「トヨタがスズキ製EVを売る」をどう見る?
2025.01.14 あの多田哲哉のクルマQ&Aスズキが開発しインドで生産するEVを、トヨタがOEM供給を受けるかたちで販売することになりました。「あの大トヨタが?」と驚いたのですが、多田さんはこの動きをどう見ますか? 時代の流れ、企業間の取り組みとしては当然なのでしょうか。
トヨタは自社の経営について、「全方位戦略」という言葉をよく使います。EVもその一環で、あれもこれも幅広く取り組んでいる。「だから世の中がどう変化しても、ちゃんとやっていけるんだ」というわけです。そこがすごいとみんな言うんだけれど、さすがにトヨタほどの大会社であっても、すべてに対応するのはもうムリなんです。いくらお金があっても、たくさん人がいても、限度というものがある。
経営者の一番大事な仕事は、「この先どこにどれだけの経営資源をかけるのか判断すること」であり、それで会社の次の十年、五十年が決まってきます。で、多くの自動車会社が「これからはEVだ!」と大きくかじを切りアピールもしたものの、そのタイミングはちょっと早すぎたようです。各社、インフラが追い付いてこないとか、そのため戦略を見直す必要があるとか言っているのが、今の状況です。
当のトヨタはどうかといえば、そもそも「EVに全振りしたい」という意思が、経営トップから感じられません。「EVについては、大きく遅れない程度に、頼めるところに頼んでやっていけばいいじゃないか」という姿勢・判断が見えてきます。
そしてここが大事なところなのですが、今、自動車会社の“中堅以上のエンジニア”というのは、基本的にクルマのEV化はイヤなんです。新入社員をはじめ、新しく入ってくる人のなかにはいろいろいるでしょうが、年配のエンジニアはそんなことに取り組みたくないと思っている。
特にホンダは、「EVの仕事をやれと言われたら会社を辞めてやる!」という人が多いでしょう。そういう会社が「(EVを含め)全方位でやります」なんて、トヨタみたいなことを言おうものなら、EV事業は進まなくなってしまいます。EV開発は事実上“やっているふり”になり、エンジンのことばかり取り組むようになる。それが重々わかっているから、ホンダは「今後はすべてをEVにする」という極端なメッセージを掲げざるを得なかった。そうしないと、まったくEV事業が成り立たないという会社の事情があるのだろうと私は見ています。
ホンダも本気で「これからは全部EVだ」なんて思っていないでしょう。でも言わざるを得ない。その点トヨタはそれほど極端な会社ではなく、命令されれば与えられたことを黙々とやるという人が多いので、「全方位対応だ」という方針も成り立つわけです。
話は戻りますが、EVに関しては、トヨタはスズキに限らずスバルだって頼りにしています。自らはそれほどEVに本腰を入れていないというのは見え透いている。「そんなすぐにEVの時代がくるわけでもないのに、全社運をかけるなんてアホらしい。それまでのつなぎは仲間とうまくやって様子を見ていればよかろう」と。で、スズキにスバル、BYDその他、使えるものはなんでも使おうとしている。
機が熟すまでは、一歩引いて状況を静観する。そして、常に「後出しじゃんけん」で勝っていく(笑)。それはまさに、これまでもずっと続いてきた“トヨタのやり方”なんですよ。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。