第467回:ダラーラのロードカーがいよいよ公道へ
世界600台限定の「ストラダーレ」に試乗する
2018.01.11
エディターから一言
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イタリアの名門レーシングカーコンストラクター、ダラーラのロードカーがいよいよ公道に躍り出る。わずか2.14kg/psという卓越したパワーウェイトレシオが物語るその走りとは? モータージャーナリストの西川 淳はダラーラの本社があるパルマ郊外のヴァラーノ・デ・メレガーリに向かった。
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ダラーラとはいかなる存在か?
ダラーラ社が、今や世界最高のレーシングカーコンストラクターであることは論をまたない。インディカーや日本のスーパーフォーミュラの全量を供給するほか、F1やF3、LMP2など、世界中のレーシングカーを生産している。秘密のプロジェクトを含めれば、想像を絶する数のダラーラ製レーシングカーが世界のサーキットを席巻していると言っていい。
レーシングカーだけじゃない。ダラーラ社が公式に認めている関与したプロジェクトだけでも、「ヴェイロン」&「シロン」のブガッティや、「アルファ・ロメオ8C」「KTMクロスボウ」などを挙げることができる。創始者ジャンパオロ・ダラーラが独立する前に関わった市販車まで加えれば、「ランボルギーニ・ミウラ」や「デ・トマソ・パンテーラ」「BMW M1」など綺羅(きら)星のごときスーパーカー名が立ち並ぶのだった。
ジャンパオロ・ダラーラの天才性は、個人の能力にとどまらず、組織づくりと人材育成にも発揮された。そこが、他の天才エンジニアたちとは違う点だ。いち早くエアロダイナミクスやカーボンファイバーに目をつけ自社にテクノロジーを蓄えるという先見性もあったし、フィアット&フェラーリとの密接な関係を活用しつつ徐々に企業規模を拡大するというビジネスセンスもあった(フェラーリとの関係の深さは今も続く)。後継となりうるエンジニアを育てることにも熱心で、もうすぐレースエンジニア向け専門学校も設立するという。
イタリアのモータウン、エミリア・ロマーニャ州が生んだエンジニアリングヒーロー、ジャンパオロ・ダラーラ。1936年生まれの彼が自ら指揮する、おそらくは最後となるビッグプロジェクトが、積年の夢でもあった自身の名を冠するロードゴーイング・スポーツカーの市販化、なのだった。
極力シンプルで限定的なスポーツカーを
2014年11月。筆者はジャンパオロと京都で食事をする機会を得た。聞きたいことが山ほどあって、それはほとんど昔話だったけれども、彼は喜んで語り明かしてくれた。時にユーモアを交えつつ、エンツォ・フェラーリやフェルッチョ・ランボルギーニといった今や歴史上の人物を語るジャンパオロの目は、ずっと笑っていた。時折、空を見つめ、天の誰かにほほ笑みかけるようなしぐさも見せた。そのさらに10年前にパルマ近郊の町、ヴァラーノ・デ・メレガーリの本社で会ったときには、もっと厳しい目をし、口調も激しかったから、そのあまりの好々爺(や)ぶりに「年を取ったなぁ」と思うほかなかった。
ところが。食事もそろそろ終わりそうになったとき、ジャンパオロが以前の真剣なまなざしを急に取り戻してこう語り始めた。
「ミウラのようなスーパーカーをもう一度造ることは難しい。レースも含めて自動車産業が複雑になり過ぎたからだ。けれども、自分(ジャンパオロ)がサーキットで乗って安全に楽しめる、極力シンプルで限定生産的なスポーツカーならば、数多くのレーシングカーを造ってきた経験と知識を生かして、市販できるんじゃないかと思っている。今、そのプロジェクトが進行中だから、完成したら真っ先に乗せてあげるよ」
2016年の11月16日。ジャンパオロ70回目の誕生日に、そのプロジェクトは正式に披露された。その席でジャンパオロはこう約束している。「ちょうど1年後に、最初のカスタマーカーを納車する」と。
念願のロードカー。その名もシンプルに「ダラーラ・ストラダーレ」(ストラダーレとはイタリア語で道の意)と決まっていた。
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0-100km/hは3.25秒!
そして迎えた、2017年11月16日。筆者はダラーラ・ストラダーレのワールドプレミアを目撃すべくパルマへと向かった。
ダラーラ社は、パルマから半時間ほど西の山に向かったところにある小さな町に本拠を構えている。発表会は本社ではなく、新たにストラダーレ用として建設されたファクトリー脇の特設会場で行われた。新工場の場所は、ジャンパオロの生家の並び、彼が70年代初頭に独立して初めてファクトリーを構えた記念すべき場所に隣接していた。ジャンパオロは原点に立ち戻ったというわけだ。
ピエロ・フェラーリをはじめ、ステファノ・ドメニカリ、オラチオ・パガーニ、アレッサンドロ・ザナルディといったスーパーカー界、モータースポーツカー界の有名人が顔をそろえる。ジャンパオロのスピーチが始まった。
イタリア語の長いスピーチが終わると、いよいよ、ストラダーレの披露だ。ジャンパオロ自らアンベール。平べったい、まるでレーシングカーのようなスタイルのオープンスポーツカーが現れた。
ストラダーレの概要は、いたってシンプルである。得意のプリプレグ・オートクレーブ成形CFRPモノコックに前後アルミニウムフレームという、スーパーカーの世界では常識的な成り立ちだ。フロントのアルミニウムフレームと接合する部分にはプリプレグのプレスモールディング成形を使う。
ドライバーの背後に横置きされたエンジンは、軽量かつ強固なフォード製2.3リッター直4エンジンブロックをベースに、ダラーラのエンジニアリング部門が独自の設計部品を織り込み、ツインターボ化したもの。エンジンやシャシーのマネジメントシステムは、長年ダラーラ社と協力関係にある独ボッシュ社との共同開発である。
最高出力400ps&最大トルク500Nmというエンジンスペックは、乾燥重量わずかに855kgという車体には十二分というべきで、しかも将来的にはさらなるスペック向上の余地もあるという。
最高速280km/h、0-100km/h加速は3.25秒。トランスミッションは6段MTもしくは6段ロボタイズド・パドルシフトを選ぶことができる。
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5形態から選択可能
面白いのはエクステリアだ。基本的には、ドアレスのオープン2シーター・バルケッタスタイルがベースモデルとなる。これに巨大なカーボン製リアウイング(オプション)を選んだ状態が、最もサーキットで速い仕様。さらに、現実的なワイパー付きウインドシールドを加えたロードスタースタイルや、T型タルガトップのクーペスタイル、ガルウイングウィンドウ付きのフルキャノピークーペスタイル、を選ぶことができる。フルキャノピーのクーペスタイルを選んでおけば、他のどの仕様への変更も専用工具で自ら行うことができるという。とはいえ、日常利用を考えれば、フルキャノピーのエアコン付き仕様を選ぶほかないだろう。
インテリアは必要最小限の装備内容で、シンプルさが際立っている。ダッシュボードやシートは、CFRPバスタブの形状をそのまま活用した。硬派には違いないが、カラーステッチの入ったレザーインテリアを用意するあたり、スパルタン一辺倒という雰囲気でもないところが、オトナのスポーツカーだ。
発表日の翌日。幸運にも新工場から川を渡ってすぐのとこにあるリカルド・パレッティ・サーキットで、プロトタイプモデルを試乗することになった。ジャンパオロが京都での約束を覚えていてくれたのだった。
試乗車はバルケッタボディーにウイング付きというサーキット最速仕様のプロトタイプ3号車。いまなおカムフラージュフィルムのままだった。トランスミッションは2ペダルのパドルシフト。個人的にはマニュアル3ペダルが好ましいと思うが、それはまたの機会に。
なにしろパワーウェイトレシオ“2.14”kg/psのダラーラ製マシンである。サーキットでのパフォーマンスへの期待が、いやが応でも高まる。ドアレスだからボディーを跨(また)ぐようにして土足のまま右足でシートを踏むことになるわけだが、そこにはちゃんとフットポイントが。オシリをすっぽりとキャビンに収めた瞬間、体中の血液がザワッと滾(たぎ)ったような気がした。
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誰もがどこででも楽しめるスポーツカー
走りだす。ピットレーンで前輪の手応えを試すために車体を左右に揺らしてみる。車体の軽さはもちろん、前輪を腕で抱え込んだかのようなダイレクトな動きは、なるほどフォーミュラカー風だ。体と路面の近さ、そして車両バランスの良さとが相まって、一体感をいきなり意識することができる。そんなロードカーは、めったにない。
コースへと進入した。加速も素晴らしい。速いのはもちろん、安定感がすさまじい。それでいて、上半身は外界にさらされる。安心のスリリング。それこそ、ジャンパオロが求めたものに違いない。
安心しきって、右足を踏み込んでみた。分厚いトルクによって右足の裏が押し返されるような感覚に見舞われる。レスポンスが確かでかつ力強いから、心地いい。幅広く自在に使える500Nmの恩恵だ。サウンドは典型的なターボカーのそれだったが、エンドパイプが短いため、野太いごう音で乾いた空気を震わせた。
一つ二つとコーナーをクリアして、もう確信にいたった。これは、初心者からエキスパートまで、みんなが楽しめるスポーツカーだ、と。ステアリングホイールを動かすごとに感動が訪れる。これなら、サーキットでなくても楽しいと思える場面が多くなりそうだ。
そのうえ、驚くべきことに、この手のスポーツカーとしては無類のライドコンフォートまで実現していた。信じ難いことに、スポーツサルーン級の乗り心地と直進安定性を一般道でみせたのだ。こんなレーシングカーライクなクルマが、BMWのように快適に走るなんて……。
ベースモデル(バルケッタ)の価格は15万5000ユーロ(約2100万円。税別)。世界600台限定で、2017年11月の発表会の段階で、すでに100台以上のオーダーが入っていた。日本での正規輸入元は今のところ存在しないが、直接ダラーラ社にオーダーし、個人で輸入した場合でも、ボッシュ日本法人によるバックアップを受けることができるという。
自動車の世界が大きく変わろうとする今、それこそ原点回帰したプリミティブなスポーツカーを最後に楽しんでおくというのも、また一興というべきだろう。
(文=西川 淳/写真=ダラーラ/編集=竹下元太郎)
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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