第94回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その6:取り返しのつかない大きなダメージ(矢貫隆)
2007.05.18
クルマで登山
第94回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機その6:取り返しのつかない大きなダメージ
法隆寺の庭を貫いて道路をつくるようなもの
「圏央道は、『なかなか開通しない』とかいう話題を耳にすることはあるんですが、こういう重要な環境問題が指摘されることがないのは不思議ですよね。多くの市民は、こうした問題に興味がないのではなく、知らされていないということなんじゃないでしょうか。僕も知りませんでしたし……」
そのとおりだよね。A君は、さすがに社会性があるな。
と、こうやってキミを誉めるのもこれが最後だと思うと淋しいぞ。あの頃、キミは彼女もいなくて……。
「しみじみするの、やめて下さい」
小泉武栄教授は、著書『山の自然学教室』でこう書いて憂慮している。
「実際にトンネルが開通すれば、高尾山の自然は取り返しのつかない大きなダメージを受けることになるのではないかと危惧されています。わが国の国家的財産というべき高尾山にトンネルを掘るのは、法隆寺の庭を貫いて道路をつくるようなものなのですが、困ったことに、つくる側にはそういう意識がまるでなさそうに見えます」
「国土交通省の方がたは、人間がつくった文化財の大切さは理解できるようなのですが、自然が長い年月をかけてつくりだした自然の文化財については、その重要性がわかっていないようです。自然史に関する教育の欠如が、残念なことにこんなところにまで影を落としているのです」
景色がいい。
とか言っているうちに頂上に到着である。
のんびり歩いて1時間半の道のりだった。
「さっきの売店でソフトクリーム食べたかったわね。帰りまで我慢しましょ」
ご老人の団体が最後の短い階段を登りながら話している。
頂上でも売ってますよ。
「あら、よかったわ」
見知らぬ人と自然に会話できるのは山の特徴だけれど、それは高尾山もいっしょだ。
幼稚園児くらいの子どもたちがお弁当を広げていた。ケーブルカーで上がってきたのか、あるいは1号路を歩いてきたのだろう。若いカップルが目立つ。外国人もいる。愛犬を連れている人も、淋しく男どうしのグループも、本格的登山に向けてのトレーニングの人も、なかには走って登ってきたランナーの姿もあった。
「さすがに年間400万人が登る高尾山ですね。いろいろな人たちがいる。次はボクも妻子を連れてきます」
えッ……(いたのか、子が。子どもはいないはずなのだが、と心のなかで思う)。
高尾山頂。景色がいい。
天気がいい日は新宿の高層ビル群が見える。新宿って、あんな近くだったんだと思う。
新宿が見えるから、あれは東京ドームか、いや、ちょっと方角が違うなと思ったら、西武ドームだった。
とにかく景色がいい。
(つづく)
(文=矢貫隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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最終回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その10:山に教わったこと(矢貫隆) 2007.6.1 自動車で通り過ぎて行くだけではわからない事実が山にはある。もちろんその事実は、ただ単に山に登ってきれいな景色を見ているだけではわからない。考えながら山に登ると、いろいろなことが見えてきて、山には教わることがたくさんあった。 -
第97回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その9:圏央道は必要なのか?(矢貫隆) 2007.5.28 摺差あたりの旧甲州街道を歩いてみると、頭上にいきなり巨大なジャンクションが姿を現す。不気味な光景だ。街道沿いには「高尾山死守」の看板が立ち、その横には、高尾山に向かって圏央道を建設するための仮の橋脚が建ち始めていた。 -
第95回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その7:高尾山の自然を守る市民の会(矢貫隆) 2007.5.21 「昔は静かな暮らしをしていたわけですが、この町の背後を中央線が通るようになり、やがて中央道も開通した。のどかな隠れ里のように見えて、実は大気汚染や騒音に苦しめられているんです。そして今度は圏央道」 -
第93回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その5:圏央道と、涸れた滝(矢貫隆) 2007.5.14 奇跡的に自然が守られてきた高尾山に、トンネルを掘るという大事業が進行している。圏央道をそこに通すためだ。
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