モノとして優秀でも採用・搭載されなかった装備はあるか?

2026.07.28 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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私たちが知るクルマの装備は、現実に製品に装着され目にしたものだけです。では、開発にかかわる人だけが知る「すごく良かったのに世に出なかった装備」や「すばらしいのにボツになったメカニズム」はありますか? 印象に残っているものがあれば、自動車史の一部として教えてください。

おそらく、この質問をされた方は、コンセプトカーなどで絶賛されながらも市販化されないクルマが結構あるので、「装備やメカニズムについても、大変評価が高かったのに採用されなかったものがあるのではないか」と考え、質問されたのだと思います。

ですが、装備や部品のレベルでいうと、身もふたもない結論になってしまいますが、「そうしたものは基本的にはありません」というのが答えです。

できあがった装備を、どの車種から搭載していくのかという順番の変更はありえます。しかし、開発した装備をお蔵入りにして、それまでにかけた時間やお金を無駄にするようなことは、メーカーでは基本的にあり得ないのです。

新しいメカニズムや部品の開発をスタートするときは、必ず先に「ニーズ(要求)」があります。「乗り心地をもっとよくしたい」「燃費をよくしたい」などといった明確な目的があり、それを解決するために新しい部品やシステムを開発していくわけです。

で、最後の最後まで市販化のネックになるのが「コスト」。それが適切な値にまで下がらない場合は、何年間か試行錯誤しながら開発を続け、かけたコストと効果とのバランスが取れたタイミングで市販車に搭載します。だから、タイミングがずれることはあっても、本当に良いものであれば、消えることなくいつかは世に出てきます。

もっとも、クルマ丸ごと一台となると話は別です。クルマはアパレルと同じで「はやりすたり」があるため、何年かかけて開発している間に市場の予測が変わり、発売が見送られてしまった……という車種はたくさん存在します。ですが、部品や装備単位で流行を理由にお蔵入りになるということは、まずありません。

そうした前提で、開発の過程で試行錯誤しているうちにボツになってしまったものはあるか?

あえて挙げるなら、かつてミニバン全盛期に各社が競って開発した「シートアレンジ」が、それに該当する機能・装備といえるかもしれません。当時は、シートをパタパタとたたんで「完全にフラットな大空間をつくれる」「ベッドのように平らにして車中泊ができる」といった方向を目指して、山のようにアイデアが出され、開発されていました。

各社が大変工夫をこらしたシートアレンジを提案していたのですが、確かにフラットにはなるものの「その操作プロセスがものすごく面倒くさい」「たたむのに非常に力が要る」といった理由で、結局使われなくなっていったアイデアは少なくありません。

フランス車などのように「シートを丸ごと外して車外にキープできます」というアレンジもありましたね。でも、「外したシートはどこに置いておくんだ?」「そもそも、重くて車両から降ろせない」といった問題から定着はしませんでした。そうやって多くの奇抜なシートアレンジがボツになっては消えていき、整理・洗練されて今のシンプルなスタイルに落ち着いていった歴史があります。

振り返ってみれば、「誰がどう使うのか」という視点が抜けて、機能美ばかりを追求しすぎた結果といえるでしょう。クルマというのは、機能だけ備わっていればいいというものではありませんから。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。