第86回:男たちよ、若い女に117クーペを贈ろう
『0.5ミリ』
2014.11.07
読んでますカー、観てますカー
世界最強姉妹の傑作映画
ヒルトン姉妹も叶姉妹も、もう飽きた。阿佐ヶ谷姉妹もお呼びじゃない。今や世界姉妹界の頂点に立っているのは、間違いなく安藤姉妹なのだ。姉・映画監督の安藤桃子、妹・女優の安藤サクラ、このふたりのタッグは最強である。姉妹の新作『0.5ミリ』は、今年一番の収穫かもしれない。196分というインド映画並みの長さだが、一瞬たりとも退屈することはない。
この姉妹は、奥田瑛二と安藤和津の娘たちだ。ふたりを生み出したことは、彼らが日本映画界に残した最大の貢献である。この作品には、父がエグゼクティブプロデューサー、母がフードスタイリストとして参加している。さらには、サクラの義父と義母にあたる柄本明と角替和枝も出演しているのだ。撮影中サクラは桃子監督をお姉ちゃんと呼んでいたそうで、まるっきりのファミリームービーなのである。
サクラが演じるのは、介護ヘルパーをやっている山岸サワだ。片岡家で寝たきり老人の昭三(織本順吉)の介護を手伝っていて、下の世話から力仕事まで献身的に働いている。昭三の娘・雪子(木内みどり)が普段は世話をしているが、引きこもりで何もしゃべらないマコト(土屋希望)がいることもあり、夫のいない家ではヘルパーが必要なのだ。
平和に働いていたサワに、雪子が奇妙な頼みごとを持ちかける。一晩だけ昭三と一緒に寝てやってほしいというのだ。ただ添い寝すればいいと言われて断りきれず引き受けたが、深夜に昭三が残っていた男の部分を覚醒させ、予期せぬ大事故が発生してしまう。サワは警察の事情聴取を受けるハメになり、無罪放免となったもののヘルパーの仕事は続けられない。仕事も家も金もなく、街に放り出されてしまった。
自動車整備士だった老人の宝物
すべてを失ったサワのとった行動は、コンプライアンス的にはおおいに問題がある。彼女は、ボケかかった老人をターゲットに据えた。まずは、カラオケ店のフロントでまごまごしていた康夫(井上竜夫)をつかまえる。同伴客のふりをして、一緒にカラオケルームについていった。最初は不審がっておびえた康夫だが、おじいちゃんあしらいにたけたサワはすぐさま打ち解けて、ふたりで歌に興じる。飲み食いと夜の居場所を手に入れる程度のことは、サワにとっては難しいことではないのだ。
次に見つけたのは、スーパーに停めてある自転車のタイヤを千枚通しで刺して回っていた茂(坂田利夫)である。現場を押さえて脅しをかけ、家に上がり込むことに成功した。一宿一飯の恩義は果たす。寝る場所と食べ物を提供してもらう代わりに、掃除や料理などの家事一切を引き受ける。いわば、“押しかけヘルパー”なのだ。
すさんだ気持ちでセコい犯罪を繰り返していた茂だが、サワの母性で少しずつ立ち直っていく。しばらくして別れなければならなくなるが、彼はサワにプレゼントを残した。「いすゞ117クーペ」である。自動車整備士だった茂が、宝物のようにして慈しんできたクルマだ。ガレージで大切に保管してあっただけにミントコンディションで、エンジンもきっちり調整してある。
この作品には原作がある。安藤桃子自身が書いた、同じタイトルの小説だ。ストーリーはほぼ同一だが、異なるディテールもある。小説版では、茂がサワにくれるのは「ヒルマンミンクス」なのだ。同じいすゞの製品だが、ヒルマンミンクスが生産されたのは1953年から1964年で、117クーペは1968年のデビューだ。少しでも新しいほうがいい状態のモデルを見つけやすかったのかもしれないが、それでもいすゞにこだわったというのは、何か理由があるのだろうか。
もうひとつ大きく変わっているのは、物語の舞台となっている土地である。小説では地名は明記されていないが、茂の話す言葉はどうやら名古屋近辺のものだ。姉妹の父親は愛知県春日井市出身なので、それが頭にあったのだろう。映画が撮影されたのは、高知県である。この土地を気に入った桃子監督は、そのまま高知に住みついてしまった。和歌山県の山で知り合った男性と結婚していたことも最近判明し、来年には子供も生まれて3人で暮らすのだそうだ。
桃子が撮るサクラは美しい
サワは117クーペでショッピングモールに移動し、またもよからぬ行いをしている老人を発見する。人品卑しからぬ紳士が、本屋で女子高生のエロ写真集を万引しようとしていたのだ。教師だという真壁義男(津川雅彦)は、近所ではもっぱら高潔な人格という評判である。そこにつけこみ、サワは旧家らしい立派な屋敷にちゃっかり入り込む。
家には認知症で寝たきりの妻・静江(草笛光子)がいて、ヘルパーの浜田(角替和枝)が通ってきていた。サワは義男の昔の教え子だと身分を偽り、ヘルパーの手伝いもする。介護のスキルは飛び抜けているから、瞬く間にサワは真壁家になくてはならない存在となった。料理の腕は確かだし、義男には入浴中のサワをのぞくという楽しみもある。
エロ教師ならずとも、風呂をのぞきたくなるだろう。それほど、サワは、いやサクラは美しい。桃子監督は、もともとこの作品の主人公にサクラを想定している。というより、常にサクラを念頭に置いてアテ書きしているという。
「あんなにいい女優めったにいないと思うんです。それにサクラは昭和の女優の美しさを持っている。今回の作品をどうしてもサクラとやりたかった理由のひとつは、姉である私しか知らない顔をフィルムに刻みたかった」
インタビューで、監督は語っている。彼女は妹の美しさを撮ることに全力を傾けた。
12月に公開される『百円の恋』では、サクラはゲームざんまいの自堕落な女の役で、特に前半は魅力のかけらもないクズ女にしか見えない。まったくの別人だ。2010年の映画『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』では、“ブスでバカでワキガ”というなんとも救いようのない役柄だった。いやいや、サクラは美しい。桃子監督は、それをはっきりと証明してみせた。
“青い鳥”に導かれて
それにひきかえ、男たちの情けなさといったら、目を覆いたくなるほどだ。自転車のタイヤに穴を開けるとか、エロ本を万引するとか、人として恥ずかしい。困ったことに、坂田利夫と津川雅彦の演技にリアリティーがありすぎる。男が老いた先には、あんな現実が待っているのだろうか。すでに男はオワコンなんじゃないか、そう思わされてしまう。でも、サワのような母性に触れれば、最後には贈り物を残していこうという気持ちになれる。男ができる最良の行為とは、自らが信じる価値を誰かにゆだねること、例えば117クーペを託すことだ。
義男がサワに贈ったのは、モノではない。言葉である。海軍にいた彼は、自分が生き残ったことの後ろめたさを抱えて生き続けてきた。記憶が薄れゆく中、義男は何度も同じ言葉を繰り返す。
「戦争くらいばからしい事はないですよね
生きているのが不思議なくらいです
亡くなった人たちに気の毒ですよ」
津川雅彦が7分にわたって独白するシーンは圧巻だ。観客は身じろぎすらすることができない緊張感に包まれる。
サワは義男とも離れることになり、再び117クーペで旅に出る。小説では駐車場で見た青いクルマに導かれてある街にたどり着くことになっていたが、映画ではただの青いクルマではなく“青い鳥”が使われていた。それが幸福の象徴なのかどうかはわからないが、サワは引きこもりだったマコトに再会することになる。マコト役の土屋希望は新人ながら、素晴らしい名演だった。物語の鍵となる役割を、見事に演じたのだ。
小説版『0.5ミリ』には、短編の『クジラの葬式』という作品も載せられている。こちらにもある種の介護をする女性が登場していて、その行動や言動はサワ、いや安藤サクラそのものだ。きっと、妹の顔を思い浮かべながら書いたのだろう。映画化すれば、いい作品になりそうだ。世界最強の姉妹が、次に見せてくれる驚きが楽しみでならない。
(文=鈴木真人)
『0.5ミリ』
2014年11月8日(土)より、有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー!
2014年10月24日(金)より、高知城西公園内『0.5ミリ』特設劇場にて先行公開!
安藤サクラ / 柄本明 坂田利夫 草笛光子 津川雅彦
監督・脚本 安藤桃子
(C)2013 ZERO PICTURES / REALPRODUCTS
2013/196分/カラー/ビスタサイズ
www.05mm.ayapro.ne.jp

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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