その魅力はパリサロンを超えた? 大矢アキオの「レトロモビル2026」
2026.03.07 画像・写真若者増のかたわらで見た、あの日の幻影
欧州を代表するヒストリックカーショーのひとつ「レトロモビル」が、フランス・パリで2026年1月28日から2月1日まで開催された。第50回を迎えた今回の入場者数は、前年比24%増の18万1500人を記録し、過去最高となった。
参加自動車メーカーで特徴的だったのは、以前にも増して歴代車と新型車・最新コンセプトカーを同時に展示していたことだった。それは功を奏したようで、ある来場者は「近ごろのモーターショーは電動車ばかりでうんざりしていた。レトロモビルは古いクルマと新車の双方が見られるので2倍楽しい」と思いを語ってくれた。
加えて、近年の1980~1990年代レトロ文化ブームも、今回のレトロモビルを盛り上げたことも確かだ。それは若い来場者が急増したことからもうかがえる。隔年開催であるパリモーターショー(パリサロン)の、手ごわいライバルになる気配すらした。
隣接パビリオンで初開催された姉妹イベント「アルティメート・スーパーカーガレージ」も来場者は6万3450人にのぼった。第1回にもかかわらず、ブガッティ、フェラーリ、マセラティ、アルファ・ロメオといった、華やかなブランドが勢ぞろいしたのは壮観だった。こちらも若年層にアピールしたことは間違いない。
ただし筆者自身は、ある違った思いを抱いた。名だたるメーカーの脇にカロッツェリア(2020年に誕生した復活版ベルトーネ)がいて、さらに数々の新興ブランドが散在している。自動車産業における寡占化が進む前夜の、今よりもっと華やかで多彩だった頃のモーターショーの幻影を見たのである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ブガッティ/編集=堀田剛資)
◇◆こちらの記事も読まれています◆◇
-
1/34同時開催の「アルティメート・スーパーカーガレージ」におけるルノーブースで。「5ターボ3E」は1980年代の「5ターボ」に着想を得た電気自動車。オリジナルのデビューイヤーにちなみ、販売台数は1980台限定で15万5000ユーロのプライスタグが。
-
2/34シトロエンは7台の歴代コンセプトカーで創造と革新の系譜を強調した。これは1956年の実験車「C10」。車両重量はわずか382kgで、空気抵抗係数(Cd)は0.258を達成していた。
-
3/34筆者の連載「マッキナあらモーダ!」のリポートでも写真で紹介した、1980年のシトロエンのコンセプトカー「カリン」。「C10」同様、普段はシトロエン歴史センターに保存されている。
-
4/341988年のパリモーターショーで発表されたシトロエンのコンセプトカー「アクティヴァ」。高度なサスペンションシステムは、翌年発表された「XM」の「ハイドラクティブ」を予告するものだった。
-
5/341994年のコンセプトカー「エグザネ」は、シトロエンがミニMPVをつくるとどうなるか? の回答だった。言うまでもなく「クサラ ピカソ」登場の道筋をつくったものだ。
-
6/342007年のフランクフルトショーで公開されたコンセプトカー「シトロエンCカクタス」。パワーユニットはディーゼルエンジンベースのハイブリッドとされていた。
-
7/34シトロエンのブースでは、2026年1月のブリュッセルショーで初公開された「ELO」が人々を出迎えた。ネーミングは「rEst, pLay and wOrk」に由来する。全長4.1mの車体で6人乗車を可能にしている。ヨーロッパで有名なスポーツ用品チェーンのデカトロンも企画に参加した。
-
8/34プジョーは「E-208GTi」を先頭に、その祖先である「205GTi」と仲間たちを展開した。
-
9/34手前は「プジョー206ターボ16」。世界ラリー選手権(WRC)のグループBの最少生産台数規定をクリアすべく、1984年から1987年にかけて200台が製造された。
-
10/34ルノーは「Cliorama」をテーマに、写真の初代から2025年9月に発表された6代目までの「クリオ」のヒストリーを展開した。
-
11/34「ルノー・クリオ グループA」(1991年)。向かって右奥のターンテーブルには最新の6代目が。
-
12/34マツダが展示したフロントドライブの1969年「ルーチェ ロータリークーペ」。同社オランダ法人の所蔵車両である。
-
13/34ポルシェがイタリアの家電メーカー、スメッグ社とコラボレートした家電製品。
-
14/34連載「マッキナあらモーダ!」のほうでも写真で紹介した、ブガッティの気動車を別アングルから。最高速は、当時のフランス国内法規による鉄道の制限速度120km/hを大幅に超える、196km/hを記録した。
-
15/34その客室内。瀟洒(しょうしゃ)なシート地に注目。「鉄道界の純血種」が今日でいうところのキャッチフレーズであった。
-
16/34前後に展望席が設けられているため、運転士はこのマネキン(足しか見えないが……)が示すように、中央部分の高いデッキで操作した。
-
17/34エリック・ファーヴル氏は長年公務員を務めるかたわら、少年時代にモールスハイム(ブガッティの故郷)で魅せられたブガッティの歴史を追い続け、これまでに数々の本を出版してきた。もちろん同社製気動車に関する著書(2020年)も。
-
18/34セルジュ・ゲンズブールと並ぶ“おやじたちの永遠のアイドル”スティーブ・マックイーン。彼にまつわるクルマの特集も組まれた。こちらは1968年の映画『ブリット』の名脇役である「ダッジ・チャージャーR/T」。
-
19/34第2次世界大戦前のフランスの超高級車ブランド、ドライエのクラブで。1937年「148ヴュートタール」。ボディーはAピラーを省略して視認性を確保している。技術者ジョゼフ・ヴィグルーの特許を使用し、カロスリ(車体製造業者)のラヴルデットが実現したものである。
したものである。 -
20/34右はクラブ・ドライエのパトリック・ラレ会長。左のパトリック・カペル氏は「クラブ・ホンダS800、NおよびZフランス」の役員も務める親日家である。
-
21/34「シトロエンDS」の愛好会「イデアールDS」のブースで。1975年4月の最終ラインオフ(133万0755台目)の様子を、同型・同色車で再現。歴史広報写真を知る人だけがニヤニヤできる企画があるのも、レトロモビルである。
-
22/34「シムカ(のちにクライスラー)1307/1308」は、実は1976年の欧州カー・オブ・ザ・イヤー受賞車だった。このクルマがひそかに好きだった筆者としては、クラブの存在がなんともうれしかった。
-
23/34「プジョー406クーペ」のクラブ。「最後の国産プレミアムクーペだった」というフランス人ファンは少なくない。
-
24/34毎年ブースを設営している雑誌『ヤングタイマー』は、「BMW Z3」をはじめ、誕生30年のモデルたちを集めて祝った。
-
25/34雑誌『ガゾリン』のブース。「シムカ1000」のスペシャリストと読者たちが、リアエンジンの再マウントに挑戦していた。
-
26/34ローマ教皇専用車“パパモビル”といえば欧州車の印象が強いが、過去にはこうした例も。米国政府が寄贈した1954年「クライスラー・インペリアル」に、イタリアのカロッツェリア・ギアがボディーを載せた車両。誰が入手したのか、すでにSOLDの札が掲げられていた。
-
27/34以下4点は「3万ユーロ(約553万円)以下の中古車コーナー」で。これも筆者の好みだったが、日本には輸入されなかった「ルノー14」。売り主の解説によれば「100万台以上生産されたが、今日フランスで走行状態にあるのはわずか261台」という。8490ユーロ(約156万円)。
-
28/34「ホンダCB750Four」の売り物が並ぶ一角を発見。手前の1971年カフェレーサーは2万ユーロ(約368万円)。前照灯は往年のフランス法規にしたがったイエローである。向かって左奥は売約済。
-
29/341989年「ジャガーXJ40 3.6」は1万0900ユーロ(約200万円)。
-
30/34以下5点は同時開催された「アルティメート・スーパーカーガレージ」でのもの。マセラティとアルファ・ロメオによる共同プロジェクト、ボッテガ フォリセリエ(「マッキナあらモーダ!」第936回参照)は、「アルファ・ロメオ・ジュリア クアドリフォリオ ルナロッサ」を展示した。名門ヨットチームとのコラボーションで、限定10台はすでに完売。
-
31/34「ニコルズN1Aアイコン88」は、元マクラーレンのF1設計者であるスティーブ・ニコルズの手になるもの。往年のコンペティションカーの精神をよみがえらせるとともに、彼が手がけたF1マシン「MP4/4」の戦績を記念するものだという。15台限定。
-
32/34「ミニャッタ・リーナ」はイタリアの小コンストラクターが製作した1960年代のバルケッタへの郷愁。フロントミドシップに積まれるエンジンにはフォード製の5リッターV8が用いられている。Rinaとは創業者の祖母の愛称とのこと。
-
33/34ブガッティは2005年に発売された「ヴェイロン」の誕生20周年を祝うとともに、そのレストモッド車両「K.F.Pオマージュ」を披露した。フォルクスワーゲングループでブガッティを傘下に収めたフェルディナント・カール・ピエヒ元会長を記念したものである。(photo : Bugatti)
-
34/34ブガッティのブースで。
