アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)
憧れすら届かない 2025.10.07 試乗記 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。受け継がれる「V12」というご神体
浮沈の時を繰り返してきた20世紀に別れを告げ、スーパーカーリーグの一角に軸足を置いて立ち続ける21世紀のアストンマーティン。そのターニングポイントをはっきりと示したモデルが、2001年登場の初代ヴァンキッシュだ。「打ち負かす」「征服する」といった名前の意味合いからも匂い立つたけだけしさを、FRスポーツカーのかがみのようなスタイリングに包み込んだそれは、腕力の数字ばかりがクローズアップされがちだったスーパーカーのあり方に、少なからぬ影響を与えたように思う。
搭載された12気筒ユニットは、当時の胴元だったフォードのV6ユニットをベースに、アストンの1990年代を象徴するモデルとなった「DB7ヴァンテージ」向けに設計・開発されたものだ。それがヴァンキッシュへの搭載で花開き、以降は彼らを象徴するご神体として、約20年にわたりあまたのモデルに搭載された。そのなかには、2012年に登場した2代目のヴァンキッシュも含まれる。
ヴァンキッシュは、アストンマーティンのラインナップにおいて継続的に販売される車種ではない。台数を厳密に区切って焦燥感をあおることはないが、その時々で世代の要として一定期間投入される、特別なポジションの銘柄である。そして今回、3代目となる現行ヴァンキッシュは、さしものアストンであっても継続は難しいかとうかがわれた12気筒を搭載して登場した。彼らがフラッグシップの要件としてそれを掲げてから四半世紀、今も伝統は継承されている。そしてこのモデルは、最大でも年間1000台以内の生産・供給に収めるとされている。新たな欧州排ガス規制「ユーロ7」の万一の発効に備えて、少量生産の特別枠を先取りしにいっているかたちだ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
理想にして究極のプロポーション
新しいヴァンキッシュのスタイリングは、今日の「DB12」や「ヴァンテージ」と同調した流れにありながら、十八番たるFRの美学を全面にたたえたプロポーションとなっている。わざわざフロントアクスルとカウルの間を長くとり、全長4850mmという、この手のクルマとしては大柄なボディーを仕立てたのは、12気筒を収めるがため……ということではなく、フラッグシップとしてのスタイリングとパッケージのためだろう。加えて全幅は1980mmと、寸法だけをみれば、最もプロファイルが近い「フェラーリ12チリンドリ」に対してもひと回り大きいということになる。
そのかいあってか、プロポーションはもう文句のつけどころがない。あまりの完璧ぶりに、昭和の下宿に貼ってあった水着外国人の折り込みピンナップを思い出す。どこの誰だか知らないけれど、なんだかひたすらスゴいその肢体は、日本の民には骨格レベルでマネのしようがない究極の舶来。そんなことを言うと怒られるのが平等協調SDGSな昨今の風潮だが、どだい無理なものは無理なのだと痛感させられる。
そんなヴァンキッシュのディテールでひとつ気になるのは、カムテールの後ろ姿だ。歴史を振り返れば「DB6」の韻を踏んでいることになるのだろうが、ガーニッシュがブラックアウトされていることもあってか、つい1968~1970年くらいの「フォード・マスタング」と印象を重ねてしまう。そういえば、創業110年を記念して110台つくられた限定車の「ヴァラー」も、どことなくアメリカンマッスルの匂いが漂っていた。果たしてこれはCCOのマレク・ライヒマンの趣味だろうか。もしそうだとすれば、ほぼ同じよわいの自分的にはちょっとうれしい気もする。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
1000N・mの剛腕とそれを御するシャシー
メルセデスとの提携は今もパワートレインを軸に続いているが、その領域は徐々に狭まりつつあり、たとえばインフォテインメントシステムなどは自社開発で独自色を打ち出したものになっている。それをベースとする前提で、ヴァンテージやDB12、そして「DBX」といったカタログモデルは、インテリアの設(しつら)えが大きく変更された。ヴァンキッシュもしかりだ。ロータリースイッチはローレット加工が施されたメタル素材で、手触りだけでなく操作感も吟味されていることが伝わってくる。
始動時にエンジンの咆哮(ほうこう)を存分に聴かせる演出は、初代ヴァンキッシュが先鞭(せんべん)をつけたものだが、3代目のヴァンキッシュは昨今の騒音問題を踏まえてか、やや控えめなトーンとなっている。それでも、冷間時の初爆を聞けば、これがただならぬものであることはくみ取れるだろう。いざ走りだせば、車体はほぼ2mにならんとする全幅だが、抑揚のあるボンネットのおかげでフェンダーの稜線(りょうせん)が目で追えることもあって、車両感覚はつかみやすい。ミドシップカーほどではないとはいえ制限された後側方の視認性も、カメラできちんと補完されるあたりは現代的だ。
最高出力835PS、最大トルク1000N・mのパンチ力は、さすがにすごい。全開はちょっと気軽にできる雰囲気ではなく、しかるべきところで試してみれば、回転の高まりとともにムニュッとタイヤがねじれるような感触がつきまとう。重量配分は49:51と後軸寄りの荷重だが、トラクションはそれでも追いつかないほどだろう。振り回してみれば、車格を感じさせない軽快さでワインディングロードも苦にならないが、踏み抜くようなドライビングは路面状況やタイヤの摩耗度と慎重に相談すべき……と、そのくらいえげつない火勢だ。フットワークに粗相があれば危うさも感じられるかもしれないが、路面追従性は極めて高く、ロール時の対地変化も小さいからだろう。やすやすとタイヤを鳴らすような事態には至らない。このシャシーへの自信があればこその、FR&1000N・mなのだと思う。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
GTとしてもピュアスポーツとしても
いっぽうで、思慮なく踏みさえしなければ、この12気筒ユニットは努めて紳士的に振る舞ってもくれる。その滑らかさに加えて、新しいヴァンキッシュで最も変わったのが乗り心地の洗練ぶりだ。アストンマーティンといえば、快適性と運動性の両立を狙って、早期からサスペンションにビルシュタインの電子制御ダンパー「ダンプトロニック」を用いてきたが、新しいヴァンキッシュでは、その減衰帯域を大きく広げた「DTXダンパー」を採用している。このハードウエアの進化やカーボンセラミックブレーキによるバネ下重量の軽減効果もあって、乗り味には上質なグランドツアラー的なしなやかさが宿っている。12気筒ユニットのツヤ感が生きるという点においては、むしろ平時の振る舞いのほうに利が大きいかもしれない。
GTの側にもピュアスポーツの側にもリーチしながら、どちらの性能にも妥協がない。ブラックタイでエクストリームをやってのける。知れば知るほど『007』である。当方からすれば、憧れるにしてもハードルが高すぎて無理筋にすぎるが、それをも乗り越えられる強い個を備えた御仁のために、ヴァンキッシュはあるのだと思う。年間生産台数は1000台以内とされるが、至って適切だ。世界広しといえども、ダニエル・クレイグがそんなにいてもらっては、オッさんは自分の老眼や胴回りがうらめしくなる一方だ。
(文=渡辺敏史/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資/車両協力=アストンマーティン ジャパン)
テスト車のデータ
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4850×1980×1290mm
ホイールベース:2885mm
車重:1910kg(EU認証空車重量)
駆動方式:FR
エンジン:5.2リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:835PS(614kW)/6500rpm
最大トルク:1000N・m(102.0kgf・m)/2500-5000rpm
タイヤ:(前)275/35ZR21 103Y XL/(後)325/30ZR21 108Y XL(ピレリPゼロPZ4)
燃費:13.7リッター/100km(約7.3km/リッター、WLTPモード)
価格:非公開/テスト車=--円
オプション装備:エクステリアバッジング<アストンマーティンブラックウイングス・アンド・スクリプト>/ブレーキキャリパー(CCB)<ブラック>/ステッチング・アンド・ヴェルト<Qパレット>/キャビンカーペット<カラード/エクステンデッドエクステリアパック・2×2ツイルサテン>/チタニウムエキゾーストシステム/シグネチャーメタリックペイント/フロントグリル<グロスブラック>/レザー<Qセミアニリンレザーパレット>/ガラスルーフ/プライバシーガラス/インテリアジュエリーパック<サテンダーククローム>/16wayエレクトリックフロントシート・ウィズ・メモリー/ヒーテッド・スポーツステアリングホイール/エクステリアパック<サテン2×2ツイルカーボンファイバーアッパー>/エクステリアパック<サテン2×2ツイルカーボンファイバーロア>/モノトーンインテリア<インスパイアコンフォート>/インテリアカーボンパック<2×2ツイルサテンカーボンファイバー>/ファンクショナル<アンブレラ・アンド・ホルダー>/21インチマルチスポークホイール S Cブロンズ315
テスト車の年式:2025年型
テスト車の走行距離:7399km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:115.0km
使用燃料:25.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:4.7km/リッター(満タン法)/4.4km/リッター(車載燃費系計測値)
◇◆こちらの記事も読まれています◆◇
◆【海外試乗記】アストンマーティン・ヴァンキッシュ(FR/8AT)
◆【ニュース】5.2リッターのV12ツインターボエンジンを搭載する新型「アストンマーティン・ヴァンキッシュ」が上陸

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
BYDシーライオン6(FF)【試乗記】 2026.2.23 「BYDシーライオン6」は満タン・満充電からの航続可能距離が1200kmにも達するというプラグインハイブリッド車だ。そして国内に導入されるBYD車の例に漏れず、装備が山盛りでありながら圧倒的な安さを誇る。300km余りのドライブで燃費性能等をチェックした。
-
アルファ・ロメオ・トナーレ ハイブリッド インテンサ(FF/7AT)【試乗記】 2026.2.22 2025年の大幅改良に、新バリエーション「インテンサ」の設定と、ここにきてさまざまな話題が飛び交っている「アルファ・ロメオ・トナーレ」。ブランドの中軸を担うコンパクトSUVの、今時点の実力とは? 定番の1.5リッターマイルドハイブリッド車で確かめた。
-
トライアンフ・トライデント800(6MT)【海外試乗記】 2026.2.20 英国の名門トライアンフから、800ccクラスの新型モーターサイクル「トライデント800」が登場。「走る・曲がる・止まる」のすべてでゆとりを感じさせる上級のロードスターは、オールラウンダーという言葉では足りない、懐の深いマシンに仕上がっていた。
-
マセラティMCプーラ チェロ(MR/8AT)【試乗記】 2026.2.18 かつて「マセラティの新時代の幕開け」として大々的にデビューした「MC20」がマイナーチェンジで「MCプーラ」へと生まれ変わった。名前まで変えてきたのは、また次の新時代を見据えてのことに違いない。オープントップの「MCプーラ チェロ」にサーキットで乗った。
-
アルファ・ロメオ・ジュリア クアドリフォリオ エストレマ(FR/8AT)【試乗記】 2026.2.17 「アルファ・ロメオ・ジュリア」に設定された台数46台の限定車「クアドリフォリオ エストレマ」に試乗。アクラポビッチ製エキゾーストシステムの採用により最高出力を520PSにアップした、イタリア語で「究極」の名を持つFRハイパフォーマンスモデルの走りを報告する。
-
NEW
ボルボEX30クロスカントリー ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(4WD)【試乗記】
2026.2.24試乗記ボルボの電気自動車「EX30クロスカントリー」に冬の新潟・妙高高原で試乗。アウトドアテイストが盛り込まれたエクステリアデザインとツインモーターからなる四輪駆動パワートレイン、そして引き上げられた車高が織りなす走りを報告する。 -
NEW
エンジニアが「車検・点検時に注意すべき」と思う点は?
2026.2.24あの多田哲哉のクルマQ&Aすっかりディーラー任せにしている車検・点検について、ユーザーが自ら意識し、注視しておくべきチェックポイントはあるだろうか? 長年トヨタで車両開発を取りまとめてきた多田哲哉さんに意見を聞いた。 -
BYDシーライオン6(FF)【試乗記】
2026.2.23試乗記「BYDシーライオン6」は満タン・満充電からの航続可能距離が1200kmにも達するというプラグインハイブリッド車だ。そして国内に導入されるBYD車の例に漏れず、装備が山盛りでありながら圧倒的な安さを誇る。300km余りのドライブで燃費性能等をチェックした。 -
いつの間にやら多種多様! 「トヨタGRヤリス」のベストバイはどれだ?
2026.2.23デイリーコラム2020年のデビュー以来、改良が重ねられてきたトヨタの高性能ハッチバック「GRヤリス」。気がつけば、限定車を含めずいぶんと選択肢が増えている!? 現時点でのベストバイは一体どれなのか、工藤貴宏が指南する。 -
アルファ・ロメオ・トナーレ ハイブリッド インテンサ(FF/7AT)【試乗記】
2026.2.22試乗記2025年の大幅改良に、新バリエーション「インテンサ」の設定と、ここにきてさまざまな話題が飛び交っている「アルファ・ロメオ・トナーレ」。ブランドの中軸を担うコンパクトSUVの、今時点の実力とは? 定番の1.5リッターマイルドハイブリッド車で確かめた。 -
アルピーヌA110 R70(前編)
2026.2.22ミスター・スバル 辰己英治の目利き新生アルピーヌを9年にわたり支えてきたミドシップスポーツカー「A110」。そのスパルタン仕様である「R70」に、辰己英治氏が試乗。スバルやSTIでクルマを鍛えてきた彼の目に、間もなく終売となる希代のフレンチスポーツはどのように映るのだろう?

































