長い納車待ちはなぜ解消されないのか?

2024.06.25 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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コロナ禍以降、数年にわたってクルマの納車期間が長くなっています。一因は半導体不足とも聞きますが、こうした遅延は、企業努力では解消されないのでしょうか? 車両生産で脆弱(ぜいじゃく)と思われる点、懸念される点があれば伺いたいです。

納車の遅れには、さまざまな要因がありますね。広く知られている半導体不足については、徐々にというかほぼ解消に向かっており、数年前の“むちゃくちゃな時期”に比べれば納期は短くなってきました。しかし、「売れるクルマはすぐ増産してどんどん納車する」という日本車ならではのフレキシブルさが感じられないと、不満に思う人は多いようです。

かつてのようなペースに完全に戻らないのはなぜでしょうか? 実はいま「何よりもお客さまを待たせないようにすべきだ」という価値観そのものが疑問視されている……というのが、その大きな理由になると思います。

まず大前提として、クルマの売れ行きを予想するというのは大変困難なことです。売れるパターンもいろいろあって、最初にどんと出てパッタリ止まることもあれば、その逆もあります。で、メーカーにとって一番うれしいのは何かといえば、「一定の台数で安定的に売れ続けるパターン」ということになります。

一本の生産ラインをフル稼働させても、つくれる数には限りがある。なのに、その何倍ものオーダーがくることがあって、そうした際、例えばトヨタでは、急きょ近くの工場のラインをそのクルマ用に変えて増産対応するという体制をとってきました。

そのため、フレキシブルに応じられるようラインづくりのルールは事細かに決められており、「生産ラインにマッチさせるべく、特殊な設計にしてはならない」などと、クルマの設計にまで影響が及びました。例えば? クルマのサスペンションの取り付け位置が設計段階で制約を受ける、というようなことです。遅延の抑制というのはそんな工夫をしてまで追求されてきたのであり、そのためのルールは非常に多いのです。

ところが、現実的には工場というのは、別の回でもお話ししたように(関連記事)、生産設備の更新時期が異なるなど、すべてが同一レベルになっているわけではありません。つまり、上記の方針を実行するためには、言い方が悪いですが、“最も劣っている工場”の設備レベルに合わせて製品を設計する必要が出てくるわけです。結果は、言うまでもありません。

納期を遅らせないために、製品そのものにかくも大きな制約と犠牲を強いていいのか? これについては、大きな問題として、社内でも長年論じられてきました。

そこに、このコロナ禍です。

コロナで部品供給が遅れてクルマの取り合いになったとき、かつてない現象が起きました。「値引きなんかしなくていいから少しでも早く納車してほしい」というお客さんが増えたのです。

これは、メーカーにとっては願ってもないオファーでした。たとえ状況が戻って車両を供給できる体制になっても、かつてのように、遮二無二つくるなんてことはしないほうがいいと考えるのは当然。ある程度の品薄感を維持して価格の崩れをなくしたほうが、メーカーにとっても販売店にとっても得なのですから。

しかも、この販売ペースを維持しつつ、前述した「工場の厳格なしばり」を緩めて設計の自由度を上げていけば、クルマ自体のクオリティーや性能もきっと向上させることができる……。

そのような次第で、メーカーとしても「納車の遅延を解消することだけがお客さま対応の第一義ではない」という風に考えが変わってきていると思います。

いや、本当のところは「利益の追求が第一義」で、しかしそうも言えないから、「よりよい製品をお届けできるというユーザーメリットもありまして……」などと自分たちを納得させているかどうかは、定かではありませんが。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。