第188回:毎晩がメルセデス! 「安全枕」のルーツを探る
2011.04.09 マッキナ あらモーダ!第188回:毎晩がメルセデス! 「安全枕」のルーツを探る
いろいろあったヘッドレスト
ヘッドレストの思い出を振り返ると、ドイツ車に関するものだけでもいろいろある。幼い頃わが家にあった1972年「フォルクスワーゲン・ビートル」に付いていたヘッドレストは、後付け物だった。クッション部の下に逆U字型の支えが付いていて、鞍(くら)のごとくシート背面にかませるものだった。ちなみに当時の日本ではまだ、ヘッドレストを指す「安全枕」という言葉が残存していた。
「穴あきヘッドレスト」というのもドイツ車が先鞭(せんべん)をつけた。詳しく言うと、市販車で最初に採用したのは1982年の「アウディ100」である。中央に穴をあけることによって後方視認性が高いというのがメーカーの売りだった。後席の住人にとっても、前方の閉所感が和らぐメリットがあったと思う。
アウディではないが、ボクも穴あきヘッドレストのクルマに乗っていたことがある。いたずら好きな女房は、社長気取りで座った後席からヘッドレストの中空部分にゲンコツを通して、運転するボクの頭にたびたびパンチを見舞わせたものだ。
ところがこの「穴あき」、近年だんだん少なくなっている。女房のようにパンチする奴が多かったからではない。まず、不要時に低く収納できる後席ヘッドレストが普及し、わざわざ穴あきにする必要性が薄くなったことがあろう。折りたたみ式シートの場合、いちいち引っこ抜かなくてはならない、大きな穴あきヘッドレストは邪魔だ。加えて前席ヘッドレストには、むち打ちを軽減するプロアクティブシステムが装備されたり、エンターテインメントのためのAVモニターが埋め込まれたりと、インテリジェント化が進んできた。もはや「穴あき」は、時代についていけなくなってしまったのである。
メルセデスの「パゴダ型」
時代は前後するが、最も印象的なドイツ車のヘッドレストといえば、1960年代後期から1970年代のメルセデス・ベンツのものだ。
耳のごとく左右がつんと切り立ったそのヘッドレストは、子供だったボクの目に、とても立派に映ったものだった。父の運転するクルマの助手席から前方を走るメルセデスの室内を見るたび、「かっこいいなぁ〜」と思ったものだ。そう、ボクにとっては、スリーポインテッドスターのマスコットに次ぐ、メルセデスの象徴だった。
あのヘッドレスト、実用的観点からすれば、今日より路面状態が悪かった当時、頭部のホールドをより良好にする効果があったろう。デザイン的流れからすると、アジアの塔の反りかえった屋根にちなんで「パゴダ」と呼ばれた1963年の「230SL」のルーフ形状を反復したものというのが最もわかりやすい解釈だ。加えて、包まれ感=安全性を形で表現した好例ともいえる。
答えはベッドルームにあった?
しかしボクは、「パゴダ型」ヘッドレストにはもうひとつモチーフがあったのではないかと近年発見した。それを説明するには、欧州の寝室事情から説明しなくてはならない。
欧州では、枕のサイズが国によって違う。イタリアと隣国フランスでも違って、フランス式のほうが大きい。したがってイタリアの田舎っぽい枕カバーのデザインに閉口して、フランスのスーパーでセンスの良いものを買ってきても、折って使わなければならない。
その伊仏よりさらに枕サイズが大きいのは、ドイツ、オーストリア、そしてスイスのドイツ語圏3国だ。計ってみると、一辺約60cmの正方形である。ホテル用だけではない。一般家庭も上記3カ国の枕はデカい。スイスやオーストリアの知人宅も、数年前ホームステイしたドイツの家も、みんなそうだった。
数年前、ドイツ人家庭にひと月ほどホームステイしたときである。毎日ボクが出掛けて帰ってくると、ステイファミリーの夫人によって完璧なベッドメイキングがなされていた。枕は必ず真ん中を“空手チョップ”して折り曲げてあった。そう、その姿は、まさに「パゴダ型」ヘッドレストだったのである。
後日気をつけてよく見ると、スイスやオーストリアの知人宅も、同様に“空手チョップ”を施して「パゴダ型」になっていた。巨大枕を美しくセットするための、ひとつの習慣なのだ。
メルセデスのインテリアデザイナーの脳裏には、きっと家庭の心地よい枕があったに違いない。羨望の眼差しで眺めていた少年時代から40年近く経過してからわかったことである。
ボクも次にドイツに行ったら、イタリアにない巨大枕を買い込んできて、「毎日が古いメルセデス」気分を味わおうと思っている。ついでに、欧州の枕形状をさらに探求して論文を書き、いつか女子大の家政科で教鞭(きょうべん)をとるという野望まで抱いている今日このごろである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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