第293回: スイフトが主役の映画? いや、監督がスイフトなんです!
『藁にもすがる獣たち』
2026.09.24
読んでますカー、観てますカー
曽根圭介の小説を2度目の映画化
スクリーンに映るのは「荒磯に波」。大きな岩に激しい波が打ち寄せ、東映の三角マークが表れる。ああ、いつものオープニング映像ね、とのんびり構えていたら、いきなりこちらに向かって1台のクルマが突っ込んできた! 「スズキ・スイフトスポーツ」である。ボディーカラーはビビットな「チャンピオンイエロー」。いったい、何が始まるのか。
この映画『藁にもすがる獣たち』では、スイスポが大活躍する。快挙だ。失礼ながら、映画でスズキのクルマが大きく取り上げられることはほとんどない。カーチェイスなら高性能スポーツカーだし、ワルモノが乗っているのはダークな色調の大型SUVと相場が決まっている。エンドクレジットにはスズキのロゴはなかったようだから、タイアップではないだろう。このクルマを選んだ製作陣に拍手。
この連載で同じタイトルの作品を2021年に紹介している(参照)。韓国映画だ。そのリメイク版かというと、ちょっと違う。もとになっていたのは曽根圭介の小説で、今回は同じ原作から再び映画を作ったということだ。設定やストーリーはある程度まで共通しているのは当然だが、観ていてずっと緊張感が持続した。メガホンをとったのは、城定秀夫。手練れの職人監督は、観客を楽しませる術を知っている。
1億円の札束をめぐって、小悪党たちが争奪戦を繰り広げる。感情移入できる人間は1人も登場しない。主人公はさえない大学生の限界ユーチューバー佐藤寛治(鈴鹿央士)。バイト先のネットカフェで客が置いていったボストンバッグを開けると、大量の現金を発見。同居している認知症のばあちゃん(風吹ジュン)が遺産を使い果たしてしまったせいで貧乏な彼は、つい魔が差して持ち帰ってしまう。
爆走して丸の内TOEIに突っ込む
不良警官の江波戸良介(成宮寛貴)は女に金を持ち逃げされ、借金を返せなくなってヤクザの郷田(岩松 了)から追い込みをかけられている。舎弟のデメキン(二ノ宮隆太郎)を使ってカモから金を掠め取る計画を立てるが、うまくいかない。投資の失敗で巨額の借金を抱えた主婦の庄田美奈(MEGUMI)はデートクラブで働かざるを得なくなり、夫からは激しいDVに遭う。彼女の苦境を知って優しい声をかけるのが、怪しげな女のし~な(森 七菜)だ。バラバラに見える彼らが、金を軸に絡まり合っていく。
基本的にはコメディーなのだが、暴力描写は多い。DVシーンは韓国版にもあったが、日本版のほうが陰惨だった。過剰なまでの暴力が描かれるのが韓国映画の特徴のひとつなのに、それをしのぐとは驚きである。城定秀夫監督は『ガチバン』シリーズなどのバイオレンス系Vシネマを撮っていた経歴があり、本領発揮といったところだろう。
人が殺される場面も多い。韓国版では「ヒョンデ・ソナタ」で2人が轢き殺された。てっきりその役割をスイフトスポーツが担うのかと思っていたら、殺人グルマは「トヨタ86」だった。これは原作に忠実なセレクトである。小説では、「スプリンタートレノ」が使われていたのだ。トヨタのAE86でトヨタ86の元ネタである。
デメキンが乗っているのがスイフトスポーツだ。江波戸は彼を便利に使っていて、いつもタクシー代わりに呼びつける。ヤクザから逃げるために乗り込むと、後席には郷田の手下エリンギ(青木マッチョ)が隠れていた。車内で格闘しながらカーアクションが進行し、商店街を突っ走った先にあったのがなぜか丸の内TOEI。スイフトスポーツは映画が上映されている客席に突っ込んだ。
派手さはないけど玄人好み
この場面が撮影されたのは、2025年7月31日。その4日前に丸の内TOEIは閉館している。1960年に建てられた東映会館にあった映画館で、老朽化のためにビルごと建て直すことになった。営業中はもちろん、取り壊されてからでも撮影はできないので、このタイミングしかなかったのだ。スクリーンには東映を代表する名作『仁義なき戦い』のクライマックスシーンが映されている。菅原文太が「山守さん、弾ぁまだ残っとるがよぉ」と名ゼリフを放ったところで血しぶきが吹き上がるのは胸アツだ。
極上のエンタメ映画でスズキ・スイフトが大役を果たしたことを喜びたい。観客にはなんてことのないコンパクトカーと思われるかもしれないし、実際のところ派手さのないクルマだ。でも、昔から自動車メディアでは高く評価されてきた。同じジャンルでは「トヨタ・ヤリス」や「ホンダ・フィット」などのほうがはるかに売れているが、運転の楽しさではスイフトを推す人が多い。ただ、クルマに詳しくない人にスイフトのよさを伝えるのは難しいのが事実である。
考えてみると、城定秀夫監督も同じような存在だ。映画好きには絶賛されているが、一般的な知名度は高くない。もともとVシネマで任侠モノやお色気モノを撮っていた人である。どんなテーマでも低予算で早撮りし、商品としてきっちり仕上げる技を持っているが、カンヌやヴェネツィアで賞をもらったことはない。最近では高校演劇をもとにした感動作『アルプススタンドのはしの方』や今泉力哉とのコラボ作『愛なのに』『猫は逃げた』でようやく知られるようになってきた。派手さはないけど玄人好みという点では、城定秀夫は映画界のスイフトと言ってもいいかもしれない。
ところで、この映画ではいずれもクセモノぞろいの俳優たちが、嬉々として悪人を演じている。中でも怪演一等賞は森 七菜だろう。2020年にTBSの連ドラ『この恋あたためますか』で元アイドルのスイーツ女子を可憐に演じていた彼女が、クソ悪女になりきっている。とても同一人物とは思えない。可愛らしい役もいいが、もっとワルい彼女も見てみたくなった。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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