「シロン」が量産車最速の490.48km/hをマーク!
ブガッティがスピードを追求する歴史的必然
2019.09.18
デイリーコラム
3期に分かれるブガッティの歴史
先ごろ、「ブガッティ・シロン」が、エーラ・レッシェンのテストコースで490.48km/h(304.77mph)を記録。量産ロードカーによる世界最速記録を更新した。究極のロードカーを少数限定生産するという経営形態を取る現代のブガッティは、レースに出場することはないが、こうした速度記録への挑戦は欠かせないものなのだろう。
ブガッティは現在、フォルクスワーゲン グループのスーパースポーツカー部門の頂点に君臨しているが、その歴史は3つの時期に分けることができる。
エットーレ・ブガッティが自ら采配を振るっていた時期が創生期(第1期)である。2期目が、1987年にイタリアの実業家、ロマーノ・アルティオーリが率いていた時期だ。アルティオーリは、長く休眠していたブガッティの商標を手に入れ、イタリアはモデナ近郊のカンポガリアーノにブガッティ・アウトモビリSpAを興し、「EB110」を生産していたものの、1995年に財政難から倒産。そして現在が3期目にあたる、フォルクスワーゲン グループ内で2000年12月に設立されたブガッティ・オートモービルズS.A.S.である。
競走馬の体をクルマづくりのヒントに
前述したように、現在のブガッティの起源は、1909年にエットーレ・ブガッティが、当時はドイツ領であったアルザス州モールスハイムに設立した自動車会社、アウトモビルE.ブガッティ社である。2期目も3期目も、どちらもエットーレをリスペクトすることから始まっているので、エットーレ時代を振り返ることが、現在のブガッティの姿を理解する手がかりとなる。
エットーレは、1881年にミラノで家具や宝飾品を手がけるデザイナーのカルロの長男として誕生した。父カルロはエットーレと次男のレンブラントに、芸術家としての教育を受けさせている。だが、レンブラントが動物彫刻家の道を選んだのに対し、エットーレは自動車に興味を示すようになり、1900年にミラノで自動車会社の技術見習いとして働きはじめた。
エットーレは自動車についての高等教育は受けていなかったが、天与の才に恵まれ、いくつかの会社を渡り歩いたのち、1909年に自らの名を冠した自動車製造会社を興した。アルザスは第1次大戦後、敗戦国となったドイツからフランスに割譲されたことで、フランスの会社となったが、エットーレ自身は生涯イタリア国籍を捨てることはなかった。
エットーレは馬に愛を注いだことで、彼のモールスハイムの工場施設はさながらサラブレッドを育てる荘園のようなしつらえであり、乗馬を好んだエットーレは、競走馬の筋肉や骨格をレーシングモデルのシャシーを設計する際のヒントにしたといわれる。そこで組み立てられるクルマは、各部品の一つひとつが彼の高い芸術的なセンスによって設計され、工芸品のように美しく仕上げられていた。彼は理詰めで設計するのではなく、「美しいものは速い」との考えを抱いていた。ブガッティが“ピュールサン(純血種)”と呼ばれるゆえんである。
自動車設計のあり方を革新
ブガッティの名を広く世に知らしめたのは、1909年に完成した「タイプ13」の成功であった。1911年フランスGPでは、排気量1万ccの巨大エンジンを搭載したフィアットが優勝したが、2位には1300ccで4気筒の小さなタイプ13が入り、人々を驚かせた。このレース結果は自動車設計上の革新的なできごとで、排気量の拡大にすがって高出力を得ていた旧来の自動車設計が、高効率の小排気量エンジンを搭載し、軽量でしなやかなサスペンションを備えたブガッティによって刷新されたといえる。
エットーレが描いたクルマは、操縦性と接地性に優れることが美点だった。その象徴が「タイプ35」と呼ばれる市販グランプリマシンである。搭載される直列8気筒SOHCエンジンには、過給器の有無や、2000ccと2300ccの排気量といった各仕様が用意され、グランプリ以外のレースでも活躍した。
また、タイプ35は単に速いだけでなく、最も美しいレーシングモデルとも評されている。それは均整の取れたボディーの造形だけなく、サスペンションやエンジン、各操作系までも含めた造形美ゆえであった。現在のブガッティファンは、タイプ35に限らず、ブガッティ特有のパーツの美しさに魅了されていることが多い。またブガッティは、各レーシングモデルだけでなく、豪華さと高性能を兼ね備えたツーリングカーを送り出していた。
だが、エットーレの息子で後継者と目されていたジャンが実力を発揮し、順風満帆に思われた1939年、ジャンがレースカーの試走中に事故死するという悪夢が会社を襲った。やがて軍靴の響きが高くなると高級車ゆえに業績も下降の一途をたどり、戦争が始まるとモールスハイムの工場は破壊された。パリに疎開していたエットーレは失意の中で1947年に他界。会社は他社に買収されてクルマが生産されることはなくなった。
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歴史を尊重しつつ製品は現代レベルに
1998年にブガッティの商標をロマーノ・アルティオーリから買い入れたフォルクスワーゲンは、名実ともに真のブガッティを再興すべく、元ブガッティ家所有の顧客用ゲストハウス、シャトー・サン・ジャンを入手。外観はそのままに内部を改修して本社機能を置くとともに、広い敷地内に組立工場を新設した。現在、別の会社が所有している旧生産工場の住所はモールスハイムだが、シャトーが建つ場所の地名はドリスハイムであるため、フォルクスワーゲンは自治体にかけあい、モールスハイムと名乗ることが許された。こうして、ブガッティはモールスハイムの会社としてよみがえり、現在に至っている。
ここからは、ひとりのブガッティ好きとしての私見を書かせていただく。著名ブランドの復興とは、ただ単に過去を振り返るのではなく、製品は現代に通用する魅力的な形態に変化させつつ、その一方で、長年にわたって守り続けてきた企業文化を継承し続けることが理想であろう。
2期目のアルティオーリも、3期目の計画を自ら指揮した故フェルディナント・ピエヒも、エットーレがつくり上げてきた他に類を見ないブガッティの自動車文化を現代に置き換えて復興させることを念頭に置いていたことがわかる。アルティオーリはエットーレがイタリア国籍を守ったことと、スーパーカー産業の中核地であるモデナ近郊を本拠地に選ぶことで、現代のブガッティを再興しようとした。
また、冷徹かつ辣腕(らつわん)な技術者/経営者であるピエヒが、単なる郷愁などから莫大(ばくだい)な資金を投入するわけはない。彼は、現代のブガッティがあるべき姿に思いを巡らせたことだろう。その答えが、1930年代を代表するスポーツモデルの「タイプ57SCクーペ アトランティック」の圧倒的な存在感を現代に置き換えた「ヴェイロン」やシロンなのだろう。そのうえで、ブガッティをフォルクスワーゲン グループの技術と文化の象徴としたのではなかろうか。私にとっては、それがビジネスとして成立する土壌がうらやましく思える。
(文=伊東和彦<Mobi-curators Labo.>/写真=ブガッティアーカイブス、BMW、MQL./編集=藤沢 勝)
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伊東 和彦
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