第258回:正面が見えるって最高だ
2023.05.15 カーマニア人間国宝への道九州一周鉄道の旅が実現
14年前、水戸岡鋭治さんをインタビューするために九州に行き、特急「リレーつばめ」と九州新幹線「800系つばめ」の車内でお話をうかがった。水戸岡さんは、JR九州の車両だけでなく、駅舎や乗務員の制服、果ては駅弁のパッケージに至るまで、総合的にデザインなさっている方である。
JR九州の車両は、ほぼすべて水戸岡デザインだが、その美意識の高さは衝撃的だった。しかも、フロントフェイスがどこかのクルマを連想させたりする! カーマニアとしてコーフンせずにはいられなかった。
14年前は2種類の車両にしか乗れなかったので、いつかJR九州の「ソニック」や「787系」などの在来線特急に乗りたいと願っていたのですが、今回とうとう、九州一周鉄道の旅を実現させました。
羽田空港駐車場にちょいワル特急こと愛機「プジョー508」を止め、飛行機で福岡へ。博多駅でまず「500系」新幹線に囲まれて感動! 500系は水戸岡デザインじゃないし、いまは新大阪-博多間の「こだま」にしか使われていないけれど、デザインは今でも新幹線随一のスーパーカー。見るたびにコーフンする。
博多から乗ったのは、本州と同じ「N700系」だった。ガックリ。水戸岡デザインの800系も、いまはもう各駅停車にしか使われていないのですね。カッコいいほうが遅いってのは矛盾だ。
N700系のカモノハシ型の先頭部分は、後ろの四角い部分とのバランスが悪いし、どう見てもカッコ悪い。クルマで言えば「ミニバンスーパーカー」である。
14年前、水戸岡さんはこう語っていた。
「あのカモノハシ型は、エンジニアリングのみでしょう? 文化がない。双方をまとめるのがデザイナーです。カモノハシ型は、データをちょっとカバーで覆っただけで、デザイナーの仕事をしてないですよ」
なるほど、そういうことかと目からうろこでした。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
在来線特急は楽しい
出水(いずみ)で新幹線を降りて、第三セクターの肥薩おれんじ鉄道(旧鹿児島本線)に乗り換える。1両編成のローカル線だけど、前方窓を通じて進行方向が少し見えるのがうれしい。おれんじ鉄道は最高80km/hくらいしか出さないけど、前が見えるとカーブのたびにブレーキングポイントがわかって、自分で運転してるみたいな気分になれるのです。
終点の川内(せんだい)で再び新幹線に。
やってきたのは各駅停車の800系だった! う~む、量産型のN700系とはステージが違う。一両ごとに内装が違うなんて、まるでフェラーリ・テーラーメイドプログラム! 14年ぶりに水戸岡さんに会えた気分でした。
鹿児島中央からは日豊本線に乗り換えて、いよいよJR九州在来線特急の旅に突入する。
まずは787系。カーマニア的には「BMWだ!」と叫ぶしかない車両である。ガンメタのボディーカラーもBMWっぽくてカッコいい。
「私は、これはいいや、と思ったものはコピーしちゃうんです。でも、条件が違うから同じものにはならない。“つばめ”はBMWのキドニーグリル、“かもめ”のヘッドライトは『アウディTT』、“ソニック”はガンディーニがデザインしたトラックのデザインを取り入れてます」(水戸岡さん)
14年前、“つばめ”だったのが787系で、現在も九州各地で特急として活躍している。
787系BMWに乗り、宮崎を経て大分へ。車両は内外装ともカッコいいけど、シートはヘタっているのかあまり快適じゃないし、新幹線と比べると軌道がまるで違うので、乗り心地はいまひとつ。前も見えず、だいぶ疲れてしまいました。
しかしそれでも在来線特急は楽しい。東京に住んでると、在来線特急に乗る機会がほとんどないのですよ! 新幹線は速すぎて、景色を見てると目が回る。在来線特急くらいのスピードが一番車窓風景を楽しめる。つまりクルマくらいの速度ってことですね!
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ちょいワル特急の圧勝
大分からは、待望の「883系ソニック」に乗る。水戸岡さんがガンディーニのトラック(車種は「ルノー・マグナム」?)とおっしゃったヤツである。確かにスカート部が似ている。
カーブでは車体を内側に傾かせてコーナリング速度を上げる制御振り子車両だ。逆方向にロールするところは、「アウディA8」の「プレディクティブ・アクティブサスペンション」とでも言おうか。
振り子車両のコーナリングは痛快だ。クネクネとカーブの多い日豊本線を、横Gをかけながらスーパーカーのように駆け抜ける。最高速度130km/h! 思わず「スゲエ、スゲエ!」とつぶやいていました。
ただ、やっぱり路面(線路)が悪いので、たまにデカい揺れが来る。トイレで小用中に吹っ飛びそうになりました。
そのようにして、九州一周鉄道の旅を満喫したのですが、飛行機で羽田に戻った時は、かなり疲れ果てておりました。
羽田空港の駐車場でちょいワル特急に乗り込んで走りだした瞬間。私は強い感動を覚えた。
「なんて乗り心地がいいんだ~!」
「プジョー508」自体、かなり乗り心地がいいクルマだけれど、それよりシートが段違い! 鉄道や飛行機のシートに比べたら雲泥の差! この、ゆったりと体にフィットする感覚、鉄道や飛行機ではまず味わえない。しかもちょいワル特急のシートには、マッサージ機能も付いているからネ!
もうひとつ感動したのは、正面がメチャメチャよく見えること! 鉄道や飛行機って、横しか見えないでしょ。クルマは正面を見放題。正面が見えるって最高だ!
JR九州の車両はカッコよかった。でも、乗り心地や眺めに関しては、わがちょいワル特急の圧勝だ。ああ~、やっぱりクルマっていいなぁ。カーマニアでよかった~!
(文と写真=清水草一/編集=櫻井健一)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。