ネジやボルトの“締め付け”ひとつでクルマの乗り心地やハンドリングがよくなるって本当?

2026.08.11 あの多田哲哉のクルマQ&A 多田 哲哉
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新車の組み上げは、これ以上なく理想的なかたちで行われていると思いますが、そのネジやボルトの締め方を変えることで、乗り味は変わりますか? ボルト変更などによるチューニングは本当に成立するのでしょうか。 

これは本当です。今からさかのぼること20年くらい前、特に車両の実験を担当している人たちの間で、足まわりの部品を取り外して組み直す際、厚めのワッシャー(ボルトやナットを締める際に間に挟む緩み止めの金具)を余分に入れると、その後のハンドリング(クルマの操縦性)が向上する、という話がありました。

最初は「評価ドライバーのうわさ話」のようなところから始まって、まわりも「本当か?」と半信半疑だったのですが、よくよく考えてみれば、ボルトやナットは金属同士を締結するために使っているのですから、そこの剛性が上がれば、ボディーや足まわりの剛性が上がったのと同様の効果があるのではないか、という認識に変わっていったのです。

そこでいろいろと実験を重ね、試しにボルト締結している部位を溶接して固めてしまうということまでしました。取り外しができなくなるので実験車両に限った試みですが、「全部溶接したらどれくらい変わるのか」を試してみたところ、結果的にものすごい差が出たのです。

ボルトやナットは、締めたところが破損してしまと大変な事態になるため、「どれくらいの強度や年数に耐えられるか」という社内基準が、トヨタをはじめどのメーカーでも設けられています。

その基準を満足したうえで、できるだけ軽いボルト、頭の部分をはじめ余分な体積のないボルトを、ボルトメーカーと協力して開発してきた歴史があります。1個1個は大した重量やコストではありませんが、クルマ一台に使われる総数は大量ですので、1個につき数g軽くなり、何円、何十銭でも安くなれば、全体としては大きな軽量化とコストダウンにつながります。そのため、ボルトメーカーと車両設計者の関心は、「基準を満たしたうえで、いかに軽く、安くできるか」という点に長年集中していました。

そうしたなかで今度は「ボディー剛性を高める観点から見直したらどうなるか」というアプローチが生まれました。ボルトの頭のところをより分厚くしたり、径を大きくしたりして、締結する接触面をよりしっかりと締め付けられるようにするという観点でボルトをつくったらどうなるかを試行錯誤するようになったのです。

当然ですが、これは場所によります。操縦安定性にすごく効く箇所もあれば、あまり関係のない箇所もありますので、そこは試験を繰り返して探していくわけです。そして、ボルトをより強度の高いしっかり締め付けられるものに変えたり、ワッシャーを余分に挟んだりしていくと、明らかに操縦安定性が向上することが分かりました。

実は、こうした取り組みと、初代「トヨタ86」の発売時期(2012年ごろ)は重なります。86の開発段階で手応えのある場所がいくつか特定できていて、マイナーチェンジの際には走りに関係する場所のボルトを一新し、強度が上がるボルトに変更しました。

当時は勝手に「かさ上げボルト」などと呼んでいましたが、マイナーチェンジ後のクルマは、それによってハンドルを切った時の応答や手応えなどが明らかに向上しました。

スポット溶接の打点を増やすという改良では、クルマを買い替えない限りその恩恵にはあずかれませんが、ボルトであれば、後から付け替えられる。最初に86のファンになって買ってくださったお客さまに対して、「1~2年たったらまた新車に買い替えてください」というのはあんまりだし、ボルトのように後から交換できるパーツを、お客さま自身がアップデートできるように売り出してはどうかという話を社内でしました。

はじめは営業やサービスの担当者から「そんなもの売れるはずがない」「お客さまもそんな効果は認知していない」と言われました。そこで、スぺアパーツとして原価に近い安価なボルトセットを設定し、販売店のサービスセンターでお客さまが自由に買って付け替えられるようにしたのです。さらに「ここを付け替えると剛性が上がってアップデートできますよ」と案内したところ、ものすごい反響がありました。

このときは販売店の部品在庫がなくなって大騒動になってしまい、サービスパーツの部署から「こんなことになるなら事前に言ってくれ」と怒られたり、「こんなに売れるなら、きれいな木箱にでも入れて10倍くらいの価格で売ればよかった」という議論が生じたりして、非常に印象深い(そして楽しい)思い出になっています。

「であれば、すべてを溶接にしてしまえば一番いいのでは?」と思われる方もいるかもしれませんが、クルマはぶつかったり壊れたりした時に部品を交換する必要があります。少しぶつかっただけで「クルマを全部買い替えてください」となったら大変ですから、そうした「整備性(アフターサービス)」と折り合いをつけて、「ここはボルト締結にする」「ここは溶接にする」ということが決まっていくわけです。

近年では「ギガキャスト」という大型鋳造の選択肢も出てきましたが、これも「全体で剛性が上がり、コストも下がる」というメリットがある反面、「一カ所ダメージを受けたら“丸ごと交換”になるのか」「後からフレーム矯正できるのか否か」といった点を考慮して、どこまで一体でつくるかを決めていきます。

クルマづくりというのは、すべてがそうした“折り合い(バランス)”の結果なのです。いい技術が出てきても、コストや重量、つくりやすさ、アフターサービスといった点と相反することがありますが、それらを解決できる見通しが立つと、新しい技術として市場に投入されていく。その繰り返しなのだと思います。

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多田 哲哉

多田 哲哉

1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。