「最善か無か」のプロダクトはここで生まれる メルセデス・ベンツの最新テストコースを訪ねる
2021.08.18 デイリーコラム試験路の総延長は68km
2021年7月下旬に参加した「メルセデス・ベンツEQS」の国際試乗会の最終日、スイス・チューリッヒから北に110kmほど走り、メルセデス・ベンツの最新開発拠点である「TTC(テスト&テクノロジーセンター)」を訪れた。
このTTCは、ドイツ・シュトゥットガルトから南に約130km、スイスとの国境にほど近いドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州の田舎町であるイメンディンゲンの丘陵地帯に2018年末にオープン。メルセデスは、もともとは旧ドイツ軍の訓練施設があったこの場所に、地元自治体や個人から取得した土地を加えて、計520万平方メートルもの面積を持つ巨大施設を2015年に建設開始。総投資額は2億ユーロ(約260億円)以上にも達する。
今回は2022年からEQSに搭載が予定されている、レベル3の自動運転技術「DRIVE PILOT(ドライブパイロット)」を体験する目的でTTCを訪れたのだが、厳重なセキュリティーを抜けてテストコースエリアに入り、なによりも驚かされたのはその規模の大きさだ。世界には上には上があるのかもしれないが、TTCは私が今までに目にしてきたどこのテストコースよりも大きい。
ここには、10万平方メートルの面積を持つ総合試験路面「Berthaエリア」や、傾斜率が40%と70%の斜面があるオフロードコースの「4×4モジュール」、ドイツ南部シュヴァーベン地方の勾配がきついアルプスの道を再現した「アルプス耐久コース」、ニュルブルクリンクを模した高低差31m、長さ4.1kmの「ハンドリングコース」、直径が260mもある「スキッドパッド」、一周4kmの「高速周回路」、傾斜率10~20%、全長7.1kmの「ラフロードサーキット」、さまざまな路面を再現し、快適性の評価に用いる「コンフォートモジュール」、Car-to-Xコミュニケーションやさまざまな運転支援システムのテストに用いる「市街地コース」、横風のテストに用いる「直線路」、そしてウエット路面を再現できる「ウエットハンドリングコース」と、ありとあらゆる試験路が用意されている。
試験路の総延長は、なんと68km! 高台から眺めてみたが、その光景はまるで1980年代にはやった巨大迷路(古い!)を何百倍にもスケールアップしたようで、もはや地上からでは全体像を把握することはできないレベルである。
自動で緊急車両に道を譲る
今回はスケジュールの都合上、高速周回路でドライブパイロットの機能を助手席で体験することしかできなかったのだが、その制御の緻密さには驚かされた。ドライブパイロットは、高速道路上で車速が60km/h以下の渋滞時に、ステアリングホイール上のボタンを押すとアクティブになり、運転の主体を車両に受け渡したドライバーは「MBUX(メルセデス・ベンツ ユーザーエクスペリエンス)」の画面でネットサーフィンや動画コンテンツなどを楽しむこともできる最先端の自動運転技術である。
リアルワールドでは、シミュレーションでは想定していない事態も起こり得る。今回の同乗体験では、自動運転中に隣の車線からクルマが割り込んできたり、路肩に故障車が止まっていたり、後方から緊急車両がやってきたりと、さまざまなシチュエーションを疑似体験したが、割り込み車両に対しては減速して衝突を回避し、故障車は余裕をもって避け、車速が30km/h以下になると自然に車線内の右側(追い越し車線の場合は左側)に寄って緊急車両のためのスペースを空けるという、極めて自然でスムーズな制御を披露した。
ソフトウエアの開発だけならコンピューター上で可能かもしれないが、あらゆる状況でドライバーの安全を担保しなければならない自動運転技術の開発には、実走行でのテストが欠かせない。もちろん公道テストも重要だが、充実したテストコースの存在は間違いなく開発期間短縮に寄与しているはずだ。
テストすべき項目が山積
メルセデス・ベンツがこのTTCを建設した背景には、近年の自動車ビジネスの環境変化がある。メルセデスは2000年代以降、欧米諸国や日本に加えて、中国や中東、南米諸国でのビジネスが拡大したが、それに伴って市場ごとに異なる仕様を大量にテストする必要性が生まれた。クラッシュテストも大幅に増えたため、2015年にはジンデルフィンゲンに最新鋭の衝突試験センターも開設している。
また、従来のセダンやステーションワゴン、クーペ、カブリオレに加えて、世界的な人気に押されて、2010年代以降SUVラインナップを拡充したことや、マイルドハイブリッド車やプラグインハイブリッド車、電気自動車(EV)とパワートレインの種類が増えたことも、開発作業を大幅に増加させた。さらには、日進月歩で進化する先進運転支援システムや、将来的に実用化を目指すレベル3以上の自動運転技術の開発も必要なため、テスト環境が充実しているに越したことはないのだ。事実、メルセデスは2019年10月末に、ハイブリッド車やEV、代替燃料技術開発を含むグローバルの車両試験機能をTTCに統合すると発表している。
メルセデスは、すでにいくつものテストコースを持ち、世界中の公道やニュルブルクリンク、極寒の北欧などでも開発作業を行っている。また解析技術の進化により、コンピューターで多くの作業を行うモデルベース開発も積極的に導入している。
その一方で、実際にテスト車両を走らせる必要がある開発プロセスも依然として多い。特に快適性やハンドリング、衝突安全性能、先進運転支援システムや自動運転技術の開発は、シミュレーションだけでは完結しない。最終的にクルマは人が運転するものであり、コンピューターゲームではないのだ。そのことを深く理解しているからこそ、メルセデス・ベンツはTTCを新設したのである。
施設が充実していればいいクルマがつくれるわけではないが、メルセデスにはクルマというものについて、またモビリティーについて、深く理解する優秀な人材が豊富にいて、常に「最善か無か」という思想と真摯(しんし)に向き合いながら働いている。今後もメルセデス・ベンツのプロダクトが世界で信頼され続けるのは間違いない。
(文=竹花寿実/写真=ダイムラー/編集=藤沢 勝)

藤沢 勝
webCG編集部。会社員人生の振り出しはタバコの煙が立ち込める競馬専門紙の編集部。30代半ばにwebCG編集部へ。思い出の競走馬は2000年の皐月賞4着だったジョウテンブレーヴと、2011年、2012年と読売マイラーズカップを連覇したシルポート。
-
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える 2025.10.20 “ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る!
-
スバルのBEV戦略を大解剖! 4台の次世代モデルの全容と日本導入予定を解説する 2025.10.17 改良型「ソルテラ」に新型車「トレイルシーカー」と、ジャパンモビリティショーに2台の電気自動車(BEV)を出展すると発表したスバル。しかし、彼らの次世代BEVはこれだけではない。4台を数える将来のラインナップと、日本導入予定モデルの概要を解説する。
-
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか? 2025.10.16 季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。
-
マイルドハイブリッドとストロングハイブリッドはどこが違うのか? 2025.10.15 ハイブリッド車の多様化が進んでいる。システムは大きく「ストロングハイブリッド」と「マイルドハイブリッド」に分けられるわけだが、具体的にどんな違いがあり、機能的にはどんな差があるのだろうか。線引きできるポイントを考える。
-
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する 2025.10.13 ダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。
-
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
NEW
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。 -
NEW
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える
2025.10.20デイリーコラム“ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る! -
NEW
BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ(FR/8AT)【試乗記】
2025.10.20試乗記「BMW 525LiエクスクルーシブMスポーツ」と聞いて「ほほう」と思われた方はかなりのカーマニアに違いない。その正体は「5シリーズ セダン」のロングホイールベースモデル。ニッチなこと極まりない商品なのだ。期待と不安の両方を胸にドライブした。