「ドライブモード切り替え」のからくりとは? 裏でどんな制御を行っているのか

2025.06.10 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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最近はたいていのクルマに走行モードのセレクターが付いています。これらの制御は、どのように行われているのでしょうか? 一般的な“よくあるタイプ”でかまいませんので、そのからくりを教えてください。

いわゆるドライブモードセレクターというのは、もともと「エンジン制御」や「サスペンション制御」など個々にあったものを連動させて、走行シーンに合ったようにひとまとめに切り替えるという仕組みです。たいていはノーマルモードに加え、スポーツモードやコンフォートモード、さらに現在の時代に適したエコモードなどが設定されています。

メーカー側にとっては、比較的コストをかけずに製品の付加価値を高められるというメリットがあり、スポーツタイプのクルマから始まって、今はほとんどのクルマに搭載されるようになっています。モード切り替えというのは、エンジンであれサスペンションであれ、いわゆるマッピングの変更です。機械的な切り替えに比べれば、さほどコストのかかることではありません。

名称もメーカーごとの特色を出したものになっていて、スポーツタイプのクルマとオフロード系とで呼び方を変えることも多いですが、中身は同じようなものです。

最初は物珍しさもあって、みなさんそうした機能のあるクルマを買い求めていましたが、デビュー初期は、モードごとの変化の幅は小さかったですね。そのため「なんだか効果の程がわからない」という声もあって、なるべく「切り替えたなら差のわかるように、違いが体感しやすいように制御を変えてきた」というのがこれまでの歩みです。

視覚的にもあれこれ変わったほうがうれしいというニーズもあって、近年ではメーターの表示が変化するというのも一般的です。なかには、モードによってシートのホールド性まで変わる、なんてモデルもあります。

スポーツモードを例にとって開発の手順を説明しますと、これはエンジンのレスポンスやパワー感を重視するモードであり、燃費の最適化は二の次になります。その詳細をどう決めるかといえば、まずはエンジン、足まわりなどそれぞれのパートの開発チームが煮詰めたうえで、制御可能な幅などを提案します。それをテストドライバーが試乗を重ねてチューニングし、絞られた仕様の選定に悩むようなことがあれば、車両の開発責任者も加わって最終的な判断を下すというようなプロセスで決めていくのです。

ただ、モードごとの基本的な内容は、今やパターン化されています。例えばトラックモード命のモデルであるとか、よほどこだわりの走行モードのあるクルマでもない限り、「だいたいこんなもんですよね」みたいなところに落ち着くのです。

逆に、トラックモードやレースモードのような極端な設定が求められるモデルだと、「スポーツ+でABSは解除していいのか」「サーキットに限って選べるようにすべきではないのか」「公道でも安全性は担保すべきではないか」といった議論が必ず出てきます。燃費に振りすぎたエコモードなども同様で、「アクセルレスポンスが悪く、危険回避など緊急時の反応が鈍くなってしまう」といった懸念が示されることはあります。

さまざまな走行モードがあるなかでは、「ノーマル」的な呼ばれ方をする標準モードが、開発サイドの考えるベストバランスのモードと思ってもらってかまいません。テストドライバーに言わせれば、いいもの=そのクルマに最適な走行モードはひとつであり、さまざまなバランスのとれたセッティングをひとつだけ決めたいというのが本音でしょう。しかし、売りやすさという点、つまり営業サイドの要望としては、いろいろ選べたほうがいい。「スイッチ切り替えだけでスポーツカーにもエコカーにもなりますよ」というのは、お客さまにお得感をアピールできますから……。

ただ、こうした機能やその搭載車が出てからずいぶんたちますし、ユーザー側もそれが劇的な変化をもたらすものではなく、そのクルマの性質の幅をちょっと広げる程度のものであることはわかっていますね。試してみるのも最初だけで、すぐに飽きて使わなくなってしまう。そもそも、どのモードで走るのがいいかわからないし、切り替えが面倒くさいという意見も聞こえてはきます。

今後、走行モードがどうなっていくかといえば、まさにAIの出番ということになるでしょう。クルマの運転の仕方とか、走っている場所、天候などによってクルマがベストな状況をつくり出す。いわば「AIモード」みたいなものを搭載した車両が登場し、主流になっていくのではないでしょうか。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。