BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ(FR/8AT)
思いもよらぬプレゼント 2025.10.20 試乗記 「BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ」と聞いて「ほほう」と思われた方はかなりのカーマニアに違いない。その正体は「5シリーズ セダン」のロングホイールベースモデル。ニッチなこと極まりない商品なのだ。期待と不安の両方を胸にドライブした。中国市場ならではの好み
国や地域によってクルマに対する好みは実にさまざまである。イギリス・グッドウッドにあるロールス・ロイスの工場を取材した際、たまたまその日は生産ラインに乗るほとんどのモデルが「ファントム」で、そのうちの8割は外装が黒、内装が赤という組み合わせだった。「中国のお客さまからのオーダーが主です」とのこと。なんでも、黒はフォーマルの証し、赤は縁起のいい色として、ショーファードリブンとして用いられる機会の多いファントムの仕様として中国人には好まれる傾向にあるという。
中国市場では独特の感性でクルマが選ばれるようで、こんな話も聞いたことがある。某自動車メーカーが車内の臭いについて相当本腰を入れて研究していると。専用のパフュームで車内の空気に香りをつける手法はあるけれどそういうことではなく、“無臭”にするにはどうすればいいかについて真剣に議論をしているという。なぜなら中国人はどういうわけか車内の臭いにかなり敏感で、そのエクステリアデザインに見ほれてわざわざディーラーまで来たものの、ドアを開けた瞬間に香ってきた車内の臭いが駄目でサッサと帰ってしまうなんてことも少なくないそうだ。臭いの感じ方は千差万別なので、万人を満足させるには、限りなく無臭に近い状態にするほかないということらしい。
クルマの室内なんて、トリムやそれに使われる接着剤などの多様な臭いが混ざっているのが当たり前で、そこにNGを出されてしまうと、メーカーにとってはかなりやっかいな難問である。しかし中国市場の大きさを考慮すれば無視することはできない。そもそもこうした“中国案件”への対応はかなり以前から始まっていて、ドイツ車の“ロングホイールベース版”もそのひとつである。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
意外に(?)伝統のあるストレッチセダン
自分がその存在を初めて知ったのは、メルセデス・ベンツのW124が現役のころだから1980年代だったと思う。「Eクラス」のロングホイールベース版が中国市場のみで販売されていて、よく調べたらBMWの5シリーズにもあって、フォルクスワーゲンやアウディにも同様の中国専用仕様が用意されていた。「Sクラス」や「7シリーズ」だってあるのに、ミディアムサイズをわざわざストレッチさせたモデルになぜそんなに需要があるのかよく分からなかったのだけれど、ロングホイールベースの中国専用車は、どのメーカーもそのほとんどを中国国内の工場で生産していた。こうした事情も中国専用ロングホイールベース版の存在とおそらく無関係ではないだろう。
今回試乗したBMW 525Liはまさしくその中華仕様である。日本ではこれと「BMW i5 eDrive35L」の納車がすでに開始されている。BMWの車名に「L」が付くのを久しぶりに見たけれど、それもそのはずだ。そもそも「L」は7シリーズのロングホイールベース版にあてがわれていた記号だが、現行の7シリーズは事実上ロングホイールベースのみになってしまったので、「L」が消滅していたからだ。BMWジャパンが5シリーズの「L」の日本導入を決めたのも「7シリーズ本来の標準ボディーのサイズを埋めるため」だそうだ。
それにしてもかなりニッチな商品である。「いやーこのサイズを待ち望んでいたんだよ」と喜ぶお客さまが一体どれだけいるのか、自分なんかにはまったく想像がつかない。いっぽうで、あらゆるお客さまのニーズに応えられるよう隙間なく商品を取りそろえるBMWの戦略と体力には感心するばかりである。
長いのに重くない不思議
525Liとi5 eDrive35Lは標準ボディーと比べるとホイールベースで110mm、全長で115mm長くなっている。伸ばしているのは主にBピラーから後ろの後席まわりで、リアドアが大きくなっているし後席の居住性も向上している。i5のほうは、ホイールベースの延長により駆動用バッテリーの容量も増えているのかと思って調べてみたが、標準のi5のバッテリーの総電力量が83.9kWhであるのに対してLは81.6kWhだった。ただセル数や総電圧の数値も違うので、両車では異なるバッテリーを搭載していると思われる。
525Liが搭載するエンジンは2リッターの直列4気筒(マイルドハイブリッド)で最高出力190PS/最大トルク310N・mを発生する。ちなみにこのパワースペックは標準ボディーの「523i」と同値なので、車名は「523Li」でもいいような気もするけれど、それはともかく、気になったのは車両重量である。523iの標準ボディーにパノラマガラスサンルーフを装着した仕様が1790kg、LEDが仕込まれた「スカイラウンジパノラマガラスサンルーフ」が標準装備の525Liも1790kg。ホイールベース延長分がどっかへいってしまった車両重量になっている。
このマジックの種明かしのひとつは後輪操舵機構だ。どういうわけか、ホイールベースの長い525Liには後輪操舵が備わらないのである。「逆でしょ」とツッコミたくなるところだが、ひょっとすると中国生産という事情によるのかもしれない。ホイールベースは長くなったのに後輪は操舵せず、「525」を名乗っていてもパワースペックは「523」と同じという摩訶(まか)不思議な仕様には、試乗前にネガな印象しかなかったのだけれど、これが望外によかったのである。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
ダイレクト感が気持ちいい
全長が5175mmのクルマにしては、525Liの1790kgという車両重量はむしろ軽いほうだろう。よって、発進加速や中間加速でパワー不足や重ったるい感じはまったくない。523iに試乗したときにはあまり実感しなかったが、この4気筒エンジンはとにかくレスポンスがいい。回転数の上昇に合わせてトルクも出力もきれいな線形を描くように発生して、それに遅れることなく速度もついてくる。スロットルペダルを踏み込む回数や量はちょっと多くなるかもしれないが、エンジンのポテンシャルを余すことなく自由自在に引き出している感触が何より気持ちいい。
同じような気持ちよさは操舵のときにも感じる。ステアリングを切ると前輪が転舵して、ロールが発生するとそれがスムーズにヨーの発生につながり、車体が向きを変え始める。この一連の所作が、混じりっけのない極めてプレーンな印象なのである。もう少し具体的に言えば、いわゆる“エフアール”っぽい動きであると同時に、「そうそうビーエムってこんな感じだった」とちょっと懐かしくなるようなダイレクト感のある操縦性でもあった。そう思った理由はいくつか想像できるけれど、後輪操舵機構がないことが大きく影響しているのは確かである。
これはBMWに限ったことではないけれど、最近のクルマはとにかく電子制御デバイスがてんこ盛りで、運転していてもいまのクルマの動きが自分の操作によるものなのか、電子制御デバイスのおかげによるものなのかよく分からない場面にちょいちょい遭遇する。もちろん、自分の運転の未熟さをフォローしてくれるときも多々あるものの、自分とクルマの間に入り込んだ各種デバイスによって、ダイレクト感に乏しいステアリングフィールになっているのは否めない。525Liにダイレクト感なんかまったく期待していなかっただけに、その望外なプレゼントに思わず小躍りしてしまった。
ちなみに、ロングホイールベース化による曲がりにくさは(少なくとも相応の速度で走っている間は)まったく感じられなかった。だってそもそもBMWというのは、後輪操舵なんてなかった昔から回頭性のいいクルマだったでしょ。
(文=渡辺慎太郎/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝/車両協力=BMWジャパン)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5175×1900×1520mm
ホイールベース:3105mm
車重:1790kg
駆動方式:FR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:8段AT
エンジン最高出力:190PS(140kW)/5000rpm
エンジン最大トルク:310N・m(31.6kgf・m)/1500-4000rpm
モーター最高出力:11PS(8kW)/6000rpm
モーター最大トルク:25N・m(2.5kgf・m)/500rpm
タイヤ:(前)245/40R20 99Y XL/(後)275/35R20 102Y XL(ピレリPゼロ)
燃費:15.1km/リッター(WLTCモード)
価格:948万円/テスト車=948万円
オプション装備:ボディーカラー<スパークリングコッパーグレー>(0円)/BMWインディビジュアルレザーメリノ<コッパーブラウン×アトラスグレー>(0円)
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:2574km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(7)/山岳路(0)
テスト距離:148.7km
使用燃料:13.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.9km/リッター(満タン法)/10.7km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 慎太郎
-
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】 2025.12.2 「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。
-
ランボルギーニ・テメラリオ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.29 「ランボルギーニ・テメラリオ」に試乗。建て付けとしては「ウラカン」の後継ということになるが、アクセルを踏み込んでみれば、そういう枠組みを大きく超えた存在であることが即座に分かる。ランボルギーニが切り開いた未来は、これまで誰も見たことのない世界だ。
-
アルピーヌA110アニバーサリー/A110 GTS/A110 R70【試乗記】 2025.11.27 ライトウェイトスポーツカーの金字塔である「アルピーヌA110」の生産終了が発表された。残された時間が短ければ、台数(生産枠)も少ない。記事を読み終えた方は、金策に走るなり、奥方を説き伏せるなりと、速やかに行動していただければ幸いである。
-
ポルシェ911タルガ4 GTS(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.26 「ポルシェ911」に求められるのは速さだけではない。リアエンジンと水平対向6気筒エンジンが織りなす独特の運転感覚が、人々を引きつけてやまないのだ。ハイブリッド化された「GTS」は、この味わいの面も満たせているのだろうか。「タルガ4」で検証した。
-
ロイヤルエンフィールド・ハンター350(5MT)【レビュー】 2025.11.25 インドの巨人、ロイヤルエンフィールドの中型ロードスポーツ「ハンター350」に試乗。足まわりにドライブトレイン、インターフェイス類……と、各所に改良が加えられた王道のネイキッドは、ベーシックでありながら上質さも感じさせる一台に進化を遂げていた。
-
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――ロータス・エメヤR編
2025.12.3webCG Movies往年のピュアスポーツカーとはまるでイメージの異なる、新生ロータスの意欲作「エメヤR」。電動化時代のハイパフォーマンスモデルを、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんはどう見るのか、動画でリポートします。 -
NEW
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相
2025.12.3デイリーコラムトヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。 -
NEW
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ―
2025.12.3カーデザイン曼荼羅100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する! -
NEW
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】
2025.12.3試乗記「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。 -
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】
2025.12.2試乗記「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。 -
4WDという駆動方式は、雪道以外でも意味がある?
2025.12.2あの多田哲哉のクルマQ&A新車では、高性能車を中心に4WDの比率が高まっているようだが、実際のところ、雪道をはじめとする低μ路以外での4WDのメリットとは何か? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。


















































