ファン待望のSUV「アルファ・ロメオ・トナーレ」に思うこと
2022.02.18 デイリーコラムアルファらしいニューモデル
「トナーレ」を初めて見たのは、トリノ自動車博物館。2019年、ジュネーブショーで発表されたのち、一時的にこのミュージアムに展示され、対面した。コンセプトカーとはいえ完成度は高く、クロスオーバーにもかかわらずその姿は紛れもなくアルファ。好感を持った。高評価を得たこともあって市販間近と言われたものの、世界が未曾有(みぞう)の事態に見舞われたこと、何よりFCAとグループPSAの融合によってすぐに実現することはなかった。
ステランティスとなってからアルファ・ロメオの新CEOはフランス側から送り込まれた。全ブランドのデザイン統括者も同様だ。アルファ・ロメオのデザインチーフは「4C」「ジュリア」「ステルヴィオ」を手がけたアレッサンドロ・マッコリーニが昇格すると思われたものの、ふたを開けてみれば外部からの採用。セアトやダチアでキャリアを積んだスペイン人が就任した。この人事にトナーレはもちろん、アルファ・ロメオは大丈夫だろうかと案じたものである。
2022年2月8日にアンベールされたトナーレを見て、胸を撫(な)で下ろした。歴史が教えるとおり、アルファ・ロメオは強靱(きょうじん)でしぶとかった。電動化技術、デザインとも、あらゆる意味で同社らしさに満ちている。例えば前者については相性のよさを最大限に引き出すために、モーター、エンジン、可変ジオメトリーターボを新開発、シャシーもブランニューとなった。技術にお金をかけ過ぎて採算が取れず、経営難に陥った同社の歴史を思うと心配になるが、コスト削減が自動車製作の要の時代にいかにもアルファらしい選択だ。
今回のプロジェクトで重視されたのは、もちろん「アルファらしい操縦性」。この点については試乗の機会を待たなければならないが、生まれついてのアルフィスタであるイタリア人がこう言った。「ミラノが差し出すハイブリッドカーを新たなスポーティネスのひな型とする、ボクはこう決めた」。アルファ・ロメオはこういう人々に支えられているのだ。
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“今”出たことに意味がある
デザインも前述のとおり、同社らしさに満ちている。エクステリアで言えば、スクデットとエアインテークで構成されるトリロボとか懐かしさを覚える3連ヘッドランプ、1964年の「ジュリア クーペ」を起源とする「GTライン」の流れ、テレフォンダイヤルホイールなど、伝統に基づいたエレメントを採用しているものの、全体には紛れもなく新しさを感じる。伝統と新しさという相反する要素を一台の自動車に共存させることができるのは、彼らが揺るぎのない「美の基準」「美しさのカノン」を持っているからではないか。それは均整のとれたプロポーションとバランスに基づくもので、個人の嗜好(しこう)や主観、時代、トレンドを超えたところに存在するのだと思う。絶対的な美の定義に確信を持つアルファ・ロメオはふらふらしない。今の時代にあってこの点もとても好きである。
自信を持って生み出されたトナーレが、販売台数の面でさらなるステップアップを目指す同社の起爆剤になるのか、ヒットモデルとなるのかはわからない。わかっているのは、“今”送り込まれたこと。世界中がパンデミックに襲われたことで働き方、暮らし方に変化が訪れた“今”。(何が起きるかわからない)明日より今日を楽しみたいという意識の強まった“今”。エコロジーに関心が集まる“今”。この点で電動化されたコンパクトSUVは合っているはずだ。
ハイブリッドカーが地球を救うわけではない。世の中を変えるわけでもない。何より世界のほとんどの人が新車誕生にみじんの注意も払わないだろう。それでもクルマ好きにとってアルファ・ロメオがなかったらこの世は途轍(とてつ)もなくつまらないものになっていたと思う。同社新時代の幕開けを告げるトナーレのデビューが、私はとてもうれしい。
(文=松本 葉/写真=ステランティス/編集=関 顕也)
