エンジン音はどうやってチューニングされている?
2025.04.22 あの多田哲哉のクルマQ&A騒音規制が強さを増す今、排気音のみならずエンジン音もノイズとしての制約を受け、人為的なサウンドチューニングが施されていると聞きます。実際、こうした音のチューニングはどのように行われているのでしょうか?
トヨタの例でいうと、レクサスのスーパースポーツ「LFA」のころまでは、“本当にいい音”を求めて車両開発に取り組めた時代でした。このクルマについては、ヤマハとのタイアップで「どんな周波数の音が心地よく感じられるか」まで研究して極上のサウンドを実現したことが知られていますね。
しかし、ちょうど私が「トヨタ86」を担当したころから、騒音規制はどんどん厳しくなってしまいました。86も「LFAのように“いい音”にするぞ!」なんて意気込んでいたのですが、そんな話はとんでもない、そもそも音を出すこと自体NGだという規制の実情に直面することになり、心底がっかりした思い出があります。
それで困り果てた末に思いついたのが、車外への音は規制に適合するように抑えつつ、エンジンルームに穴を開け、エンジンの音を直接キャビンに導き入れるという手法でした。「遮音材をしっかり入れて、車内を静かにする」という自動車設計の基本からすると、常識に逆行するアプローチ。そこにメカ的なフィルターを入れ、余分な音は減衰させて、必要な音は増幅する。もっとも、この音はオーナーの好みに合わせて、TRDのアフターパーツで調節できるようにしていました。
それ以降も音の規制はどんどん厳しくなっていって、「音のチューニング」などもはや考えられない時代になりました。スポーツカーに限らず、一般のクルマでも普通の消音では間に合わなくて、エンジニアが「エンジン自体を消音材でラッピングしないと成立しないんじゃないか」と真面目に考えるほどの規制レベルになっています。
しかし、そんな状況になってしまったために、電子音で室内にユーザーが望むような音を聞かせるための技術が発達するようになりました。開発初期はお粗末だったものの、電子音のレベルも進化して、“そのクルマ本来の音”に限らず、別のクルマやレーシングカーの音も再生・体感できるようになっています。
「スープラ」のころになると、もう電子音で味つけするのは常識という時代になっていました。このクルマが出たとき、ちょうどアメリカは第1期ドナルド・トランプ政権下で、「そういう規制は全部やめだ!」という調子でした。そのため、アメリカ市場だけは明らかに騒音規制が緩くなっていて、われわれとしても「アメリカだったら自由に音が出せるな」みたいな話が出たほどです。
そのときはパートナーのBMWが「せっかくだからアメリカだけは別の仕様をつくろうよ」と協力的で、実際にそうなりました。日本のお客さんには申し訳ありませんが、アメリカ仕様だけは“いい音”がするんですよ。しかも、予想以上にいい音になってしまったため、当のBMWから「(スープラと共通点の多い)『Z4』にこのマフラーを使っていいか?」という問い合わせがきて、同じ排気スペックを提供したというエピソードもあります。
ちなみに、こうした音の開発は、人間軸で人間側からのアプローチでクルマを開発する人間工学部、みたいな部署が担っています。そこで、「人間が快適・爽快に感じる音」や「エンジンのコントロールがしやすい音」、「運転していて眠くならない音」など人間工学的な研究が行われているのです。
今回の質問について、あらためて結論をいいますと、クルマの音については規制が厳しくなりすぎて、「とにかく徹底的に消音する」のみなんです。もはや調整やチューニングもできるレベルにない、というのが現状。まったく、身もふたもない話ですが。
なにかポジティブな要素を挙げるとするなら、それはやはり、理想的なクルマのエンジン音や排気音が電子的に再現され、提供されるようになったということでしょうね。もともとエンジンのないEVともなれば、従来のクルマの音とは無関係な電子音が、アクセル操作に合わせて流れるようにもなっている。「ゲームみたいで邪道だ」なんてバカにできないくらいの完成度を味わわせてくれます。近い将来、そちらが主流になるだろうと思えるほどです。機会があれば、ぜひ試してみてください。
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多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。