第90回:帰ってきた強いお父さんは911で娘救出に向かう
『96時間/レクイエム』
2015.01.08
読んでますカー、観てますカー
運の悪い父親が3度目の危機
ブライアン・ミルズは運の悪い父親だ。いつも娘が危機に陥り、命がけで助けにいくハメになる。最初は彼女がパリで拉致され、携帯電話で聞いたわずかな手がかりを頼りに、海を渡って犯罪組織に戦いを挑んだのだった。彼は元CIAのエージェントで、特殊な能力を身につけているのだ。
拉致されて4日が経過すると救出が困難になるといわれており、それが『96時間』という邦題になった。2008年製作の第1作である。よくできたタイムサスペンスで、見えない敵を追い詰めていく斬新な展開には感心させられた。銃撃戦やカーチェイスシーンもふんだんにあり、娯楽作としてまじめに作られた作品だった。
ブライアンを演じたのが、リーアム・ニーソンである。それまでアクション俳優のイメージは薄かったが、困り顔なのにやたらと強いというキャラクターがハマり、新境地を開いた。悪いやつらを皆殺しにして娘を救出し、一件落着。平穏な暮らしが戻ってきたはずだったのに、2012年にまさかの続編『96時間/リベンジ』が公開された。普通はリベンジするのは主人公だが、これは壊滅させられそうになった犯罪組織の残党がブライアンに復讐(ふくしゅう)しようとするストーリーである。娘かわいさのあまり、お父さんが張り切りすぎた報いだ。
今度は拉致されたのは娘ではなく、妻だった。さらに、ブライアン自身もとらわれの身となる。なんともアクロバティックな展開だが、彼は娘を遠隔操作し、自らを助けださせるのだ。シリーズ第2作はがっかりするデキになることが多いのだが、この作品は前作をしのぐサプライズの連続で観客の想像の上を行った。興行成績も上昇するという、珍しい状況が出現したのだった。
さすがにもう無理だろう、と誰もが思った。目の肥えてしまったファンをそそることのできる脚本は、簡単には書けそうにない。そこに、第3作の『96時間/レクイエム』が登場したのである。
スゴ腕の父親が娘を守る物語
秘密の過去を持つスゴ腕の父親が、うまくコミュニケーションを取れない年頃の娘を助けることで信頼を取り戻すという話型は、どうやら定番となっているらしい。昨年の『ラストミッション』もそうだった。そういえば、脚本を担当したのはこの作品と同じリュック・ベッソンである。よっぽどこういう話が好きなんだろう。ジェイソン・ステイサムの『バトルフロント』も、娘を守る話である。こっちはシルベスター・スタローンが脚本を書いているので、自分の人生に重ね合わせている可能性がある。
8年前の作品で17歳だった娘のキムだが、3年後という設定らしく、まだ20歳だ。物語の冒頭で、彼女が妊娠したことが明らかになった。演じているマギー・グレイスの実年齢は31歳だから、本来なら子供の1人や2人いたって不思議ではない。彼女は犯罪組織に連れ去られたりはしないが、実はもっと危険な状況にいることがだんだんわかってくる。
ファムケ・ヤンセンが演じる元妻のレノーアは、今回は出番が少ない。いきなり死んでしまうのだ。そして、現場に居合わせたブライアンは、重要な容疑者として警察に追われることになる。逮捕しようとした警官2人を一瞬で片付け、非常線を突破して姿をくらましたのだから疑われても当然ではあるが。
相手が警察だけに、ブライアンは前2作のように手当たり次第に殺しまくったりはしない。そんなことをしたら、本当に犯罪者になってしまう。見どころは、マヌケな警察を出し抜く神出鬼没ぶりと、監視されている娘とコミュニケーションを取る巧妙な仕掛けだ。ロサンゼルス警察を指揮するドッツラー警部は切れ者という設定だが、やっているのが笑福亭鶴瓶顔のフォレスト・ウィテカーだから緊張感は生まれにくい。
二人羽織のカーチェイス
カーチェイスも、もちろん用意されている。今回の趣向は、二人羽織だ。運転席にいる敵にアクセルを踏ませながら、ステアリング操作は自分でやって追っ手を蹴散らしていく。言われたとおりにアクセルなんか踏まなければいいと思うのだが、怒れる父親の迫力に押されたのだろう。ロサンゼルスのフリーウェイを週末に3回封鎖して撮影しただけあって、派手なアクションが見られる。トレーラーが転がり、「メルセデス・ベンツSクラス」や「フォード・エクスプローラー」が宙を舞う。
この作品だけでも十分に楽しめるが、前2作を観ておいたほうがベターだろう。ブライアンと娘、元妻との関係がわかっていれば、ストーリーのディテールが腑(ふ)に落ちるはずだ。第1作ではギクシャクしていた父と娘の関係が、目覚ましく改善している。喜ばしいことだ。
もう一つのテーマは、元妻との関係である。仕事に身を入れすぎて家庭を顧みず、妻との間に溝ができたというのはお決まりの設定である。ハリウッドで何度も同じ話が繰り返されるのは、よほどこの状況にリアリティーがあるということなのだろうか。
1988年の映画『ダイ・ハード』が、この手の話では有名だろう。ジョン・マクレーン刑事は別居中の妻に会いにいったところでテロリストの襲撃現場に居合わせ、1人で戦わざるを得なくなったのだった。運の悪い夫の元祖であり、運の悪い父親ブライアンの原型ともいえる。アクション映画に新風を吹き込んだ傑作だが、続編を作りすぎて運の悪さがベタな芸に見えてきてしまった。あれではダチョウ倶楽部と変わらない。『96時間』は妻を死なせてしまったことでもう次作は作れないだろうから、その点は安心だ。
映画では、最後におまけのカーチェイスシーンが待っている。クルマは「ポルシェ911」だ。速いクルマだが、相手はもっと速い乗り物である。到底かなう相手ではないが、ブライアンは不可能を可能にする男だ。実際のところ彼は、チャック・ノリスやダニー・トレホなみの不死身キャラでもある。何をされても、死にそうにない。そういう意味では、安心して観られる映画である。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第293回: スイフトが主役の映画? いや、監督がスイフトなんです!
『藁にもすがる獣たち』 2026.9.24 曽根圭介の小説を原作にした2度目の映画化。韓国版では「ヒョンデ・ソナタ」が殺人カーだったが、今回は「トヨタ86」に。もっと活躍するのはチャンピオンイエローがまぶしい“スイスポ”。スズキファン必見のアクションエンターテインメント! -
第292回:350SEが運ぶのは幸福か、それとも究極の不幸か……
『星の時 4K』 2026.8.20 ブラジルの女性小説家クラリッセ・リスペクトルが1977年に発表した小説を、女性監督スザーナ・アマラウが1985年に映画化した伝説の作品。「メルセデス・ベンツ350SE」がもたらす運命の瞬間を謎めいた手つきで描き出す。 -
第291回: あの衝撃的なラストシーンは2CVで撮影されていた!?
『ヌーヴェルヴァーグ』 2026.7.9 1959年のパリで、ゴダールが『勝手にしやがれ』の撮影を開始。脚本もなく演出はその場で指示するという型破りのスタイルに、俳優もスタッフも困惑し現場は混乱を極める。はたして映画は無事に完成するのか……。 -
第290回:商用バンで砂漠を行く親子が向かうのは天国か地獄か
『シラート』 2026.6.4 失踪した娘を探して親子はモロッコの砂漠へ。砂漠で開催されていたレイブパーティーが最高潮に達した頃、軍隊がやってきて中止させられる。親子が乗るFFの商用バンは次のパーティー会場にたどり着けるのか……。 -
第289回:最強の格闘家は破壊されるクルマに自分を重ねた
『スマッシング・マシーン』 2026.5.14 ドウェイン・ジョンソンが映画化を熱望した伝説の格闘家マーク・ケアーの栄光と没落の人生を描く。東京ドームで行われた総合格闘技イベント、PRIDEグランプリ2000を完全再現!
-
NEW
三菱eKクロスEV P(FWD)【試乗記】
2026.10.17試乗記三菱の軽乗用電気自動車(EV)「eKクロスEV」が、一部改良でデザインを刷新! 2022年発売の古参の一台は、台頭するライバルをどう迎え撃つのか? 最新モデルと比べても、キラリと光る魅力はあるのか? 軽EVのパイオニアが擁する一台の実力を確かめた。 -
写真で解説する「フィアット・グランデパンダ」
2026.10.16画像・写真ステランティスが「フィアットブランドの大きな柱のひとつとなる重要なモデル」と位置づける「グランデパンダ」が日本上陸。その具体的な見どころを、写真とともに解説する。 -
フィアット・グランデパンダ ハイブリッド ラプリマ(FF/6AT)【試乗記】
2026.10.16試乗記欧州を代表するコンパクトカーの一台である「フィアット・パンダ」が第4世代に進化。新たに「グランデパンダ」を名乗り、日本にやってきた。ずばり新型の見どころは車両の随所にちりばめられた初代モデルへのオマージュである。上位グレード「ラプリマ」の仕上がりをリポートする。 -
スズキの未来を徹底検証! 技術戦略説明会から“10年先のスズキの姿”を夢想する
2026.10.16デイリーコラム年間生産500万台で、Dセグメントまでカバーする巨大メーカーに!? スズキが発表した「10年先を見据えた技術戦略2026」を徹底検証。技術開発に製品開発、インドを核としたグローバル戦略などの中身を通して、「10年先のスズキの姿」を予想した。 -
賢い選択 ――キャデラック「LYRIQ」フラットプランのすゝめ――
2026.10.15投資家も太鼓判! 「キャデラック・リリック」×フラットプランという最適解<AD>クルマが変わり、時代も変われば“持ち方”だって変化する? お金のプロである投資家が、「キャデラック・リリック」の残価保証型リースを勧める理由とは? 夢の「2台持ち」をかなえる、最新電気自動車の賢い選び方を考えた。 -
間もなく正式発表 ミツオカの新型2シータースポーツカー「LA1」を予測する
2026.10.15デイリーコラム光岡自動車が2026年11月26日に正式発表を予定しているアメリカンスタイルの新型2シータースポーツカー「LA1」。現在公開されているLA1の画像とティーザーサイトに掲載された情報から、その特徴を分析する。