第260回: 親切なおばさんはSUVに乗ってやってきた
『高速道路家族』
2023.04.20
読んでますカー、観てますカー
サービスエリアで寸借詐欺
2022年10月に開催された釜山国際映画祭で、『パラサイト 半地下の家族』に続く傑作と評されたのが『高速道路家族』である。格差社会に鋭い視線を向けているところは、確かに似ているようだ。是枝裕和監督の『誰も知らない』や『万引き家族』にも通じるところがある。いずれも疑似家族を描いているからだ。育児放棄を描いているのにハッピーエンドというアクロバティックな映画『メイジーの瞳』も思い出した。
大きく違う要素もある。『半地下』や『万引き』の主人公たちは、曲がりなりにも底辺から這(は)い上がろうとする気概があった。彼らの行動はほめられるものではなかったが、前向きに生きるバイタリティーを感じさせたのだ。この映画では、主人公が先の見通しがないのに、なんとかなるだろうと思ってその日暮らしを続けている。幸福な結末が訪れることは期待できそうにない。
“高速道路”と“家族”がどうやって結びつくのか。クルマで移動する家族のロードムービーではない。彼らが暮らすのは、高速道路のサービスエリア(SA)である。SAには食べ物屋や休憩スペースがあり、ちょっとした広場で遊ぶこともできる。トイレはただで使えるし、便利な施設なのだ。2005年の映画『ターミナル』では、トム・ハンクスが空港内で生活していた。
問題は、飲食には金がかかるということだ。トム・ハンクスは職員の手伝いをしたりして小金を稼いでいたが、この映画の家族はそんな才覚も意欲もない。父親のギウ(チョン・イル)は、駐車場に戻ってきたドライバーに声をかける。
「財布をなくしてしまって……。2万ウォン貸してくれませんか」
帰ったら振り込むので、口座番号を教えてくださいとも言う。返すつもりなどない。寸借詐欺である。
「ソナタ」に乗る嫌な野郎
いきなり金を貸してくれと言われて戸惑っていると、ギウの子供たちが現れて「おなかすいたよー」と言って同情を誘う。巧みな連携プレーだ。ギウは、顔を見れば貸してくれるかどうかわかるんだ、と豪語するが、いつもうまくいくとは限らない。「ヒョンデ・ソナタ」に乗っているインテリ風の男はあからさまに疑いの目を向け、ギウの言葉の矛盾点を突いてきた。すぐに断ればいいのに、混乱させて面白がっている。嫌な野郎だ。
2万ウォンというのが絶妙な金額設定なのだろう。日本円で2000円ほどであり、だまされたとわかってもわざわざ警察に訴えるのは面倒だ。それで発覚せずに済んでいる。とはいえ、寸借詐欺は立派な犯罪だ。相手の善意につけ込んでだますのだから、悪質な行為である。立件されて有罪になれば、日本では最大で懲役10年の刑が科されてしまう。
SA暮らしが続いて、子供たちはだんだん汚れてくる。家族全員がなんともセンスのない服を着ているのがリアルだ。某ファッションセンターで売っているタイプのファンシーな柄である。姉のウニは明らかにオーバーサイズのセーターを着ている。弟のテクは、何もわからないから無邪気に遊んでいる。母のジスク(キム・スルギ)はおなかが大きくなってきた。3人目の子がもうすぐ生まれるらしい。
失敗が続いて子供たちがひもじい思いをしていたところに、ありがたいカモが現れた。「KGモビリティ・コランド」で来た中年のおばさんである。2万ウォン貸してくれたうえに、5万ウォンを渡してくれた。子供たちの様子を見て、かわいそうだと思ったのだろう。
ハッピーエンドなのか
同じSAに長くいると、職員に追い出されてしまう。仕方なく別のSAに移り、また同じように寸借詐欺を繰り返す。お金が足りない時は、定食を一つだけ注文して家族4人で分け合う。『一杯のかけそば』方式だ。貧困が生み出す光景は、いずこも同じらしい。
ギウが駐車場で“仕事”に励んでいると、見覚えのあるコランドが入ってきた。あの、親切なおばさんである。さすがに見て見ぬふりをすることはできない。「わたしを覚えているでしょ?」と声をかけると、ギウはしらを切る。ムカついたおばさんは警察に電話をかけた。あわててSAから走って出ていくが、逃げ切れるはずもない。
おばさんは、中古家具店を経営するヨンソン(ラ・ミラン)だった。彼女はジスクと子供たちを見捨てておくことができない。被害者なのに度外れた親切心を見せてしまうことには理由があった。悲しい過去を忘れられず、心に傷を負っている。3人は家具店の休憩室に泊まらせてもらうことになる。久しぶりに、ゆっくりと温かいご飯を楽しんだ。
どうしようもない父親のギウだが、彼も社会からはじき出されたと感じている。ホームレスになったのは、努力しなかったからではない。虐げられているのは同じなのに、なぜ自分だけがひどい目に遭わなければならないのか。
この映画の結末は、不明瞭である。ハッピーエンドなのか、よくわからない。明確な結論など出せないという判断は、妥当なのだと思う。貧困と格差を扱いながらスリリングなエンタメ作品に仕上げたのは、これが長編映画監督デビューとなるイ・サンムン。新たな才能の出現を喜びたい。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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