コンパクトカーのレベルを引き上げた大立役者
「トヨタ・ヴィッツ」の歩んだ20年
2019.01.09
デイリーコラム
20周年を記念した特別仕様車
「トヨタ・ヴィッツ」は、1999年に初代モデルが登場してから20年が経過した。これを記念して、緊急自動ブレーキやLEDヘッドランプなどを標準装着する特別仕様車「セーフティーエディションIII」が設定されている。今回はヴィッツについて考えてみたい。
今の日本の自動車メーカーは、ダイハツを除くと、世界生産台数の80%以上を海外で売るため、日本国内の販売比率は20%以下となる。トヨタは国内比率が比較的高いが、それでも18%にとどまる。
このような状況だから、各メーカーともに商品開発が海外向けになった。日産の場合、新型車が発売されるのは、今では1~2年に1車種だ。その結果、日産の国内販売比率は10%(三菱製軽自動車を除くと7%)と驚くほど低い。
トヨタでも18%程度だから、以前に比べると全体的に国内比率が下がっている。そのため設計の古い車種が増えつつある。現行「マークX」は発売から9年、「プレミオ/アリオン」は11年、「エスティマ」は13年がそれぞれ経過している。
今後トヨタでは、姉妹車を中心に車種を整理して、現状の約半数に抑えるという。2022~2025年には全店が全車を併売するという方針も打ち出した。
さらに東京地区では、2019年4月からトヨタの4つの販売系列を「トヨタモビリティ東京」に統合する。これは東京地区をトヨタの直営ディーラーで固めているから可能になった戦略だが、独立した地場資本の地域にも、将来的な見本を示した形になっている。全店が全車を扱えば、かつての日産やホンダと同様、販売系列は形骸化していく。隣接している店舗の統廃合も進み、なじみのディーラーが廃止されるなどユーザーが不便を感じることも増えるだろう。
海外が80%以上、日本は20%以下という販売構成比は、このような状況を強いることになる。そして日本がオマケの市場になると、国内で発売される新型車がさらに減り、国内の売れ行きを一層下げるという悪循環に陥ってしまう。
![]() |
初代ヴィッツの衝撃
今になって振り返ると、1980年代の中盤から1990年代のバランスがちょうどよかった。国内と海外の販売比率が各50%前後に収まっていたからだ。増加する海外需要に応えて走行安定性や動力性能を進化させるが、国内市場も大切だから、ボディーをむやみに大型化したり、デザインを海外向けに突っ走らせたりということがなかった。海外で安心して運転できる性能と、日本のユーザーに好まれるデザインや使い勝手を両立させていた。
このバランスのいい開発を行った車種の代表が、1999年に発売された初代ヴィッツだ。それまで売られていた「スターレット」の後継車種だが、海外市場を強く意識して開発され、欧州や北米では「ヤリス」の名称で販売された。
初代ヴィッツとスターレットを比べて最も大きく異なるのは、内外装のデザインと質感であった。スターレットもコンパクトカーとして不満はなかったが、初代ヴィッツの丸みのある外観は、ボディーやドアパネルに張りがあって欧州車のように見えた。1999年当時、ヴィッツのような外観の日本車は皆無であった。
内装も同様だ。インパネには丸みがつけられ、メーターは中央部分に装着された。見栄えが新鮮で、視認性や操作性にも優れていた。助手席の前側には、アッパーボックスとグローブボックスが上下に備わり、収納設備の使い勝手もよかった。今では常識になっている装備を20年前に先取りしていたのだった。
走行性能に関係するメカニズムも新しかった。1リッター直列4気筒エンジンや電子制御式4段AT、プラットフォーム、サスペンションなどは、すべて新開発。これらの相乗効果で、初代ヴィッツは走行性能と乗り心地、燃費性能をスターレットから大きく向上させていた。ユーロチューンドサスペンションを装着した「ユーロスポーツエディション」も用意され、欧州製コンパクトカーのような走りを味わえた。
このように日本と海外のニーズに応えた初代ヴィッツは一躍人気車になり、コンパクトカー市場を活性化させた。2001年に発売された「ホンダ・フィット」も、初代ヴィッツから刺激を受け、開発に力を入れることで優れた商品に仕上がった。
![]() |
日本車が日本で輝きを失う時代
この後、ヴィッツは2005年に2代目へとフルモデルチェンジする。外観は初代に似ていたが、内装の質と乗り心地がさらに向上して、プレミアムコンパクトカーの雰囲気を身につけた。
ところが、2010年に発売された3代目の現行型は、内装から乗り心地まで、質感を幅広い部分にわたって下げてしまう。2008年末に発生したリーマンショックの影響もあり、コスト低減が著しかったからだ。販売店からは「これでは先代型(2代目)のお客さまに、新型ヴィッツへの乗り換えを提案できない。新型を見せたら、逆効果になってしまう」という嘆きの声が聞かれたものだ。
トヨタが、そして日本の自動車メーカーが、この時代から海外へと軸足を移し、国内市場は徐々に軽く見られるようになっていった。今のヴィッツは数回にわたる改良を受けて多少は質を高めたが、2代目の品質レベルには戻っていない。
ヴィッツの歩んだ20年間は、日本車が日本で輝きを失う時代であった。ヴィッツ自身が、この経緯を端的に表現している。今後の20年間は、過去を払拭(ふっしょく)する時代になると思いたい。
ヴィッツ セーフティーエディションIIIの発売は2019年1月7日。年頭に思いを巡らせるにふさわしい特別仕様車だ。
(文=渡辺陽一郎/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

渡辺 陽一郎
1961年生まれ。自動車月刊誌の編集長を約10年間務めた後、フリーランスのカーライフ・ジャーナリストに転向した。「読者の皆さまにけがを負わせない、損をさせないこと」が最も重要なテーマと考え、クルマを使う人の視点から、問題提起のある執筆を心がけている。特にクルマには、交通事故を発生させる甚大な欠点がある。今はボディーが大きく、後方視界の悪い車種も増えており、必ずしも安全性が向上したとは限らない。常にメーカーや行政と対峙(たいじ)する心を忘れず、お客さまの不利益になることは、迅速かつ正確に報道せねばならない。 従って執筆の対象も、試乗記をはじめとする車両の紹介、メカニズムや装備の解説、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、取り締まりなど、カーライフに関する全般の事柄に及ぶ。クルマ好きの視点から、ヒストリー関連の執筆も手がけている。
-
トヨタ車はすべて“この顔”に!? 新定番「ハンマーヘッドデザイン」を考える 2025.10.20 “ハンマーヘッド”と呼ばれる特徴的なフロントデザインのトヨタ車が増えている。どうしてこのカタチが選ばれたのか? いずれはトヨタの全車種がこの顔になってしまうのか? 衝撃を受けた識者が、新たな定番デザインについて語る!
-
スバルのBEV戦略を大解剖! 4台の次世代モデルの全容と日本導入予定を解説する 2025.10.17 改良型「ソルテラ」に新型車「トレイルシーカー」と、ジャパンモビリティショーに2台の電気自動車(BEV)を出展すると発表したスバル。しかし、彼らの次世代BEVはこれだけではない。4台を数える将来のラインナップと、日本導入予定モデルの概要を解説する。
-
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか? 2025.10.16 季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。
-
マイルドハイブリッドとストロングハイブリッドはどこが違うのか? 2025.10.15 ハイブリッド車の多様化が進んでいる。システムは大きく「ストロングハイブリッド」と「マイルドハイブリッド」に分けられるわけだが、具体的にどんな違いがあり、機能的にはどんな差があるのだろうか。線引きできるポイントを考える。
-
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する 2025.10.13 ダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。