MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)
ラストチャンス、再び 2025.10.11 試乗記 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。しぶとく生き残った
もうこのクルマに乗ることはないと思っていた。前回MINIジョンクーパーワークスに乗ったのは2021年。試乗記のタイトルは「今がラストチャンス」である。当時は各自動車メーカーが電動化に前のめりになっていて、BMWはMINIを電気自動車専用のブランドにすると宣言。内燃機関を搭載したモデルは2025年までで終わると発表していたから、次のMINIはすべて電気自動車(BEV)になると予想されていたのだ。実際にはシフトが停滞し、どのメーカーも戦略の見直しを余儀なくされた。内燃機関はしぶとく生き残る。
伝説的天才エンジニアの名を持つジョンクーパーワークス(JCW)は、MINIにとって象徴的意味合いを持つ。電動化を中止したわけではないからBEVのJCWもラインナップされているが、レーシングスピリットを濃厚に継承するのはガソリンエンジン搭載モデルだろう。
ベースとなっているのは「MINIクーパー3ドア」である。第4世代になって“素のMINI”はなくなり、グレード名だった「クーパー」が車名に統合された。MINIクーパーのなかでハイパフォーマンスモデルに位置づけられるのがJCWである。命名規則に従うならMINIクーパーワークスとシンプルな名前にしてもよさそうだが、それだと軽自動車の高性能バージョンと混同されそうだからこれでいいのだろう。
搭載されるエンジンは2リッター直4ターボ。最高出力は231PSで先代モデルと同じ数字だが、発生回転数は異なる。最大トルクは320N・mから380N・mになり、トランスミッションは8段ATから7段DCTに変更されている。
トレンドに背を向けたインテリア
外観は細部が異なるものの先代とほとんど変わらない。フロントグリルやリアバンパーなどは専用デザインで、「JOHN COOPER WORKS」のチェッカードフラッグロゴは確実な識別アイテムだ。
運転席に座るとあまりの新鮮さ、というか、斬新さに息を飲む。MINIは以前から円をモチーフにしたインテリアを特徴としてきたが、今回は限界まで振り切った感じだ。ステアリングホイールの向こうにメーターパネルはなく、センターの巨大な円盤にすべての情報が集約されている。おそらく好みは分かれるだろうが、横長フラットパネルで無機質な高級感を演出するトレンドに一切目を向けない態度はすがすがしい。
ダッシュボードにはファブリックが張られていて、これはリビングルームやカフェの雰囲気を漂わせる流行の手法のように見える。それは思い違いで、ゴリゴリした粗い質感の表皮は癒やし感覚とは逆の方向性だ。シートに用いられるファブリックもざらついた手触りである。ステアリングホイールは極太でガシッと握りしめて操作することを強いる。ドライバーをもてなしたり甘やかしたりしようという気はないらしく、ゴーイングマイウェイを貫く。
センターディスプレイの下にスイッチ類が並び、真ん中にあるツマミをひねってエンジンを始動させる。右隣にあるのがシフトセレクターだ。左隣には「EXPERIENCES」の文字がある。スイッチを上下させてモードを切り替える仕組みだ。それぞれに異なるテーマカラーとビジュアルが設定されていて、どれを選ぶかで車内の空気が一変する。
直感操作のセンターディスプレイ
モードは「コア」「グリーン」「ゴーカート」「タイムレス」「ビビッド」「バランス」「パーソナル」。前モデルでは「ミッド」「グリーン」「スポーツ」の3つだったからずいぶん増えたようだが、新型でもドライブモードと呼べるのはコア、グリーン、ゴーカートの3つだけ。ノーマル、エコ、スポーツを意味している。タイムレス、ビビッド、バランスはアクセルペダルとステアリングの特性はノーマルで、表示のデザインが異なるだけだ。パーソナルは好みの設定を選べる。
ディスプレイに点在する数字やアイコンに触れると、それぞれの機能が表示される。エアコンを調整したりライトモードを切り替えたり、ナビゲーションを呼び出したりできる。短時間の試乗ではすべてを把握することはできなかったが、スマホ的な直感操作なので慣れれば使いやすいだろう。
久しぶりのJCWということで楽しみにしていたのだが、同時に不安もあった。前回の試乗では、箱根の山を走り回ったあげくに疲れ果ててヘトヘトになり、しばしの休憩を余儀なくされたことを覚えている。「クラシックMini」はラバーコーンを用いた特殊なサスペンションを採用していて、スポーティーではあるもののストロークが浅く乗り心地が硬いことが特徴だった。いわゆるゴーカートフィーリングである。新しいMINIはサスペンション形式こそ変えたもののその伝統を尊重している。特にJCWは快適性を犠牲にしても俊敏な動きを実現することを目指しているはずだ。
MINIジョンクーパーワークスは専用のチューニングが施されたスポーツサスペンションで足まわりが強化されており、18インチホイールには極薄タイヤ。路面からの衝撃がストレートに伝わってきそうだ。覚悟を決めて走りだす。まずはノーマルモードを選んで発進すると、さほどアクセルを踏み込まなくても鋭い加速。取りあえずは気分が上がる。
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山道では最強の操縦性
コーナーではほんの少しステアリングを切るだけで即座に鼻先が動き、クルマ全体がカタマリとなって路面をつかんだまま位置を変えていく。段階を踏んで曲がっていくというのではなく、瞬時に移動する感覚なのだ。先代モデルよりもアグレッシブな運転感覚ではないか。道が狭くて細かなカーブが続く箱根スカイラインでは最強の操縦性だ。どんなハイパワーマシンにも負ける気がしない。無敵感に包まれる。キビキビとした動きなのに過敏な反応という印象はなく、フィードバックがナチュラルなのが好ましい。
爽快感の後には代償を払わなければならないはずだ、と思っていた。心配したのがバカバカしくなる。確かに乗り心地は硬い。荒い路面ではガツンと跳ねたりもするが、すぐに収まって体に大きなダメージを与えることはなかった。気分が高揚してきたのでゴーカートモードをセレクトする。モニターが真っ赤に染まるとともに、「ヒャッハー!」という声が聞こえてきた。映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で戦いに赴くウォーボーイズが発した雄たけびと似ている。心憎い演出だ。
ひとしきり駆け回って汗をかいたが、残るのは心地よさだけで肉体的な疲労感はない。まだいくらでも走っていたい気持ちだ。山道を降りて高速道路を走るときは、タイムレスモードでレトロ感を味わいながらドライブ。室内は静かで、リラックスして音楽を楽しめる。先進的な安全装備や運転支援システムはひと通りそろっていて、普通に街乗りや長距離移動のクルマとして使えるのがありがたい。
先代モデルの試乗では高性能を得た代わりにデメリットも多いと感じたが、新しいJCWはウイークポイントを見つけるのが難しい。もちろん後席のスペースが最小限だとか燃費が悪いだとかのアラを指摘することはできるが、そんなことを気にする人はそもそもこのクルマに関心を示さないだろう。山道で無敵感を味わいながら日常生活にも不自由を感じずにいられるクルマなんて、なかなか見つかるものではない。今度こそ、本当にラストチャンス。本気で欲しくなった。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝/車両協力=BMWジャパン)
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テスト車のデータ
MINIジョンクーパーワークス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3880×1745×1455mm
ホイールベース:2495mm
車重:1350kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:231PS(170kW)/5000rpm
最大トルク:380N・m(38.8kgf・m)/1500-4000rpm
タイヤ:(前)215/40R18 89Y XL/(後)215/40R18 89Y XL(ピレリ・チントゥラートP7)
燃費:14.5km/リッター(WLTCモード)
価格:536万円/テスト車=567万6000円
オプション装備:ボディーカラー<レジェンドグレー>(8万2000円)/ベスキン×コードコンビネーションインテリア<ジョンクーパーワークスブラック>(0円)/Oパッケージ(23万4000円)/ジョンクーパーワークストリム(0円)
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:3536km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:325.3km
使用燃料:29.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:11.2km/リッター(満タン法)/11.3km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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