第274回:チャレンジャーのエマはドリフトで駐車する
『憐れみの3章』
2024.09.26
読んでますカー、観てますカー
『哀れなるものたち』と同じ座組み
監督はヨルゴス・ランティモスで、エマ・ストーンとウィレム・デフォーが出演する。なんだか既視感がある組み合わせである。2023年に公開された『哀れなるものたち』と同じ座組みで製作されたのが『憐れみの3章』なのだ。エマは『女王陛下のお気に入り』にも出演していて、監督とはよほど相性がいいのだろう。
ヨルゴス・ランティモス作品は、本欄で一度だけ触れたことがある。2012年の『籠の中の乙女』だ。両親によって家から出ることを禁じられた姉妹の物語で、外に出るには父の運転する「メルセデス・ベンツ280E」に乗らなければならない。塀の外には怪物がいて、子供だけで行けば食べられてしまうというのだ。ホラーともサイコサスペンスともつかない風変わりな作品で、奇想がカンヌやアカデミー賞で評価された。『ロブスター』や『聖なる鹿殺し キリング・オブ・セイクリッド・ディア』と立て続けに傑作を生み出し、このギリシャ人監督の作品に俳優たちが出演を切望するようになっている。
『哀れなるものたち』も素晴らしい作品なので紹介したかったのだが、残念ながらクルマが活躍しないので断念。18世紀末のヨーロッパらしき世界が描かれていて、先頭に馬の首をかたどった飾りを付けた蒸気自動車が出てくるものの、それだけでクルマ映画に認定するのはさすがに無理があった。
俳優として、エマ・ストーンのチャレンジャーぶりは称賛に値する。ウィレム・デフォーが演じるマッドサイエンティストの外科医ゴッドに子供の脳を移植された女性の役で、天真らんまんな幼児から大人の女性に成長していく。性的に奔放なキャラクターであり、セックスワーカーとして働くようになった。変顔を披露したと思えば裸のシーンもあり、“美人女優”というイメージを完全に捨て去る熱演に観客は驚いたのだ。
3章構成のオムニバス映画
『哀れなるものたち』は第96回アカデミー賞で主演女優賞を含む4部門を受賞。期待が高まるなかで、監督は思いもよらぬ変化球を投げてきた。3つの物語がつながるオムニバス映画なのである。それぞれまったく異なるストーリーで、エマ・ストーンとウィレム・デフォーは3人の人物を演じる。おのおのの役柄に関連はないようだが、深層で通底する流れがあるように感じられる不思議な構成だ。
原題は『Kinds of Kindness』で、直訳すれば“優しさの種類”ということになる。『Be Kind Rewind』が『僕らのミライへ逆回転』という邦題になったように、英語のダジャレは日本人には響かないという判断なのだろう。“哀れ”と“憐れ”で連想させる戦術なのかもしれないが、『哀れなるものたち』の興行成績がよかったとはいえないので効果は未知数である。
3章は《R.M.F.の死》《R.M.F.は飛ぶ》《R.M.F.サンドイッチを食べる》だが、R.M.F.は主人公ではない。狂言回しというか、ほとんど意味不明な人物である。主演の2人以外も、多くの有名俳優が登場する。ジェシー・プレモンス、マーガレット・クアリー、ホン・チャウといった豪華な面々だ。彼らも3章で異なる人物を演じている。
ストーリーを紹介することにあまり意味はないのだが、一応あらましを示しておく。《死》は上司の命令に従っていた男が一度だけ背いたことから失った信頼を取り戻そうとする。《飛ぶ》は海洋調査に出て行方不明になった妻が戻ってきたが、夫は別人ではないかと疑う。《サンドイッチ》はカルト宗教のメンバーが新たな教祖を探し出そうとする。やはり、これだけでは何のことだかよくわからない。
フォード・ブロンコはBMWが大嫌い?
クルマにも重要な役割が与えられている。《死》では、ジェシー・プレモンスがウィレム・デフォーから路上でクルマに衝突するよう指令を受ける。彼が乗るのは「フォード・ブロンコ」で、ターゲットとして指定されるのは必ずBMWなのだ。エマ・ストーンも同じブロンコでBMWアタックを敢行し、ケガをして病院に担ぎ込まれる。
《サンドイッチ》でエマ・ストーンが乗っているのは、「ダッジ・チャレンジャー」。まだ見ぬ教祖を探して走り回っているのだが、なんとも運転が荒い。急発進はお手のもので、駐車場では無駄にドリフトパーキングを決める。カルト宗教にのめり込むような不安定な精神状態が、彼女の運転に色濃く反映されている。この章からは大切な教訓を読み取ることができた。ドライブ中によそ見をしてはいけない、必ずシートベルトをしよう、という2点である。
オムニバスで俳優が複数の役を演じるのは、この映画が初めてというわけではない。2012年の『クラウド アトラス』はもっと錯綜(さくそう)していた。トム・ハンクス、ハル・ベリー、ペ・ドゥナなどが19世紀から23世紀までの6つの場面にまったく異なる役柄で現れ、性別さえもが変わってしまう。それに比べればずいぶん簡素なつくりなので、3回ぐらい観れば全体が把握できると思う。2時間44分の大作なので、なかなか骨が折れそうではあるが。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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