第33回:Eタイプ、アマゾン、フェアレディ。家で名車ムービーを − 夏休みに観たいクルマ映画DVD
2012.08.10 読んでますカー、観てますカー第33回:Eタイプ、アマゾン、フェアレディ。家で名車ムービーを夏休みに観たいクルマ映画DVD
メルセデスが戦車扱いの家
猛暑の続く中、映画で涼みたい! でも、ありきたりのホラーはイヤだ……というなら、オススメは『籠の中の乙女』(8月18日公開)だ。ジャンルとしてはファミリー映画なのだが、これがめっぽう怖い。観ていて驚きのあまり3度も声を上げてしまった。舞台となるのは夫婦と長男、姉妹2人の家庭なのだが、少し様子が変なのだ。食卓で母親に塩を渡してもらうのに、「電話をとってくださる?」などと妙なことを言っている。
この家では、子供たちは外に出ることを禁じられている。塀の外は怪物たちが暴れまわる恐ろしい世界で、一歩出ると食い殺されてしまう、と教えられている。だから、電話で外部と連絡するのはご法度なのだ。
外の世界に行けるのは、父親の乗る「メルセデス・ベンツ」だけである。この家族にとっては、クルマは戦場を突破するための戦車のようなものなのだ。確かに、現実の世界にも多くの危険があり、害をなす人間もいる。だからといって完全に隔離することで問題が解決するわけもなく、逆に内部にさまざまなひずみを生じさせる。平和な家族の風景の中には暴力の種がまかれ、破局に向かって緊張を高めていく。
暑い中を映画館に行くことさえ厭(いと)わしいという方のために、新着DVDをご紹介しよう。「ジャガーEタイプ」が重要な役割を持つ映画が2本そろった。『Time/タイム』と『わらの犬』だ。Eタイプというのは、映画の中ではスノッブでスタイリッシュなスポーツカーという記号性を強く帯びた存在らしい。
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スポーツカーは寿命59年分
『TIME/タイム』は、遺伝子操作の技術が進み、人間が25歳になると年を取らなくなる近未来を描いている。ただし、そこで余命は1年となり、寿命をのばすためには時間を購入しなければならないのだ。貨幣に代わって時間が通貨となっている。貧しい人々は時間を手に入れるために必死で働くしかないが、裕福な者は永遠に生き続けることができる。格差が広がり貧困層が固定されている現代社会と、構造はまったく同じだ。
若いままでいられるのはいいことのようだが、若そうに見えても100歳を超えた老人かもしれない。母親と妻と娘の見た目がほとんど同じという気持ちの悪い事態が生じたりもする。人間が成長しないのに合わせたかのように、クルマも時を止めている。近未来のはずなのに、走っているのは1960年代から70年代の「リンカーン・コンチネンタル」や「ダッジ・チャレンジャー」なのだ。
主人公のウィル(ジャスティン・ティンバーレイク)はスラム地区に住む労働者で、朝起きると余命が24時間以下というその日暮らしだ。しかし、ふとしたことから100年の時間を手に入れ、時間システムを破壊するために富裕地区に潜入する。
そこでクルマを購入するのだが、ディーラーに並べられているのは「シトロエンDS」や「メルセデス・ベンツ300SL」といったクルマだ。ウィルが選んだのは「ジャガーEタイプロードスター」だった。支払いはもちろん時間で、寿命59年というのがその価格である。Eタイプはいいクルマだけど、いくらなんでも高い!
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インテリのクルマとマッチョマンのクルマ
『わらの犬』は、1971年に作られたサム・ペキンパーの名作のリメイクだ。映画脚本家のデヴィッド(ジェームズ・マースデン)は、妻のエイミー(ケイト・ボスワース)の故郷であるミシシッピに引っ越してくる。静かな環境を求めてきたのだが、田舎町の人々のワイルド&マッチョな振る舞いは、都会育ちのインテリであるデヴィッドには馴染(なじ)みにくいものだった。彼らが乗っているクルマの多くは、「フォードF150」だ。男の強さをアピールするピックアップトラックである。しかも、山で仕留めた鹿の角をフロントグリルにくくりつけたりしている。
デヴィッドが乗ってきたのは、ジャガーEタイプロードスター。F150とはまるで価値観の違うクルマだ。ミシシッピの人々にとっては、猟の獲物も載せられないオープンカーなんて、カッコつけただけの役に立たない代物だ。彼らがわかり合うことが不可能なのは、クルマを見ただけで一目瞭然である。
オリジナル版では、「トライアンフ・スタッグ」が使われていた。意味合いとしては、同じである。デヴィッドは数学者という設定で、演じていたのは若きダスティン・ホフマンだった。
頭でっかちのインテリが暴力の支配する世界に巻き込まれていき、悲劇的な結末を迎えるのは両作とも同じなのだが、やはりダスティン・ホフマンのヘタレっぷりは簡単には再現できないようだ。完全平和主義者のデヴィッドが内なる暴力衝動に目覚めていくところが恐ろしかったのに、リメイク版では単なる力と力のぶつかり合いになってしまう。ラストのアクションシーンがゾンビ映画と同様な作りになったのは残念だった。
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スウェーデン車だらけの映画
リメイクといえば、『ドラゴン・タトゥーの女』があった。世界的ベストセラーになったスティーグ・ラーソンの“ミレニアム三部作”はスウェーデン本国で映画化されていたが、その第一部がハリウッドでリメイクされたのだ。監督はデヴィッド・フィンチャー、主演はダニエル・クレイグという豪華な顔合わせである。
富豪一族が住む島から少女が失踪し、探偵が謎の解明のために雇われる。調査を進めるうちに一族のおどろおどろしい愛憎の過去が浮かび上がってきて……という横溝正史みたいなストーリーだ。ただ、舞台が北欧だけに背筋が凍るような寒々しい怖さがある。日本のウエットな恐怖とは異なる味わいだ。
当たり前だが、スウェーデン車がやたらに登場する。「ボルボ」と「サーブ」がこれほど出てくる映画も珍しい。回想シーンでは、「ボルボ・アマゾン」の姿が見られる。実は、謎の解明に重要な鍵となるクルマなのだ。
ちょっと古い日本車が出てくるのが、『ピザボーイ 史上最凶のご注文』だ。『ソーシャル・ネットワーク』のジェシー・アイゼンバーグが、ピザの宅配をするバイト青年を演じている。日本ではデリバリー用のスクーターを使うのが普通だが、かの地では自家用車で配達する場合もあるようで、「日産フェアレディZ」の宅配ピザが登場することになる。
特に旧車趣味的な意味合いは見て取れず、単に貧乏青年のクルマとしてはちょうど手頃な価格ということなんだろう。話のほうは、悪党に捕まったピザ配達人が体にダイナマイトを巻き付けられて銀行強盗を強要される、という至ってばかばかしいコメディーである。脳みそを酷使しないで観ていられるから、頭がボーッとしていても大丈夫な納涼映画だ。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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