ルノー・カングー(FF/7AT)
親密さとアイコン性 2025.10.06 試乗記 「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。実家のご飯ぐらい安心
新しいルノー・カングーを受け取ってしばらく運転していたら、なんだかとてもリラックスしていることに気づいた。サッカー解説者の林 陵平が日本代表のメキシコ戦でゴールキーパー鈴木彩艶について語った言葉を借りれば、「実家のご飯ぐらい安心」という感じ。前回カングーに乗ったのは3代目が日本に導入されて間もない2023年3月だったから、2年以上前である。それなのに、ずっとこのクルマに乗っていたかのような親密さを感じた。なぜだろう。
このタイミングで試乗したのは、マイナーチェンジがあったからだ。劇的に改変されたわけではない。エクステリアでは、エンブレムの「ロザンジュ」が新世代デザインになった。フロントの真ん中に備わるひし形である。新ロザンジュは2021年に発表されているのに、なぜか変更は遅れていた。2つのひし形を重ね合わせた複雑なデザインだが、表面はフラットである。旧ロザンジュは段差が大きく、ゴミがたまると綿棒やつまようじを使って掃除しなければならなかった。ユーザーにとっては地味ながら確かな恩恵がある。
内装ではメーターパネルが新しくなった。ロザンジュと同様にフラットなデザインで、「アルカナ」と似たタイプだ。インストゥルメントパネルにシンプルで無機質な印象を与える意匠が採用されることが多くなっており、先進性をアピールするための必須アイテムになっているようである。スピードやエンジン回転数、走行距離や燃費などが表示される。燃費表示はアルカナでは日本で一般的な「km/リッター」だったが、カングーはヨーロッパ流の「リッター/100km」のまま。技術上の理由があるのかどうかは分からない。
インチアップの影響は?
以前は複数のグレードがあったが、マイナーチェンジで装備の充実した仕様に一本化された。ガソリンモデルが419万円、ディーゼルモデルが439万円と簡潔である。分かりやすいのはいいが、2025年3月には特別仕様車の「カングー リミテ」が総額43万4990円相当のオプションを付けて395万円で販売されていた。記憶力のいい消費者はちょっとモヤモヤするかもしれない。
試乗車はガソリンモデルである。エンジンやトランスミッションなどは変更がないのだが、燃費は以前の15.3km/リッターから15.0km/リッターに少しだけ下がった。これまでは16インチが標準だったホイールが17インチになったので、その影響かもしれない。インチアップは乗り心地に変化をもたらす可能性があるが、悪化したとは感じなかった。3代目になって磨きがかかったマイルドさと上質さは健在だ。そのあたりが、実家のご飯ぐらいの安心感をもたらしているのだろう。
インチアップの恩恵として考えられるのはハンドリングがシャープになることだが、こちらも大きな変化は感じられなかった。山道を走ってみて、やはり俊敏な動きというわけにはいかない。見た目から想像できるとおりの穏やかな操縦性である。コーナーでの不安感もないし、ドライブモードで「ペルフォ」を選べば心持ち元気さが増す。極端なスポーツ走行を望むのでなければ、ワインディングロードを走るのはなかなか楽しい。
ただ、右コーナーでは右前方が見えにくく、体を左に寄せる必要があった。前の視界は開けているのだが、頑丈そうなAピラーがいささか邪魔になる。ついでに言うと、高速道路では右後方の視界の悪さが気になった。観音開きのダブルバックドアの合わせ目がちょうど視界をさえぎる位置なのだ。白バイが後方から追いかけてくるあたりが見えない。もちろん、法定速度を守っていれば何も問題はないのだが。
困難なミッション
ヨーロッパでは、ダブルバックドアは商用車仕様のモデルだけに設定されている。乗用車タイプは通常のハッチバックなのだ。日本ではカングーといえば観音開き、というイメージが定着しているとのことで、引き続きダブルバックドアのモデルが販売されることになったらしい。気持ちは分かるが、この5月に雨天のなかで開催された「ルノーカングージャンボリー2025」では、ハッチバックなら荷室に腰掛けたままぬれずにすんだのに、という声も聞こえたそうである。それでもカングーファンは、利便性より趣味性を優先させる人々なのだろう。
無塗装バンパーも欧州における商用車仕様カングーの特徴で、これも日本ではカングーらしさの象徴と受け止められてきた。マイナーチェンジで無塗装バンパーモデルはなくなってしまったが、限定車や特別仕様車で復活する可能性があるらしい。カングーの道具感や遊びゴコロのシンボルだっただけに、惜しむ声が多いのは理解できる。
ステランティスから「シトロエン・ベルランゴ」「プジョー・リフター」「フィアット・ドブロ」が正規輸入されるようになり、カングーは唯一無二の存在から選択肢のひとつという位置づけになった。どうしても燃費やパワートレイン、装備、価格といった現実的な尺度で比較されることになるわけで、かつてのように無邪気さやおおらかさというキャラクターだけで勝負することはできない。ターゲットを広げながらロイヤルティーの高いファンを大事にするという、困難なミッションを強いられている。
細かな改良の〇と×
前回の試乗記(参照)に「成熟と喪失」というタイトルを付けたのは、もちろん江藤 淳オマージュである。戦後の日本文学が取り組んだ近代を受け入れることの苦闘に関する評論だった。そのなかに「成熟とはなにかを獲得することではなく、喪失を確認すること」という一文があったのだが、カングーが喪失したものとは何だったのかと考えてしまう。無垢(むく)で天真らんまんという要素は確かに薄まったのだろう。残念に感じたとしても、代わりに安全性や高い質感などを得てトータルでプラスになっていることを喜ぶべきだろう。
マイナーチェンジでは、いくつかの細かな改良が行われている。「スマートフォンワイヤレスチャージャー」が備わり、スマホを充電しながらBluetoothを経由して「Apple CarPlay」を使えるようになったのは朗報だ。従来はセンターディスプレイのUSBポートに有線でつなぐ必要があった。
さらに、自動パーキング機能が新たに採用されている。車庫入れや縦列駐車を補助する仕組みだ。シフトはドライバーが切り替えなければならないが、モニター上で駐車場所を設定すると自動でステアリングを操作して枠に導いてくれるという。ただ、これは少々期待はずれ。先代の「日産セレナ」に搭載されていたシステムと同レベルで、実用に耐えるとは言い難い。セレナは2022年からの現行モデルでは正確な自動駐車を実現している。アライアンスを組んでいるのだからその技術を使えばよかったのに、と思ってしまった。
2024年公開の黒沢 清監督『Cloud クラウド』では、主演の菅田将暉が新型カングーで荷物を運ぶ。この春に話題となった『片思い世界』では、先代カングーが花屋さんのデリバリーカーだった。坂元裕二脚本、土井裕泰監督の黄金コンビが手がけた作品である。これまで何千本かの映画を鑑賞してきた経験から断言するが、優れた映画監督は例外なくクルマのセレクトが的確である。カングーが映画で重要な役割を与えられているのは、今も卓越したアイコン性を持ち続けていることの証明なのだと思う。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝/車両協力=ルノー・ジャポン)
テスト車のデータ
ルノー・カングー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4490×1860×1810mm
ホイールベース:2715mm
車重:1570kg
駆動方式:FF
エンジン:1.3リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:131PS(96kW)/5000rpm
最大トルク:240N・m(24.5kgf・m)/1600rpm
タイヤ:(前)205/55R17 95H XL/(後)205/55R17 95H XL(コンチネンタル・エココンタクト6)
燃費:15.0km/リッター(WLTCモード)
価格:419万円/テスト車=439万6670円
オプション装備:ボディーカラー<ブルーソーダライト>(5万5000円) ※以下、販売店オプション ビルトインETC1.0(2万6400円)/フロアマット(2万7830円)/ルーフレール(7万2690円)/スマートフォンホルダー(2万4750円)
テスト車の年式:2025年型
テスト開始時の走行距離:2567km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:504.1km
使用燃料:38.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:13.1km/リッター(満タン法)/13.2km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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