第711回:富士にとどろく1000PS! 「アストンマーティン・ヴァルキリーAMR Pro」が示す高性能車のたしなみ方
2022.08.02 エディターから一言![]() |
「アストンマーティン・ヴァルキリーAMR Pro」がいよいよ日本上陸。このクルマが体現するハイパフォーマンスカーオーナーの新しい“たしなみ”とは? 最高出力1000PSのサーキット専用マシンのお披露目に立ち会い、これからの“クルマ遊び”のあり方を考えた。
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なにもかもが規格外
“筆下ろし”テストを担当したルマンドライバーと、満を持して乗り込んだオーナー。富士に降臨したモンスターのステアリングを握った彼らの語る心象を簡単に表すと、「想像を超えた規格外のマシン」とでもなるだろう。
アストンマーティンが新たなブランドの方向性を世に知らしめるべく、鬼才エイドリアン・ニューウェイとともにつくり上げたハイパーカー、ヴァルキリー。そのさらなる高性能版にあたるトラック専用マシンが、その名もヴァルキリーAMR Proだ。世界限定わずかに40台、お値段は推定4~5億円(まるで超一流プロ野球選手の年俸のようだ)。ロードバージョンよりも早くにデリバリーが始まり、ついに日本にも上陸を果たした。ドア開口部のカーボンモノコックには「18/40」というプレートが付いている。ボディーカラーは“ありがち”なブリティッシュグリーンではなく、シックなガングレー。オーナーの好みだ。オプションは左右のフェンダーウイングとリアセンターブレードの縁に入ったホワイトラインぐらい。
車体に描かれた“002”とはアストンマーティンのミドシップハイパーカープロジェクトの番号で、「ロードカーのヴァルキリー=001に次いで開発されたモデル」であることを示す。ちなみに003は「ヴァルキリー スパイダー」、004は「ヴァルハラ」と、アストンの新ミドシップシリーズは展開する。
ロードカーからハイブリッドシステムを外したコスワース製6.5リッターV12自然吸気エンジンをリアミドに積む。最高出力は1000PSと、スペックが超ド級ならそれを覆うエクステリアデザインも衝撃的だ。そもそもヴァルキリーは見るからに空力モンスターだったが、AMR Proではそれに拍車がかかった。全長、ホイールベース、前後トレッドのすべてが高次元のサーキット走行を考慮して延長され、「ヴァルキリー」の2倍のダウンフォースを発生させるという。
パワーを抑えた状態ですら300km/hを突破
高次元とは一体どんなレベルなのか? そもそもヴァルキリーAMR Proは、ヴァルキリーをベースとしたルマン用ハイパーカープロジェクトを起点とし、その後、レースレギュレーションからの制約を一切受けないトラック専用マシンへと計画がスイッチした経緯がある。枷(かせ)を解かれたこのマシンは、そのとき開発者が理想とした最高のパフォーマンスをサーキットで実現するマシンとなったと言っていい。実像は「F1とルマンカーを足して2で割ったマシン」と言うべきか。事実、今年開催されたバーレーンGPでは、F1予選タイムのわずか数秒落ちで周回したというから凄(すさ)まじい。
ピットでアンベールされ、快晴のピットレーンに引っ張り出されたヴァルキリーAMR Proは、エンジンをかけずともすでに異様なオーラを発しており、もはやクルマには見えない。タイヤを四隅に装備したジェット戦闘機のようである。まずはルマン24時間レースに6度の参戦経験(最高位は総合5位)をもち、日本でもSUPER GTやスーパー耐久などで活躍した加藤寛規氏がステアリングを託された。
ヴァルキリーAMR Proのエンジン始動は面白い。クラッチ操作ができないため“押しがけ”なのだが、人が押すわけではない。そこは電動で行う。ほんのしばらく電動走行したのちにV12エンジンにドドッと火が入るというわけだ。
ごう音をまき散らし1コーナーへと向かうモンスターを見送る。コーナーに差しかかりエンジン音がいっときやみ、すぐさま次のサウンドが遠くで鳴り響く。その繰り返しであっという間にマシンはグランドスタンド前へ戻ってきた。抑えているのだろう。速度的には200km/hを少し超えた程度か。それでもサウンドは素晴らしい。次の周回では遠くの音がさらに甲高くなった。ホームストレッチに戻ってくる。今度は、速い。サウンドのトーンも明らかに上がっている。
この日、ヴァルキリーAMR Proのパワースペックは800PSに制限されていた。オーナーの技量に合わせて、800PSから900PS、そして1000PSへとステップアップさせるというのだ。それでもこの怪物は、富士のストレートでオーナーを含む複数のドライバーの手によって、オーバー300km/hを記録した。凄まじい速さではないか。
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これからのハイパーカーオーナーの“たしなみ”
これまでLMP(ルマンプロトタイプ)マシンを含む何台ものレーシングカーを駆ってきた加藤ドライバーをして、「これまでにないポテンシャルのレーシングカー」と興奮気味に言わしめた。それと同時に「とても運転しやすい」とも。なるほど、世界の超リッチなジェントルマンドライバーが安心して異次元の世界を楽しめる設計になっているのだろう。
普段からLMP3マシンの「リジェJS P3」や、「アストンマーティン・ヴァルカン」といったトラック専用車で本格的にサーキットを楽しむオーナーもまた、「これはアカンやつ。どえらいクルマや。ホンマに乗りこなせるやろうか」と、同乗後はその凄まじさに思わず本音を漏らし周囲からの笑いを誘っていたが、自身の手でドライブしたあとでは、「基本的にLMPマシンの延長線上にあると思います。800PSでもまだまだ限界は見えない。でもとてもドライブしやすいので1000PSに行く自信はある!」と語っていた。
ロードカーの性能が劇的に上がった反面、その性能の一端でも公道で試すことはいろんな意味で難しい時代になってきた。多くのスーパーカーオーナーがそれに気づいており、サーキットやクローズドコースでの走行を楽しむユーザーも増えている。そんな現実と歩調を合わせるかのように、ヴァルキリーAMR Proのようなトラック専用マシンが多くのブランドからリリースされるようになり、また専用のコースを建設したり、サーキットでの走行イベントを開催したりするブランドも多くなってきた。
サーキットを走るなら、高級なスーパーカーより安くてもレーシングカーのほうが楽しい。環境や安全の制限が公道ほど厳しくないサーキット専用車のニーズは、今後一層高まっていくとみて間違いない。
ハイパフォーマンスはしかるべき場所で発揮し、しかるべき場所で堪能する。メーカーも、そしてユーザーにもそれが責任である時代がやってきたというわけだ。
(文=西川 淳/写真=アストンマーティン/編集=堀田剛資)
◆「アストンマーティン・ヴァルキリーAMR Pro」のより詳しい写真はこちら
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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