第281回:迫真の走りとリアルな撮影――レース中継より面白い!?
映画『F1®/エフワン』
2025.06.26
読んでますカー、観てますカー
『トップガン マーヴェリック』のコンビ
アメリカで人気の自動車レースといえば、NASCARやインディカー。直線番長がエラいとされる風土があり、オーバルコースでの豪快な高速バトルが好まれるからだ。曲がりくねったコースでコーナーのテクニックを競うF1には冷淡だった印象がある。それが最近になって変わってきた。アメリカではマイアミGP、アメリカGP、ラスベガスGPの3戦が開催されるようになり、経済効果は合計25億ドルともいわれる。
映画『F1®/エフワン』が製作された背景には、アメリカでのF1人気の高まりがあるのだろう。ハリウッドでは多くのレース映画がつくられてきたが、トム・クルーズが若手ドライバーを演じた『デイズ・オブ・サンダー』はNASCARが舞台だったし、シルヴェスター・スタローン主演の『ドリヴン』は当初F1で企画されたもののCARTに変更された。最近の『フォードvsフェラーリ』はルマン24時間レースで、『フェラーリ』はミッレミリアである。F1レース映画は2013年の『ラッシュ/プライドと友情』、さらに大きくさかのぼって1966年の『グラン・プリ』ぐらいしか記憶にない。
映画ではないが2019年からNetflixで『Formula 1: 栄光のグランプリ』が配信されている。ドキュメンタリーというよりリアリティーショーのようなつくりで、レーシングドライバーやチームスタッフのキャラクターや人間関係が知られるようになった。戦略や駆け引き、感情的なぶつかり合いまでが描かれる。F1が身近なものに感じられるようになり、女性のファンも増えて視聴者層は広がった。2025年にはシーズン7となっている。
追い風を受けて企画されたのがこの作品である。主演はブラッド・ピット。彼が設立した映画会社の「プランB」が制作に関わっている。監督はジョセフ・コシンスキーでプロデューサーはジェリー・ブラッカイマー。この組み合わせは、大ヒット作『トップガン マーヴェリック』と同じである。最強のコンビだ。万全の体制でF1映画に取り組んだことが分かる。
ブラピは流しのドライバー
映画はデイトナ24時間レースから始まる。ブラピが演じるソニー・ヘイズはレース1戦ごとに仕事を請け負う流しのドライバー。出番5分前に起きると氷水に顔をつけ、気合を入れてコクピットに乗り込む。7番手だったがナイトステージで鬼神の走りを見せ、トップで交代。少々汚い走りでBMWのドライバーから猛抗議を受けるが、知らぬ顔で住居を兼ねるバンに乗って去っていく。
次はバハ1000で賞金稼ぎをしようかと考えているところに、グッチのスーツに身を包んだ男が現れた。かつてドライバーとして腕を競ったルーベン(ハビエル・バルデム)だ。今はF1チーム「APX GP」のオーナーなのだという。ただ、今期は絶不調でファーストドライバーが離脱。残ったのは才能こそあるが経験に乏しい若手で、安定感がない。ソニーにサポート役を頼みにきたのだ。もう年だ、とためらう彼に、「ルイ・シロンの例もある」と口説く。確かに、このレジェンドドライバーは第2次世界大戦の長いブランクの後に復帰して58歳まで走った。
イギリスに飛んだ彼は、シルバーストーンでテストを受ける。ぶっつけ本番だったが鋭い走りを見せ、最後にクラッシュしたものの基準タイムをクリア。チームに加わることになるが、若手ドライバーのジョシュア(ダムソン・イドリス)、開発リーダーのケイト(ケリー・コンドン)は反発している。先行きに暗雲が漂うが、心配はいらない。最悪の出会いをした男女は恋に落ち、それが男同士の場合は親友になるというのがハリウッド映画の常道だ。分かりやすく誰もが幸せな気分になることを目指してつくられる。
ソニーにとって初戦となるシルバーストーンでは、最後尾のソニーがフォーメーションラップでスタートに失敗。なかなか走りだせないが、これは彼の作戦だった。スピードを上げて追いかけることでタイヤを温めようとしたのだ。ベテランならではのずる賢い行為である。レギュレーション違反とまでは言えないが、卑怯(ひきょう)と言われれば反論はできない。
ハミルトン、角田裕毅も登場
ソニーはかつてキャメルカラーのマシンでF1に参戦し、将来を期待されていた。つまりキャメル・チーム・ロータスに属していたということだろう。1990年シーズンだとすればエンジンはランボルギーニで散々だったはずだが、モナコでセナを抜きそうになっていた。ファンタジーである。彼は大クラッシュを引き起こした後にF1から去ったが、さまざまなレースで経験を積みタクティクスに関しては一流だ。ジョシュアを勝たせるために、秘術を尽くしてサポートする。
映画なので、実際にはあり得ないような展開もある。F1に詳しい人は違和感を持つかもしれないが、そこはエンターテインメントなので見逃してほしい。『トップガン』で戦闘機の撮影で使った手法を応用しているから、レースシーンの迫力は圧倒的だ。こんなことを言ってはいけないのだが、F1中継よりもはるかに面白い。映画だからそれが当たり前と思ったら大間違いで、2年ほど前に公開されたレース映画はなんとも凡庸で退屈だった。
この映画は各チームやドライバーの全面協力で撮影されている。ルイス・ハミルトンはプロデューサーのひとりなのだ。グランプリ開催中のサーキットでも撮影が行われ、ブラピがマシンに乗り込んで走っている。現役ドライバーも多数登場していて、マックス・フェルスタッペンやシャルル・ルクレール、ニコ・ヒュルケンベルグなどがスクリーンに映し出された。現実のF1シーズンとフィクションを溶け合わせる意図なのだろう。角田裕毅も顔を見せるが、残念ながらオーバーテイクされる役だった。
ソニーとジョシュアが所属する「APX GP」はもちろん架空のチームだが、マシンにはスリーポインテッドスターがあるからメルセデスAMGからパワーユニットの提供を受けている設定のようだ。メインスポンサーが、実際にメルセデスチームの公式エンジニアリングパートナーを務めている高級時計ブランドのIWCというのも芸が細かい。記念モデルのAPXGPスペシャルウオッチ「パイロット・ウオッチ・クロノグラフ 41 “APXGP”」が105万2700 円(税込み)で実際に買える。もうひとつのスポンサーは家電メーカーの「シャークニンジャ」。こちらはIWCと違って実際にはF1との関わりはないが、ヘアドライヤーや掃除機などのコラボモデルを発売した。フィクションと現実の境目は、ここでも不明瞭になっている。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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