BMWアルピナB6ビターボ グランクーペ アルラット(4WD/8AT)
モーターと自動運転ばかり、とお嘆きのあなたへ 2015.11.11 試乗記 BMWアルピナのラインナップの頂点に君臨する「B6ビターボ グランクーペ アルラット」に試乗。BMWアルピナはこの600psと800Nmを誇る超弩級(ちょうどきゅう)4ドアクーペにいったいどんなメッセージを込めたのだろうか。高速道路で、そしてワインディングロードで読み解いた。創立50周年を迎えたアルピナ
東京モーターショーの開幕を告げる夜のビジネスニュースで、いつもちょっと見当違いのコメントをすると感じていた男性キャスターが、またもオヤッと耳にひっかかる意見を開陳していた。いわく、自動運転が実用化されたら人間が運転から解放されるので、将来はクルマの中で何をするか、自動車メーカーはその開発競争に取り組まざるを得ないでしょう、という。私にはまったく珍妙としか思えない意見だが、その男性キャスターがどのような思考回路を経てその説にたどり着いたのかは実に興味深い。
クルマの中ですることがなくなるから、代わりの何かをひねり出すために開発競争をする、と考える人は他にもいるのだろうか。東京オリンピックまでに自動運転車実用化、などと世の中は喧(かまびす)しいが、完全な自動運転が実現するにはまださまざまな問題が山積していることはちょっと考えれば誰にでも分かる。それなのにもう、将来の自動車の中ですることまでを考えるのは果たして自動車メーカーの仕事なのだろうか。頭が古いと言われそうだが、クルマ好きにはそんな発想はない。運転から解放されてもせいぜいスマホをいじるぐらいではないか。することがなくて困るのなら、運転すればいいじゃないか。
もし、遠い将来に完全な自動運転が文字通りに実現しても、少なくともアルピナはそれには与(くみ)しないのではないだろうか。創業者ブルカルト・ボーフェンジーペンが「BMW 1500」用のウェバー・キャブレター・ユニットを開発したのが1962年、企業としてのアルピナを設立したのが1965年、それから半世紀にわたって、特別な車を求めるエンスージアストのために特別なBMWを造り上げるスペシャリストメーカーとして独自の地位を築いてきた。
世紀の変わり目に吹き荒れた巨大自動車メーカーの合従連衡の嵐に巻き込まれることなく、AMGのようにメルセデス・ベンツの100%子会社になることもなく、依然としてBMWと密接な協力関係にはあるが今なお資本関係はなく、ボーフェンジーペン一族のファミリービジネスとして今年会社設立50周年を迎えたのだから、これはもう自動車史における奇跡と言ってもいいかもしれない。
怒涛の800Nm
そんなアルピナの2014年の生産台数はおよそ1700台だが、これはもう現在の生産能力目いっぱいの生産台数だという。そのうち400台強を日本市場で販売したというのだから、日本がアルピナにとってきわめて重要なマーケットであることは疑いない。迫力を漂わせながらも押し出し過ぎない控え目さを併せ持つアルピナの繊細なディテールや研ぎ澄まされた美意識に日本のファンは魅力を感じているのだろう。最近のセールスには人気のツインターボディーゼル搭載の「D3」や「XD3」など比較的手ごろなモデルが貢献しているというが、その対極にある豪華高性能クーペ、ニコル・オートモビルズの現行ラインナップの頂点に位置するのがB6グランクーペである。
今年のジュネーブでデビューした同車の正式名はB6ビターボ グランクーペ アルラットと長い。「アルラット(ALLRAD)」はフルタイム4WDのこと。日本仕様のBMWには存在しないが、他の市場では「650iグランクーペ」のxDriveも用意されており、それをベースにしたのがこのB6グランクーペだ。エンジンはアルピナ独自の手が加えられた4.4リッターV8ツインターボ。標準型の650iグランクーペ用V8ツインターボ(450ps、650Nm)はもとより、「M6」(560ps、680Nm)さえ上回る600ps(441kW)/6000rpmと800Nm(81.6kgm)/3500-4500rpmという超弩級のパワーとトルクを生み出す。変速機はステアリングリム裏にマニュアルシフト用のボタンが備わるスイッチトロニック付きの8段AT、100km/hで高速道路を流している時は1500rpmにも届かず、まるですやすやと寝息を立てているようなもの。だが、昔ながらの大きく深いスロットルペダルを奥まで踏み込むと、全長5m余りの2トンを超える巨体はほんの一瞬ためらいを見せた後、文字通り怒涛(どとう)の加速を始める。アルピナの公称データは最高速度324km/h、0-100km/h加速は3.8秒というもので、一般道ではとてもその実力のすべてを引き出すのは無理。とんでもない高性能車である。
一般路上ではラグジュアリー
もっとも、正統派の木と革に包まれたインテリアには、330km/hまで刻まれた速度計を除けば、そんな高性能をひけらかす雰囲気はまったくない。ダッシュボード中央に大きな10.2インチモニターが据えられた室内はラグジュアリーなリビングのようだが、ドライバーの周囲は適切にタイトである。かつてはBMWのカーナビゲーションは反応が遅くモニターも小さく、使いにくいなどと言われたものだが、その後のドイツ車のインフォテインメントシステムの進化は目覚ましく、日本車はすっかり置いていかれてしまった感がある。
最近のアルピナは硬派というよりむしろ洗練されたラグジュアリーな乗り心地を志向しているようで、とりわけ日常的なスピードでは思いのほか柔らかく、上下にソフトに動く。大きく緩やかに上下動しながら、ピッチングも感じられる点が豪華ボートのようだが、これはもちろんドライブモード(5種類)のスポーツまたはスポーツ+を選んで、アダプティブダンパーを引き締めれば一気にソリッドなものに変化する。ただし、フラットでビシッと瞬時に動きを止めるようになる代わりに、路面によっては細かなバイブレーションが伝わるのが惜しい。おそらく、東名高速では試せないような超高速域に本来のスイートスポットが存在するように思う。車重2トンを超える大型クーペの挙動を、街中速度から超高速域まで適切にコントロールするのは至難の業。それゆえにアダプティブダンパーなどで折り合いをつけなければならないわけだ。低速域はある程度割り切ってもよし、という時代ではないのだろうが、目の詰まった絨毯(じゅうたん)の上を革靴で歩くようなかつてのガッチリ引き締まった乗り心地を懐かしく感じたのも事実である。
オーセンティックな贅沢
全幅1.9mもある大型クーペにもかかわらず、ワインディングロードでも持て余すことがないのは、当然といえば当然ながらうれしくなる。狙った通りのラインをトレースできる自然で正確なハンドリングには4WDの気配などまったくなし。一般道では限界を試すのは事実上無理だから、コーナリングはただ状況が許す限りの脱出加速をコントロールするだけである。
華やかではあるが華美ではなく、迫力を漂わせながらもアンダーステートメントを忘れない。ラグジュアリーかつ超高性能なB6グランクーペは、自動車とそれを運転することに特別な贅沢(ぜいたく)さを求める人にふさわしい。ドライバーのミスをカバーするための安全運転支援システムはもちろん大歓迎だが、効率と安楽さを追求するあまり、操縦する歓びを自ら手放してしまうことなど私には想像もつかない。南ドイツのブッフローエで工芸品のような車を仕立て上げる人たちも同じように考えているのではないだろうか。
(文=高平高輝/写真=小林俊樹)
テスト車のデータ
BMWアルピナB6ビターボ グランクーペ アルラット
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5010×1895×1400mm
ホイールベース:2970mm
車重:2030kg
駆動方式:4WD
エンジン:4.4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8AT
最高出力:600ps(441kW)/6000rpm
最大トルク:81.6kgm(800Nm)/3500-4500rpm
タイヤ:(前)255/35ZR20 97Y/(後)295/30ZR20 101Y(ミシュラン・パイロット スーパースポーツ)
燃費:9.6km/リッター(EUDCコンバインモード)
価格:2197万円/テスト車=2352万1000円
オプション装備:ボディ・カラー<アルピナ・ブルー>(59万9000円)/電動ガラス・サンルーフ(19万円)/アダプティブLEDヘッドライト(18万8000円)/ドライビング・アシスト・プラス(33万2000円)/ルーフライニング・アルカンタラ・アンソラジット(24万2000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:7406km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:259.0km
使用燃料:38.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.8km/リッター(満タン法)/6.9km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
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