マセラティMC20(MR/8AT)
煌めく野心 2022.04.04 試乗記 「マセラティの新時代を告げるモデル」として開発された、高性能スポーツカー「MC20」。100%モデナ製のエンジンをはじめ話題性に富む一台だが、その走りは……? ワインディングロードへと連れ出し、むちを当てた。F1由来のテクノロジー
マセラティのミドシップスーパースポーツとしては「メラク」の生産終了以来ほぼ40年ぶりということになろうか(「MC12」や「バルケッタ」などの例外はあったが)。しかしながら、クルマ好きのなかでもメカニズム好きにとっては、その流麗なボディーに積まれる新しいエンジンに興味津々のはずである。
新型3リッターV6ツインターボはその名も「ネットゥーノ」、ローマ神話の海神で英語ではネプチューン、つまりギリシャ神話で言うところのポセイドンである。この海神が持つ三叉(さんさ)の矛をエンブレムとするマセラティにしか使いこなせない名前であることは間違いないが、それならばMC20という即物的なネーミングより、車名そのものを「マセラティ・ネットゥーノ」としたほうがマセラティらしかったのではないかとも思う。
今どきマイルドハイブリッドシステムはおろかアイドリングストップさえ備わらない純粋な内燃エンジンだが、その代わりに現代の市販エンジンでは初のプレチャンバー(副燃焼室)システムという先進技術が盛り込まれたことががぜん注目を集めている。F1グランプリ直系の技術といわれるこのシステムは、主燃焼室に加えて小さな副燃焼室を備えている。現代のF1では燃料流量規制に対応して、いかに少ない燃料でパワーを生み出すかが課題であり、プレチャンバー付き燃焼室が当たり前になっているからだ。といっても詳細は未公開だが、ホンダがマクラーレンと組んで2015年にカムバックした時には、既にメルセデスとフェラーリがこの技術を導入していたといわれる。自信満々で乗り込んだホンダはエンジンそのものでまったく歯が立たずに真っ青になった、とはパドックすずめの間では有名な話である。世界中の自動車メーカーが同技術の市販化を研究しているが、真っ先に名乗りを上げたのがマセラティだったのである。
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インジェクターもプラグも2本
ご存じのとおり、副燃焼室付きエンジン自体は昔から存在した。一番有名なものはホンダを世界的自動車メーカーに押し上げたCVCCであり、一時は大型ディーゼルエンジンにも用いられていたが、当時は排ガス浄化が目的だった。現代のグランプリエンジンの場合は(日本のSUPER GTでも採用されているという)、薄い混合気(ということは燃料が少なくて済む)を効率よく燃焼させることが主眼である。
ネットゥーノでは、メインのプラグの直下に小さなプレチャンバーが設けられ、ここでつくられた火炎流が細い回路を通って主燃焼室に噴射され、混合気を一気に燃焼させるようだ。“ようだ”と歯切れが悪いのは、公開された資料から読み取ることしかできないからだ。本来ならば2020年の発表時に現地で直接エンジニアを質問攻めにしたいところだったが、折あしくコロナ禍のせいでその機会を与えられた人間はほとんどいなかったのだ。今も詳しいことは確認できず、何とももどかしい限りである。
ただし、リーンバーンを幅広い運転状況下で安定して維持するのは難しく、マセラティの場合もポート噴射とサイド配置のプラグによる点火を併用しているようだ。つまりネットゥーノは直噴とポート噴射、プレチャンバー用プラグとメインチャンバー用プラグを持つツインインジェクター&ツインプラグである。直噴燃圧は350バール、圧縮比11:1というデータから見ても、プレチャンバーの採用は超希薄燃焼を追求したというよりパワーとノッキング制御を狙ったものと考えられる。
強烈だが、不思議な印象のエンジン
低い位置にミドシップされるドライサンプ式3リッター90°V6ツインターボは、最高出力630PS(463kW)/7500rpm、最大トルク730N・m(74.4kgf・m)/3000-5750rpmを発生、トランスミッションは8段DCTで後輪駆動という具合に、プレチャンバーシステムを除けば、現代のスーパースポーツとして奇抜なところはない。ちなみに「100%マセラティ」をうたうが、いくつもの特徴がアルファのV6、すなわちフェラーリF154系V8との血縁関係をうかがわせる。カーボンモノコックを持つボディー(といってもRTM=樹脂注入成型のようだが)はドライで1500kgと発表されていたが、車検証上の車重は1640kgである。0-100km/h加速は2.9秒、最高速は325km/h以上を豪語する。
現代のスーパースポーツとしては当然だが、普通に走るだけなら何の造作もない。せいぜい2500rpmぐらいでシームレスにシフトアップし、スルスルとスピードが増していく(100km/hは7速1500rpm、8速には110km/hぐらいで入る)。そんな場面ではコロコロという感じの、どこか3気筒の軽自動車エンジンのような、かすかな不協和音が伝わってくる。もっとも音量は低く、耳障りでもないが、これまでのマセラティの、とりわけあのむせび泣くようなV8エンジンを経験した人には、これがマセラティの音色とは信じられないかもしれない。だがいっぽうでバイブレーションは感じない。バンク角は90°でオフセットクランクでもないというにもかかわらず、抜群にスムーズに回るという、ちょっと不思議なフィーリングだ。回転上昇中にポート噴射と直噴が切り替わる兆候があるのだろうか、などと考えていたがまったく分からなかった。というより、4000rpmから上はまさしく一気呵成(かせい)に7800rpmのリミッターまで吹け上がるのでじっくり観察する余裕がなかったのが正直なところである。そもそも2速でもリミットまで引っ張ると110km/hに達するので、それ以上を試すにはそれなりの場所に持ち込まなければならない。
もうひとつ、東京都内を出発し東名高速に乗る前に満タンにしたにもかかわらず、静岡県の伊豆スカイラインに入ったところで既に燃料計は半分を割り(タンクは60リッター入り)、都内に戻る途中で(トリップは300km足らず)燃料警告灯が点灯するほどの食欲では安心して踏めないというものだ。デジタルメーターの中の燃費計がもともと作動していなかったので、それに関係する不具合かもしれないが、熱効率を高めるためのプレチャンバー付きでこの程度の燃費というのは腑(ふ)に落ちない。確かめたいことが多すぎて、悶々(もんもん)とさせる新型マセラティである。
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情熱と冷静の間
細部の処理は入念ながら、仰々しいエアロパーツを持たないMC20はむしろエレガントだ。これ見よがしでないのがマセラティの伝統、そのデザインはホイールアーチを強調する一方でサイド部分が絞り込まれ、なるほどピニンファリーナの「バードケージ75th」や、さらには大昔の「ティーポ61」をほうふつとさせる。
バタフライドアは足元付近まで大きくえぐれて開くタイプなので乗り降りはしやすいほうだが(マクラーレンに似ている)、横方向のスペースには要注意。思ったよりも外側に張り出して開くので、いわゆる“トナラー”にすぐ隣に駐車されるとドアを開けられない。わざわざトイレから離れたガラガラのスペースに止めたのに……。
ドライバーズシートからの前方、左右視界は不満ないものの、後方視界はないに等しい。ルームミラーに映るのはスリットのようなごく狭い範囲で、映り込みもあってすぐ後ろの車種も見分けることができないぐらいだが、リアカメラ画像を映し出すいわゆるインテリジェントリアビューミラーに切り替えられるのは大変ありがたい。ただし目のピントを合わせるのは大変だ。車高を上げるフロントリフターが備わることも同様、デジタルメーターに各種指示がポップアップするところなども親切で実用的だ。もっとも、フロントリフターは「カーボンファイバーパッケージ」や「カーボンセラミックブレーキ」などとともにオプションである。車両価格が2000万円台半ばとはマセラティも戦略的だと思ったが、オプションをすべて加えると3500万円あまりになるという。
乗り心地は快適といっていい。プロアクティブ付きのマクラーレンほどソフトには感じないが、ラフな突き上げなどはまったくなし。一方でステアリングは低速から敏感に反応する。ちょっとスピードが上がっても、機械式LSDに加えてブレーキによるヨーコントロールシステムが効いているらしく(特にスポーツモードでは)、面白いようにスパッとイン側に寄るが、どこまでもフールプルーフではないことを忘れてはいけない。全体としてミドシップ・フェラーリとマクラーレンの中間といった印象で、理性的でバランス重視のミドシップとみたが、上述したように何しろ詳細不明の点が多い。最新技術による矛は磨けばもっと切れるはず、ということで今後を見守りたい。
(文=高平高輝/写真=小林俊樹/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
マセラティMC20
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4670×1965×1220mm
ホイールベース:2700mm
車重:1640kg
駆動方式:MR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:630PS(463kW)/7500rpm
最大トルク:730N・m(74.4kgf・m)/3000-5750rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 96Y/(後)305/30ZR20 103Y(ブリヂストン・ポテンザ スポーツ)
燃費:11.6リッター/100km(約8.6km/リッター、欧州複合モード)
価格:2664万円/テスト車=3529万5000円
オプション装備:エクステリア カーボンファイバーパッケージ(430万円)/カーボンセラミックブレーキングシステム(135万円)/カーボンファイバー エンジンカバー(60万円)/2コートペイント<Grigio Mistero>(60万円)/Sonus Faberプレミアムサウンドシステム<12スピーカー>(45万円)/サスペンションリフター(39万円)/エレクトロニック リミテッドスリップデフ(26万円)/レッドキャリパー(16万円)/フルナチュラルレザーインテリア<シェブロンデザイン>(15万円)/20インチ Birdcageグロッシブラックダイアモンドホイール(14万円)/ヘッドレスト トライデントステッチ(12万円)/フロントシートヒーター(7万円)/自動防げんサイドミラー(6万5000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:3801km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:269.4km
使用燃料:45.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:5.9km/リッター(満タン法)

高平 高輝
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