第451回:ターゲットはF1マシン!?
「ヴァルキリー」の完成像をアストンのキーマンに聞いた
2017.10.15
エディターから一言
これが(ほぼ)完成形
公道走行可能なハイパーカー「ヴァルキリー」の日本でのお披露目にあたり、アストンマーティンのエグゼクティブ・ヴァイス・プレジデントであり造形部門のトップでもあるマレック・ライヒマンが来日し、プレゼンテーションを行った。そして幸運なことに、限られた時間ではあったがプレゼンに先駆けて個別でお話を伺える時間を得た。許された時間を軽くオーバーしてのインタビューとなり、その話題も多岐にわたったが、今回はヴァルキリーとアストンマーティンの今後の話のみにフォーカスし、その内容を一問一答式でお伝えしよう。
──今回お持ちになったヴァルキリーは、まだモックアップの状態ですよね?
そうですね。ただし、現時点で95%の完成度といえるところまで来ていて、これがほぼそのまま実車になると思っていただいていいでしょう。前にご覧いただいたときのモックアップは完全なコンセプトカーで、エイドリアン(レッドブル・レーシングのデザイナーであるエイドリアン・ニューウェイ)と私が初めて会った後に一緒に作った、第1段階のコンセプトをカタチにしたものでした。今回のものはもっと進んでいて、ホイールベースは長くなり、ほんの少しワイドになり、インテリアもほぼ完成に近い状態です。シャシーもほぼできあがっていますし、パワーユニットを収めるスペースも現在開発中のものを収める前提でできています。だいぶ現実的ですよ。ちなみにパワーユニットは今、ベンチシステムを使ってのテストの段階にあります。もしかしたらクルマのどこかにまだ何らかの設計変更はあるかも知れませんが、あと12週間ぐらいのうちに完了する予定ですよ。
──前回のモックアップと比べて、細かな部分も含めてずいぶん変わった印象があるのですけれど。
そうですね。いろいろなところが変わっています。最も重要なのは、最初のコンセプトをしっかりと維持しながらクルマを作るということです。もちろん変更は、すべてそのためのものです。ひとつは1000kgに1000psという最初からのアイデアを実現させること。もうひとつはスピードのために空気のチカラを最大限に利用すること。着地点として、2016年のF1マシンと同じレベルのスピードを実現させることを目指しています。
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美しさと空力のせめぎ合い
──フェンダーの内側にエアアウトレットが設けられたりリアのスポイラーがやや大きくなって形状も変更になっていたり、本当にいろいろなところが変わってると思うのですが、それらはエアロダイナミクスに関連する変更ですよね?
そうですね。
──それは主にエイドリアン・ニューウェイからのアプローチですか?
単純にそうともいえないんです。さっきも申し上げたように、エイドリアンと私たちが作ったコンセプトを維持するためのアプローチであることは確かです。が、エイドリアンと私だけでこのクルマを作ってるわけではありませんからね。デザインの分野においてもエンジニアリングの分野においても、さまざまな模索を繰り返してきていますから……。
──エアロダイナミクスに関して、データ上ではどれくらいの数値をマークしてるのでしょう? 風洞にはもう入れてるのですか?
物理的なテストはまだ行っていないのですが、デジタルでのテストは常に行っています。今はソフトウエア上のテストでほとんどのデータが取れますし、ほぼ正確ですからね。レッドブル・アドヴァンス・テクノロジー社でもさまざまなデータを集めていますよ。けれど、そのデータに関しては、今はまだ秘密です(笑)。
──最初のコンセプトカーの段階では、車体の色の濃い部分はエイドリアンのアイデアで、淡い部分がマレックさんたちアストンマーティンのアイデアと分かるようになっていましたが、今回のモデルでは?
特にそういうことはしていませんね。まぁシンプルに申し上げると、エイドリアンは下側の部分、私は上の部分(笑)。スタイリングデザインそのものは、コンセプトに基づいて、私自身がやりました。エイドリアンがそれを見て、空力を追求するためにさらに手を加えて、という作業を繰り返してきました。見た目の美しさとエアロダイナミクスの双方が、きっちりとリンクしてないといけませんからね。お互いにお互いの仕事を妨げるようなことはなく、ハーモニーを保ちながらやってきましたよ。
エンブレムに見る徹底したこだわり
──エイドリアンとの仕事は相変わらず楽しいですか?
もちろんです。彼も私もプロフェッショナルですから、常にベストを追求しています。いいモノを作ろうとするばかりに時として方向性が違ってしまって、また話し合って、また合致して、というところもありました。
──エイドリアンとの間で意見の対立があった、ということですか?
ときとしては……いや、いつも、かな(笑)。けれど、モノ作りをするときにはそれは当たり前にあることだし、必要なことだとも思います。例えばひとつの理想をカタチにするためのアプローチについて、彼は黒だと考えて、私が白だと考える。でも、だからといって中間のグレーが正しい選択とは限らないでしょう? ただ、険悪だったことは一度もありませんよ。そういうところも含めて、エイドリアンとの仕事は楽しいのです。刺激があるので。
──車体を構成する素材に関しては何か変更はありましたか?
軽量素材はいろいろと採り入れていますよ。チタン、マグネシウム、カーボン……軽くするための素材なら何でも。例えばヘッドランプのフレームはチタン製なんです。フロントのウイングマークのエンブレムは、厚みが髪の毛1本ほどなんですが、ステッカーじゃなくてアルミ製です。手の上に載せてもほとんど重量を感じないでしょう? エイドリアンはこれでも「重すぎる」っていうかも知れませんけど(笑)。とにかく私たちにはターゲットとしている数字があるので、素材もそのために妥協しないで選んでいます。
──車重のターゲットは1000kgと聞いていますけど、外誌によれば開発中のV12エンジンとハイブリッドシステムですでに1000psを超えているそうですね?
エンジンと小さなハイブリッドで1000ps+α、ですね。パワーと車重を1:1にしないといけませんから(笑)。
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レースカーに学ぶ“引き算”の哲学
──インテリアに関して教えてください。デザインは当然、マレックさんのチームですよね?
はい。でも、もちろんエイドリアンと協力し合いながら作ってきたものですよ。大きなチャレンジとしては、スペースの問題がありましたね。エイドリアンは180cm、私はほぼ2m。私は自分の体に合うものをと考えて、ピッタリとフィットするように作ることができました。私の隣にもうひとりの私が並んで座れます(笑)から、これならほとんどのお客さまが乗れるでしょう?
──インテリアのデザイン、ものすごくシンプルですね。
重量というものに対して純粋である、ということです。シンプルな方が問題も少ない、ということもありますね。とにかくレス、レス、レス……というふうに考えました。そしてコントロール系は全て、ステアリングホイールに集中させました。サスペンションもブレーキもナビゲーションシステムも何もかも……すべてです。例外が少しだけあって、ハザードやパーキングブレーキのボタンは別に設けてあります。
──ステアリングにコントロール系を集中させるというのは、F1からインスパイアされたものでしょうか?
お察しのとおりです。F1やLM-GTEのレーシングマシン、ですね。ドライバーが走ることに集中したいときに、それを邪魔することなく、最も操作しやすいカタチですから。
あのスポーツカーは新型「ヴァンテージ」?
──では、別の話題を。少し前に黄色と黒のカムフラージュ柄のスポーツカーのスクープ写真が、欧州で話題になりましたね。僕はそれを次期「ヴァンテージ」だと確信してるのですが……?
想像力が豊かですね(笑)。新しいヴァンテージは、もう少し先の話です。そう長くはお待たせしないとも思いますけれど。
──では、このクルマの写真をご覧になり、アストンマーティンのデザインをつかさどるボスとして、どう思われますか(笑)? アストンマーティンっぽいなぁ……とか(笑)。
何という質問を(笑)。今、私がハッキリと言えるのは、あなたも私たちのセカンドセンチュリープランをご存じかと思いますけど、7種類の新しいアストンマーティンがデビューするということです。1台目が「DB11」、2番目が「ヴァンテージ」、3番目が来年の「ヴァンキッシュ」、4番目が2019年の「DBX」、5番目がミド・エンジン・カー、6番目が「ラゴンダ1」、7番目が「ラゴンダ2」。私の役割は、それらのモデルそれぞれのヴィジョンランゲージを明確にしていくこと。DB11はグランツーリスモ、ヴァンテージはスポーツカー、といった具合にクルマの持つキャラクターを造形で示していくこと、です。
──「ラピード」の名前が出てこなかったようですけど?
ラピードには2019年に変化があるでしょう。自社開発中のEVのシステムが、2019年に完成します。ラピードは完全なEVとなる最初のラグジュアリーカーになりますよ。もちろんスタイリングにも何らかの変更は必要ですよね。
──ミド・エンジンのアストンマーティンというのは、6月にアンディ・パーマーCEOが欧州某メディアのインタビューで触れて以来、あちらではときどきうわさに上るようになっていますね。それはヴァルキリーにインスパイアされた別のクルマですよね?
まだ詳細はお知らせできないですけど(笑)、そういうことになりますね。
──ラゴンダ1とラゴンダ2はどう違うんですか?
攻めますね(笑)。でも、秘密です。もうちょっと待っていてください。
……といった具合に、ヴァルキリーの話題から次第に思わぬ方向へと話は流れていった。アストンマーティンが、同社の歴史の中で最も健全で最も好調な時期を迎えていることは皆さんもご存じのとおりだが、その勢いがまだまだとどまることはなさそうだということが察せられて、自動車メディアに関わる人間としてもひとりのファンとしても、本当に喜ばしい気持ちである。
(文=嶋田智之/写真=アストンマーティン・ジャパン、webCG/編集=堀田剛資)
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