第60回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その9)(矢貫隆)
2005.01.29 クルマで登山第60回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その9)(矢貫隆)
■自動車が酸性雨を降らせている
硫黄酸化物の排出量がピークに達したのは1970年代の中頃だった。日本の各地で公害が問題になった時代である。
この頃の出来事について、人々の記憶に残るのは「交通戦争」という言葉であり「モータリゼーション」という言葉なのだろうと思う。
だが公害もまた、この時代に顕在化してきた出来事だった。「高度成長」の名のもとに見過ごしにされてきた大気汚染に代表される様々な公害が一気に表面化してきたのである。
この時代、大気汚染と言えば、その原因物質の多くは工場の煙突から排出される硫黄酸化物だった。光化学スモッグが発生し、公害メーデーなど大規模な公害反対運動が巻き起こり、総理府の世論調査では「工場すべての排出物を厳しく規制する」という考え方に対し90%の人が賛成していた。
1970年11月に開催された第64回臨時国会は、いくつもの公害関連法案が集中的に審議されたところから「公害国会」とも呼ばれたのである。新たに「環境庁」が設置されたのは、翌年のことであり、時代を象徴するように、映画『ゴジラ』シリーズには、公害怪獣「ヘドラ」が出現した。
こうして一連の流れを振り返ってみると、檜洞丸のブナの森が、1980年代に入っていっせいに成長阻害を受けたとの先の報告は、硫黄酸化物による大気汚染が原因だったと考えれば説明がつく。
今はどうか?
硫黄酸化物の総排出量は1970年を境に激減し、今も減り続けている。公害対策が講じられ、脱硫装置を用いることによって大気中に放出される硫黄酸化物の量はピーク時の4分の1にまで減ってきた。
にもかかわらず、大気の汚染は止まることなく、pH4.8前後の“欧米並み”の酸性雨が今も降り続いているのはなぜか。
硫黄酸化物に代わり、大量の窒素酸化物が大気中に放出されるようになったからなのである。現在、窒素酸化物の総排出量は硫黄酸化物の総排出量の約3倍。そのうちの約半分が自動車から排出されているのだ。
「自動車が酸性雨を降らせている」---これは決して大袈裟な表現とは言えないだろう。
「クルマで登山、やめましょうか!?」
そうだな、A君。(つづく)
(文=矢貫隆/2005年1月)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
-
最終回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その10:山に教わったこと(矢貫隆) 2007.6.1 自動車で通り過ぎて行くだけではわからない事実が山にはある。もちろんその事実は、ただ単に山に登ってきれいな景色を見ているだけではわからない。考えながら山に登ると、いろいろなことが見えてきて、山には教わることがたくさんあった。 -
第97回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その9:圏央道は必要なのか?(矢貫隆) 2007.5.28 摺差あたりの旧甲州街道を歩いてみると、頭上にいきなり巨大なジャンクションが姿を現す。不気味な光景だ。街道沿いには「高尾山死守」の看板が立ち、その横には、高尾山に向かって圏央道を建設するための仮の橋脚が建ち始めていた。 -
第95回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その7:高尾山の自然を守る市民の会(矢貫隆) 2007.5.21 「昔は静かな暮らしをしていたわけですが、この町の背後を中央線が通るようになり、やがて中央道も開通した。のどかな隠れ里のように見えて、実は大気汚染や騒音に苦しめられているんです。そして今度は圏央道」 -
第94回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その6:取り返しのつかない大きなダメージ(矢貫隆) 2007.5.18 圏央道建設のため、「奇跡の山」高尾山にトンネルを掘るというが、それは法隆寺の庭を貫いて道路をつくるようなものではないか。
-
NEW
BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー
2025.9.5エディターから一言かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。 -
NEW
谷口信輝の新車試乗――BMW X3 M50 xDrive編
2025.9.5webCG Movies世界的な人気車種となっている、BMWのSUV「X3」。その最新型を、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? ワインディングロードを走らせた印象を語ってもらった。 -
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。