRS 7スポーツバック
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5010×1910×1425mm
ホイールベース:2915mm
車重:2070kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8AT
エンジン最高出力:560ps(412kW)/5700-6700rpm
エンジン最大トルク:71.3kgm(700Nm)/1750-5500rpm
タイヤ:(前)275/30ZR21 98Y/(後)275/30ZR21 98Y(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5P)
燃費:10.4km/リッター(JC08モード)
価格:1570万円/テスト車=1679万円
オプション装備:バング&オルフセン・アドバンスト・サウンドシステム(84万円)/プレセンスパッケージ(プレセンスプラス/アダプティブクルーズコントロール/アウディ・サイドアシスト/アウディ・アクティブレーンアシスト)(20万円)/5スポークブレードデザイン・ハイグロスブラック・アルミホイール(9J×21、鋳造)(5万円)
テスト車の年式:2014年型
テスト車の走行距離:621km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:336.9km
使用燃料:56.4リッター
参考燃費:6.0km/リッター(満タン法)/6.4km/リッター(車載燃費計計測値)
