第844回:「ホンダらしさ」はここで生まれる ホンダの四輪開発拠点を見学
2025.09.17 エディターから一言ホンダ車ばかりの通勤渋滞
宇都宮LRTのレールに沿ってクルマを走らせていると、反対車線に大規模な通勤渋滞が発生していた。「N-BOX」や「シビック」が多いが、現行型の「シビック タイプR」も見受けられる。いずれにしてもホンダ車ばかりなのは、ホンダの四輪開発センターを目指しているからだ。
栃木県芳賀町にあるこのホンダの一大開発拠点は、東西に1360m、南北に1860mものエリアを持っており、敷地内には多くの研究開発施設とプルービンググラウンド(いわゆるテストコース)が広がる。2万人もの人々が働いているそうで、通勤渋滞が起こるのも当然だ。渋滞の末尾に並んで入場の順番を待つ。
ホンダがこのエリアに根を下ろしたのは1979年のこと。プルービンググラウンドを皮切りに、1986年には栃木研究所、2009年には四輪開発センターを設立している。これまでプルービンググラウンドでのメディア向け試乗会などはあったものの、研究開発施設を外部に披露するのは今回が初めてのことらしい。どういう心変わりがあったのかは分からないが、極めて貴重な体験ができたので、その内容を報告する。
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さまざまな条件を試せる衝突実験施設
20秒前……10秒前……3、2、1のカウントダウンが終わるとともに、前から「フリード」が猛スピードで飛び出してきた。背面からは大きな台車が迫ってくる。このままではぶつかる……と考える間もなく両者は正面衝突。もちろんフリードの前方は大破している。
ホンダは2000年に世界初の屋内全天候型全方位衝突実験施設を完成させており、屋内、全天候、全方位のどれが世界初なのかは不明ながら、ここで衝突テストを日々繰り返している。上に書いたフリードの試験は車両と台車ともに50km/h(自走ではなくワイヤで引っ張る)、0度衝突、50%ラップのオフセットという条件だったが、速度は最高80km/hまで、衝突角度は0度から180度までの8パターンが選べ、オフセット率もさまざまに変更できる。
エアバッグ火薬の香りに包まれながら衝突後のフリードを見てみると、フロントまわりはクシャクシャになっているものの、キャビン全体はゆがんでおらず、ドアもテールゲートも普通に開け閉めできるし、ウインドシールドも割れていない。シートに置かれたダミー人形も無事だ。このフリードは現行型なので、厳密には試験ではなくわれわれに向けたデモンストレーションだったはずだが、フリードの衝突安全性が脳裏に強く刷り込まれた気分だ。
一体3億円のダミー人形
衝突後の流れはというと、「オッケー、キャビンつぶれてないね。よし、メシ!」などということはなく、作業員が集まって破片等を丁寧に取り除き、車両と台車のそれぞれをくまなく撮影。このほかにも上下左右、ありとあらゆる方向からの動画が記録されており、すぐに研究開発に生かせるようになっている。
ちなみにホンダにとって今後の主力になるはずの電気自動車も特別なことはせずに同じようにテストしているという(衝突後の漏電等はチェックする)。大量のリチウムイオン電池を積んでいるが、これまでに爆発したことはないそうだ。
この衝突試験に要する費用は一回あたり約150万円+車両代金。年間600回ほど実施しているとのことである。
お金の話といえば試験に使うダミー人形である。もちろんただの人形ではなく、内部に衝撃の強さなどを計測するセンサーが仕込まれているのだが、これがなかなか高価だ。例えば3歳児のダミーは1400万円。6歳が1700万円、10歳が3000万円で、次世代の成人サイズの正面衝突用ダミーは、なんと3億円にも上るという。以前はもう少しマシだったのだが、原材料費の高騰……を理由にくだんのような相場になっているらしい。ホンダの人も苦笑していたが、自動車開発には金がかかる。
実車同様に揺れるシミュレーター
続いては四輪ダイナミクス性能評価用のドライビングシミュレーターを試す。2023年に配備されたばかりのこの設備では、路面とクルマがモデル化されており、実車に乗らずとも実車と同じような体験ができるようになっている。
9軸の電動アクチュエーターに支えられた車両のカットモデル(2022年型の「CR-V」)の前と左右を囲むようにスクリーンがレイアウトされている。ボーディングブリッジを使ってカットモデルに乗り込んでみるとスクリーンには非常に精巧な映像が映し出されており、もはやリアルとの区別がつかないレベルだ。ミラーにも小さなスクリーンが仕込まれており、きちんと後方の映像が映っている。
この日は自分で運転することはかなわず、50km/hに設定したアダプティブクルーズコントロールを使って乗り心地評価路を走るという体験ができた。CR-Vは1.5リッターガソリンターボ(4WD)の設定だという。フラットな路面を走り始めると、ところどころに高速道路のジョイントのような小さな段差があることに気づく。それを越えるごとにカットモデルはコトンコトンと緩やかなピッチングを再現しており、揺れ方が見事だ。スクリーンはサイドにまで回り込んでいるので、横を見れば街路樹が後ろに流れていく。やがて大きなうねりのある路面に差しかかると、今度はこちらの体も前後左右に大きく揺すられる。スクリーンを見て「この路面ならこう動くだろう」という予測のとおりに動くので、思わずニヤリとしてしまう。
施設が並んでいるという強み
シミュレーターはCR-Vのほかにシビックなどのデータも持っており、足まわりのセッティングや路面の条件などを事細かに変更できる。こちらとしては楽しい使い道を想像してしまうわけだが、もちろんホンダは楽しむために導入したわけではなく、安全性や動的性能などの完成度を試作車をつくる前の段階である程度まで高めることを目的としている。開発全体を通しての試作車の台数を減らすことでコスト削減を推し進めているのである。
ホンダの栃木エリアの強みはこうした施設と開発棟、さらにプルービンググラウンドまでが一体となっているところにある。衝突試験やドライビングシミュレーターで得たデータをすぐさま開発スタッフが活用し、試作車を製作。さらにプルービンググラウンドでテストという一連の活動がスムーズにできるようになっている。
ちなみにホンダのドライビングシミュレーターはアクチュエーターの可動域が3mあり、2023年の導入当時は世界最高峰だったが、現在では別のメーカーが可動域5mのシステムを導入しているという。まことに「ナンバーワン」を維持するのが難しい世の中である。
(文=藤沢 勝/写真=本田技研工業/編集=藤沢 勝)

藤沢 勝
webCG編集部。会社員人生の振り出しはタバコの煙が立ち込める競馬専門紙の編集部。30代半ばにwebCG編集部へ。思い出の競走馬は2000年の皐月賞4着だったジョウテンブレーヴと、2011年、2012年と読売マイラーズカップを連覇したシルポート。
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