ブガッティ・シロン(4WD/7AT)
100%信頼できる1500ps 2017.03.27 試乗記 1500psという途方もないパワーを誇るブガッティの新たなハイパーカー「シロン」。その桁外れのパフォーマンスは畏れるに値するが、それにも増して感動的だったのは、いつでも、どこでも、どんな状況でも「このクルマを100%信頼できる」という安心感が備わっていることだった。ポルトガルのリスボンで試乗した。ヴェイロンをことごとく上回る
2016年春、ジュネーブ。“スーパーカーの祭典”の異名をとるジュネーブショーにおいて、なかでも最も注目を浴びたのが、ブガッティの新型車シロンであった。
1500ps。1600Nm。最高速420km/h以上。0-100km/h加速2.5秒以下。限定500台。ベース価格240万ユーロ(車両本体)。
2000年代における“最高の乗用車”であった「ヴェイロン」のスペックをことごとく上回る(最高速に関しては、後ほど説明したい)。後継モデルの驚愕(きょうがく)のスペックを目の当たりにし、ハイパーカー慣れしているはずのビリオネアが喜色満面となった。なにしろ、馬力をはじめ標榜(ひょうぼう)されたパフォーマンススペックは、フォルクスワーゲングループの威信のかかった数値であり、まさに掛け値なし、そんじょそこいらの嘘八百馬力とはワケが違うと、皆知っていたからだ。
事実、展示されていたプリプロダクションモデルは、会場随一のフィニッシュレベルに達しており、ひとたびシロンを間近に見たあとでは、他のどのクルマも、妙にハリボテっぽく見えてしまったもの。金属と炭素繊維強化樹脂とレザーで成り立つこの怪物は、現代の自動車製造技術の最高峰にあることが、その発するオーラから、直感することができた。
シロンの詳細について、ここで記すことは控えたい。話題の尽きないクルマだからだ。デザインを語るだけでも、かなりのボリュームを要する。今回は、待望のファーストインプレッションをお楽しみいただきたい。
ポルトガルのカントリーロードを行く
あれからちょうど1年。最初のカスタマーカーがデリバリーされたのを機に、ようやくメディア関係者にも、そのステアリングホイールを握ることが許された。試乗の拠点はリスボン、とだけ聞いていたから、ひょっとするとエストリルサーキットあたりでバーンと乗って終わり、くらいに思っていた。なにしろ、1台3億円のクルマだ。メーカーとはいえ、ジャーナリスト試乗会向けに、そうそう何台も用意できまい。
リスボン市内のホテルでブリーフィングを受け、そこから「ベントレー・ミュルザンヌ」(ブガッティとベントレーは社長が同じだ)のシートに収まること約1時間。もしかすると(有名なサーキットのある)アルガルヴェにでも向かうのか、と思った途端に到着したのは、意外にもしゃれたワイナリーだった。
クルマまわしには、既に3台のシロンがスタンバイ。漆黒、ライトブルー、ゴールド。うち1台は予備だろう。ジャーナリストは午前と午後に分かれて2名ずつ。要するに、1人1台、午前中もしくは午後の間ずっと、試乗できるという寸法だ。しかも、サーキットはなし。ポルトガルのカントリーロードをメインに、小さな村の石畳路やすいた高速道路など、ほとんどすべての一般道路を試す機会が設けられた。
とはいえ、高価なマシンである。お目付け役が必要だ。それぞれの助手席には何と開発テストドライバーが同乗し、ナビも務めてくれるのだという。しかも、彼らはともに実績あるレーシングドライバーであり、伝説のハイスピードアタッカーだ。その名は、アンディ・ウォレスとロリス・ビコッキ。アンディは「マクラーレンF1」で、ロリスは「ケーニグセグCCX」で、それぞれ最高速アタックを経験している。
プライベートジェットのごとき加速感
筆者にあてがわれたシロンは、ライトゴールドフィニッシュも美しい個体で、ビジブルカーボンブラックとの2トーン。インテリアもそれに合わせて、タンとブラックの2トーンにホワイトステッチとし、ダッシュボードまわりはマットカーボン仕立て、である。
横に座ってくれたのは、日本でのレース経験も豊富なアンディ・ウォレスだった。まずは、彼の運転でシロンの基本的な動きについてレクチャーを受ける。横に乗っていて驚いたのが、乗り心地の良さと、ヴェイロンに比べて圧倒的に静かなことだった。要するに、快適だ。その豪奢(ごうしゃ)なインテリアと相まって、まるでラグジュアリーカーの助手席に収まる貴婦人気分である。ふと横を向けば、そこには60歳を前にしてなお、血気盛ん、野獣の雰囲気を漂わせたレーサーがいるのだが……。
時折アンディがアクセラレーターを強くプッシュする。はじけるような加速、なんてもんじゃない。ウッと息が詰まり、肺がおしつぶされ、腰が浮いたような感覚になって、血流がすべて後頭部と背中へ移動し、ぎゃっと叫んだ刹那(せつな)、クルマもろとも体が瞬間移動した、かのような加速だ。それが、連続する。直線だけじゃない。コーナーでもおかまいなしにやってくる。ハタからでも、その電子制御の優秀さを感じることができる。もはや、それはクルマの加速ではないし、動きでもなかった。いうなれば、飛ばないPJ(小型ジェット機)。
クルマの通りはおろか、周りに民家も何もない直線路。アンディはおもむろにゴールドのシロンを停車すると、5つあるドライブプログラムモードを、それまで使っていたEB(フルオート)からアウトバーン(高速)へと変えた。実はローンチスタートモードもあるが、アンディいわく「そんなものを使わなくても十分に速い」。そして、確かにそのゼロ発進加速は、空前絶後であった。
ただ、加速タイムが短いだけなら、いまどき、ハイパワーEVで簡単に実現できる。けれども、その次元をコーナリングや、さらに上の速度域、さらには制動パフォーマンスにまで高めて実現を求めることは、とてつもない困難を伴う。釈迦(しゃか)に説法かもしれないが、読者諸兄にはぜひ、スペックの断片だけで価値判断をされぬよう。とはいえ、シロンのスペックは断片を拾うだけでも凄(すさ)まじいわけだが。
柔軟性に富んだ低速域
しばらくのち、アンディがクルマを路肩に寄せた。「さぁ、キミの番だ」。
ショー以来、久々に座るシロンのコックピット。ホースシュー形状のセンターパッドとステアリングホイール越しに、頂点が250km/hを指したフルスケール500km/hのアナログ速度計が見える。
“スーパーカー慣れ”しているはずなのに、何だか妙な汗をかきはじめた。そりゃそうだ。サーキットかテストコースで気軽にバビューンと踏める、と思っていたら、ポルトガルの片田舎の、狭くて見るからにアンジュレーションの多いカントリーロードでシロンのハンドルを託された身にもなってみてほしい。
とはいえ、言ってみれば日本人代表で乗る身である。日本をよく知り、日本のことを好きだと言ってくれているアンディの手前、ぶざまな格好は見せられない。なるたけ平静を装って、ドライビングポジションを決めていく。
まずは、モードをEBに戻した。他に、リフト、ハンドリング(ドリフト)、ローンチスタート、そして第2の鍵“スピードキー”を使ったハイスピード、の合計5つのドライブプログラムが用意されている。
ちなみにスピードキーは、ヴェイロンにもあった。別体の重厚なケースに入っていたのだが、シロンではドライバーズシートの横に“常設”されている。意外にも、なくす人が多かった、のだそう。ちなみに、スピードキーを使わない場合の最高速は380km/hだ。
スペックを思い出すと途端におじけづいてしまうわけだが、そこは最新の電子制御に守られた最先端マシンだと自らに言い聞かせ、いつもどおりの所作で、ゆっくりと走らせてみた。
案じるより産むが易し、とはまさにこのことだろう。途方もないスペックとはウラハラに、微低速域での扱いやすさはスーパーカー界でも随一のレベルである。1600Nmに耐えうる7段DSGは、ごくまれに発進時ラグを生じさせるものの、全般として非常によくしつけられていた。5000万円超級のスーパーカーのなかでは、文句なしに最も扱いやすいレベルだ。
制御の細かさと精密さは、ごくごく軽い右足のタッチに、パワートレインが丁寧に反応することからも分かる。パッセンジャーをむやみにヒヤッとさせるようなレスポンスがまるでない。そのあたりはまさに、そして良い意味で、フォルクスワーゲン流の動作クオリティーだ。
コーナリングはドライバーの意のまま
しばらく、早めのシフトアップで流す。次に感心したのが、ブレーキの利きはもちろんのこと、むしろタッチとフィールだった。こちらも日常域の軽い操作に、自然な反応をみせる。コントロールしやすく、しかも右足に伝わってくる制動フィールがたまらなく気持ちいい。
ドライバーの意思をくみ取っての加減速フィール。エンジンスペックからは想像もできないほど、柔軟性のある“低速域”、つまりは常用域でのマナーをみせた。これは、そう断言することの是非はともかく、デイリースーパーカーである。
乗り心地は、むしろ、助手席よりも気持ちよく感じられた。おそらく、手足の遅い動きに対する車体の反応が、この上なく自然で滑らかだから、だろう。
次に感嘆したのが、ミズスマシのようなコーナリングだ。シャープに過ぎず、かといって大きさや幅を感じさせるようなダルさもない。まさに、意のままの動き。これならどんな道だって入っていけるという自在感と、前から急に対向車が現れても難なく避けられるという自信が、10分も乗れば身についてきた。
ヨーロッパの郊外路といえば、日本と違って100km/h前後がスタンダードであり、それ以上の速度でかっ飛ばすトラックや配達荷車も珍しくない。それくらいの流れで走っているかぎり、いや、もう少し上の領域であっても、シロンはドライバーのハンドル操作のみに反応して、どんなコーナーでも悠然とフラットに駆けぬける。多少無理をして曲がっていっても、電子制御によるお仕置きなどドライバーにまるで感じさせず切り抜けさせてくれる。これぞ最新かつ最良の“自動車”というべきだ。ただ速いだけのEVには不可能な所作であろう。
気づけば、狭いカントリーロードで、シロンを気ままに操っている自分がいた。思うままにとか、自由自在に、というレベルではなかったにせよ、気兼ねなく扱ってはいたように思う。少なくとも、試乗前の妙な汗は、気持ちのよい汗に変わっていた。小さな村に入り、石畳を抜け、対向車とすれ違うような場面でも、もはや怯(ひる)むことなど、なかった。短時間で、シロンと一体になれた気がしたのだ。これは、何度か乗ったヴェイロンでは、ついぞ会得できなかった感覚でもある。
スポーティーとラグジュアリーの極み
2ステージターボによるラグのない強力なトルクのアウトプットで、ちょい踏みでも十分な速さ、というか、あっという間に制限領域に達してしまう。1500psなど、どこで試せばいいんだ?
ヒミツのステージが用意されていた。そこで、ゼロ発進からのフルスロットル加速を試す。アンディのアドバイスで、ドライブモードはアウトバーン、変速はマニュアル(パドル)。自動シフトアップ機能を使えば、ドライバーは運転に集中できる、というわけだ。
無造作にアクセラレーターを踏み込んだ。ギュッと一瞬にして車体が収縮したかと思うと、うわっと叫ぶ間もなく車体が飛び出す。メーターを見る暇はない。右足を踏み込んだまま、溶けて流れる景色のなかに突き出る道を凝視し続ける。かといって、とてつもなく緊張しているかというと、そうでもなかった。「安定しているだろ?」と話しかけてくるアンディに、受け答えする自分がいる。まるで、運転している自分と会話する自分とが別々にいるかのようだ。
200km/hを超えると、さすがにフツウの凸凹も短く連続する段差のように感じられる。それでも、ブガッティ初のアクティブダンピングシステムが、路面の状況をドライバーに伝え続ける。アシが路面に食らいついて離れない。それゆえ、安心して加速を続けることができる。アンディの「減速!」という合図とともに、フルブレーキ。アッという間に、それまでの時間が夢だったかの如く、平静に立ち戻った。
シロンのセンターコンソール。4つの小さなメーターが並んでいる。ふだんはエアコンの温度などを表示するが、ワンタッチで違う数字を見せてくれる。それは、直前のドライブレコードだ。筆者のそれは、6700rpm、320km/h、1475ps、であった……。
リスボンへの帰路。アンディとの会話を楽しみながら、高速道路を軽く、自分では100km/hくらいの感覚で流していた。アンディが、「向こうにポリスがいるから気をつけろ」、と言った。速度計を見れば、180km/hを指していた。
シロンで、最も感動したのは何だったか。実用性に富んだ乗り心地、恐るべき加速フィール、尋常ではない安定感、スリリングで精緻なハンドリング、官能的な制動フィール、過ぎず心地よいサウンド……。いくらでも挙げることができるが、なかでも最大級の感動は、“信頼性の高さ”だった。
いつでも、どこでも、どんな状況でも100%信頼できる、という感覚。今から1000km走ってこいと言われても喜んで行ける、という感覚。これは、この手のスーパーカーには、基本的に備わってはいない感覚だ。
ガレージに無事に戻せてホッとするのではなく、いつまでもずっとコックピットに座っていたい、という感覚。これぞ、スーパーラグジュアリーとスーパースポーツのさらに極みというべき、ブガッティクオリティーの面目躍如であろう。
ちなみに、最高速は420km/h以上と発表されている。その進化から推し計るに、「ヴェイロン スーパースポーツ」のもつ431km/hを上回り、世界記録に達することは多いに期待できるだろう。大記録を打ち立てるのはアンディか、それとも、ロリスだろうか……。
(文=西川 淳/写真=ブガッティ・オートモビルズ/編集=竹下元太郎)
テスト車のデータ
ブガッティ・シロン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4544×2038×1212mm
ホイールベース:2711mm
車重:1995kg(DIN)
駆動方式:4WD
エンジン:8リッターW16 DOHC 64バルブ 4ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:1500ps(1103kW)/6700rpm
最大トルク:163.2kgm(1600Nm)/2000-6000rpm
タイヤ:(前)285/30ZR20/(後)355/25ZR21
燃費:22.5リッター/100km(約4.4km/リッター 欧州複合モード)
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2017年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。