メルセデス・ベンツE220ブルーテック ステーションワゴン アバンギャルド(FR/7AT)
せめぎあう「重さ」と「軽さ」 2015.07.21 試乗記 「メルセデス・ベンツ Eクラス」に、クリーンディーゼル仕様の新たなエントリーモデル「E220ブルーテック」が登場。今日におけるEクラスの走りの質をリポートする。“アガリの一台”たりうるか?
欧州に遅れることはや幾年(いくとせ)。日本の自動車を取り巻く環境で、ようやくクリーンディーゼルがブームを作りつつある。
そこに先鞭(せんべん)をつけたのがメルセデスであり、2006年に「E320CDI」を日本に導入したときから、これを次世代のスタンダードにと取り組んできた。それが知識人や意識の高い人々には理解されこそすれ、日本ですぐさま本流となり得なかったのは、ひとえに価格が高かったからだろう。例えば現行「E350ブルーテック」などは、エコというには豪勢な3リッターV6直噴ディーゼルターボをボンネットの下に収め、800万円オーバーという豪気なプライスを掲げている。われわれ平民が「あれいいよね~」なんて語ってみても、その「高いのにエコ」というアンビバレンスを心の底からは理解できなかった。また、今でこそブルーテックは市民権を得たけれど、たいていの余裕のあるお金持ちにとっては、刺激が薄くて食指の動かない「ふ~ん」な存在だったと思うのだ。
だからこそ、E220の登場にはソソられた。試乗車自体は724万円とちょっとお高いステーションワゴンのアバンギャルドだったが、4ドアセダンの素(す)のE220ブルーテックなら599万円である。お金持ちなのにディーゼルが欲しい、あるいはとっくに持っている、というステキな方は、この際放っておく。E220は、いまだにジドウシャを愛するアラフォー以上の男子が(女子でもいいんですけどね)、ベンツのディーゼルを「アガリの一手」もしくは「いいクルマに乗りたい!」と思って選ぶに足るか? それを確かめることに、仕事とはいえ思わずハナ息が荒くなった。
力強く上質なディーゼルエンジン
いきおい勇んで乗り込んだE220は、果たしてその期待に見事に応え、また見事に肩すかしなクルマだった。
まず注目の2.2リッター直噴ディーゼルターボは、メルセデス本来のイメージにかなり合っているエンジンだ。少しだけ重めのアクセルをゆっくり踏み込むと、エンジン回転が2000rpmに届く手前からでも、ジワジワと着実に速度を上げていく。その上品なさまは、例えば「BMW 320d」のような爽やかさとはまた違う“らしさ”があって素晴らしい(もっともベンツの方が排気量が200ccほど多いのだけれど)。それはブーストの立ち上がり方だけではなく、スロットルの開き方にもメルセデスらしいチューニングが施された結果なのだろう。4発にして巡洋艦のような、悠然としたクルージングが味わえる。
ごく低回転、かつ高いギアでいやらしくアクセルを踏み込まない限りはディーゼル特有のガラガラ音やノック音も気にならない。ATの変速も高級車にふさわしいシームレスさに溢(あふ)れている。シームレスだから溢れているというのもおかしいが、要するにエンジン、アクセル、トランスミッションの連携が滑らかで上質なのである。
アクセルを踏み込めば、速度は見る見る上がっていく。ただ直進時のスタビリティーに欠けるのか、このE220というクルマは速度が上がるとその通りに乗員の体感速度も高まるタイプで、そういう意味ではあまり飛ばす気にならなかった。逆説的な物言いだが、結果的に日本の速度事情でもストレスがたまらないあたり、これはこれでよいのかもと思えた。
今のご時勢、大事なのは馬力よりトルク
E220の購入を真剣に検討している人からすれば、177psしかないパワーに不安を覚える気持ちは十分理解できる。が、スロットルを開けている時間をなるべく減らし、惰性とトルクで転がすようにクルマを走らせるイマドキのエンジンにとっては、40.8kgmというトルクの方が注目すべき数字だ。あなたがアクセルを床までベカッ! と踏みつけるようなドライバーでない限り、馬力の小ささは全く気にする必要はない。
この、4発にしては濃厚なエンジンフィールに対して、フットワークは意外や軽快だ。そのロールにはタメこそないがコシはあって、ステアリングの操作に対して素直に遠心力が高まり、タイヤに荷重がかかっていく。ブレーキのタッチも、まったりとしながらも確実性があるから、しっかりと速度を殺すことができる。コーナーでの速度調整さえもが繊細にでき、思い通りに姿勢を操ることが可能だ。この一連のボディーの動き方は、「マツダ・ロードスター」のような速さに価値観を置かないスポーツカーにも、ぜひ参考にしてほしいと思えた。
もう少し“おごそか”なクルマであってほしい
では、果たしてこのE220の何が肩すかしなのかといえば、それはこの身のこなしとパワーステアリングの軽さが作り出す、存在の軽さである。動力系はまったりとしているのに、操作系は非常にカジュアル。あまりにライト感覚な724万円に、「これでいいのかな……」と感じてしまう。
タイヤのグリップ感はステアリング越しにきちんと感じられる。ロードノイズはあるけれど、それは不快にならない程度に遮音されている。大人が乗るにふさわしい要素はそろっているのに、どこか薄っぺらい。
もっともメルセデス自体は、このEクラスを「カジュアルなベンツ」と位置づけているのかもしれない。地面にベッタリ吸い付くようなロードホールディング感や、矢のように突き進むスタビリティーを求めるなら「Sクラス」をどうぞ、ということなのかもしれないが、われわれ日本人からしてみれば、Eクラスでも十分に“アガリ級”の一台。となると、もう少しおごそかな雰囲気が欲しくなってしまうのだ。日本仕様だけでもいいから、そういうサスペンションセッティングを施して、このエンジンにふさわしい“シルバー(おじさん)・アロー”仕様にしてほしいと感じた。だからクルマ好きは、いまだに「W123」を懐かしく思うのではないか。それ以外の、この軽さが気にならない人にとってはE220は最良のパートナーになると思う。ほんと、クルマ好きでごめんなさい。
(文=山田弘樹/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
メルセデス・ベンツE220ブルーテック ステーションワゴン アバンギャルド
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4920×1855×1500mm
ホイールベース:2875mm
車重:1940kg
駆動方式:FR
エンジン:2.2リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼルターボ
トランスミッション:7段AT
最大出力:177ps(130kW)/3200-3800rpm
最大トルク:40.8kgm(400Nm)/1400-2800rpm
タイヤ:(前)245/40R18 97Y(後)265/35R18 97Y(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:18.3km/リッター(JC08モード)
価格:724万円/テスト車=734万4000円
オプション装備:前席シートヒーター(5万2000円)/360°カメラシステム(5万2000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:6712km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:400.0km
使用燃料:31.5リッター
参考燃費:12.7km/リッター(満タン法)/12.7km/リッター(車載燃費計計測値)
拡大 |

山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。
-
ホンダN-ONE e:G(FWD)【試乗記】 2025.12.17 「ホンダN-ONE e:」の一充電走行距離(WLTCモード)は295kmとされている。額面どおりに走れないのは当然ながら、電気自動車にとっては過酷な時期である真冬のロングドライブではどれくらいが目安になるのだろうか。「e:G」グレードの仕上がりとともにリポートする。
-
スバル・クロストレック ツーリング ウィルダネスエディション(4WD/CVT)【試乗記】 2025.12.16 これは、“本気仕様”の日本導入を前にした、観測気球なのか? スバルが数量限定・期間限定で販売した「クロストレック ウィルダネスエディション」に試乗。その強烈なアピアランスと、存外にスマートな走りをリポートする。
-
日産ルークス ハイウェイスターGターボ プロパイロットエディション/ルークスX【試乗記】 2025.12.15 フルモデルチェンジで4代目に進化した日産の軽自動車「ルークス」に試乗。「かどまる四角」をモチーフとしたエクステリアデザインや、リビングルームのような心地よさをうたうインテリアの仕上がり、そして姉妹車「三菱デリカミニ」との違いを確かめた。
-
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】 2025.12.13 「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。
-
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】 2025.12.12 「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。
-
NEW
フォルクスワーゲンTロックTDI 4MOTION Rライン ブラックスタイル(4WD/7AT)【試乗記】
2025.12.20試乗記冬の九州・宮崎で、アップデートされた最新世代のディーゼルターボエンジン「2.0 TDI」を積む「フォルクスワーゲンTロック」に試乗。混雑する市街地やアップダウンの激しい海沿いのワインディングロード、そして高速道路まで、南国の地を巡った走りの印象と燃費を報告する。 -
NEW
失敗できない新型「CX-5」 勝手な心配を全部聞き尽くす!(後編)
2025.12.20小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ小沢コージによる新型「マツダCX-5」の開発主査へのインタビュー(後編)。賛否両論のタッチ操作主体のインストゥルメントパネルや気になる価格、「CX-60」との微妙な関係について鋭く切り込みました。 -
NEW
フェラーリ・アマルフィ(FR/8AT)【海外試乗記】
2025.12.19試乗記フェラーリが「グランドツアラーを進化させたスポーツカー」とアピールする、新型FRモデル「アマルフィ」。見た目は先代にあたる「ローマ」とよく似ているが、肝心の中身はどうか? ポルトガルでの初乗りの印象を報告する。 -
NEW
谷口信輝の新車試乗――ポルシェ911カレラT編
2025.12.19webCG Movies「ピュアなドライビングプレジャーが味わえる」とうたわれる「ポルシェ911カレラT」。ワインディングロードで試乗したレーシングドライバー谷口信輝さんは、その走りに何を感じたのか? 動画でリポートします。 -
NEW
ディーゼルは本当になくすんですか? 「CX-60」とかぶりませんか? 新型「CX-5」にまつわる疑問を全部聞く!(前編)
2025.12.19小沢コージの勢いまかせ!! リターンズ「CX-60」に後を任せてフェードアウトが既定路線だったのかは分からないが、ともかく「マツダCX-5」の新型が登場した。ディーゼルなしで大丈夫? CX-60とかぶらない? などの疑問を、小沢コージが開発スタッフにズケズケとぶつけてきました。 -
EUが2035年のエンジン車禁止を撤回 聞こえてくる「これまでの苦労はいったい何?」
2025.12.19デイリーコラム欧州連合(EU)欧州委員会が、2035年からのEU域内におけるエンジン車の原則販売禁止計画を撤回。EUの完全BEVシフト崩壊の背景には、何があったのか。欧州自動車メーカーの動きや市場の反応を交えて、イタリアから大矢アキオが報告する。































