「ゴーンは泥棒、詐欺師の顔だ!」
風雲急を告げる日産の臨時株主総会に潜入取材
2019.04.09
デイリーコラム
株主としての自覚の芽生え
3月の中頃、日産自動車から封書が届いた。臨時株主総会招集の通知である。決議事項として記されているのは次の3つ。
- 第1号議案:取締役カルロス ゴーン解任の件
- 第2号議案:取締役グレッグ ケリー解任の件
- 第3号議案:第1号議案承認を条件としてジャン ドミニク スナール氏を取締役に選任する件
これは、出席しなくてはならないだろう。日産の現状には憂慮の念を抱いていた。不祥事を起こして企業イメージは地に落ちており、経営の改革は待ったなしだ。復活への道筋をどうやって描いていくのか、しっかりと見届けるのが株主の責務……などと立派なことを考えていたわけではない。
株主といっても、所有しているのはわずか200株。どうして日産株を買ったのかもよく覚えていない。ありがたいことに、昨年は配当を1万1000円もらっている。取得時は1株367円だったが、現在は900円を上回っているので売却すれば10万円ちょっとのもうけが出る。株価がもっと上がれば利益はどんどん増えるわけだ。
株主としての自覚が急に芽生えた。株主総会というものがどうやって行われるのか、知っておいても損はない。4月8日、グランドプリンスホテル新高輪におもむいた。会場は巨大な宴会場の「飛天」である。1983年4月にフリオ・イグレシアスのディナーショーが行われたことは有名だ。当時芸能記者だった私は、会場の出口で何時間も張り込んだ。その頃、交際していた郷ひろみと松田聖子がディナーショーに来ていたので、話を聞こうと待ち構えていたのだ。
それ以来、飛天はディナーショーの中心地と呼ばれるようになっていたのだが、株主総会が行われるとは知らなかった。昨年の日産株主総会はパシフィコ横浜で開催されており、飛天が会場となるのは初めてである。開場は10時で受け付けは9時からだが、大勢が押しかけるに違いないので早めに出掛けた。8時10分過ぎに到着すると、すでに20人ほどが並んでいる。受け付け開始時には飛天を1周する行列ができていた。
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“かぶりつき”で見た西川氏
議決権行使書を渡し、代わりに「ご出席票」と書かれたパスをもらう。ナンバーが大きく記されていて、首から下げるようになっている。「満員が予想されますので前からお詰めください」とアナウンスが流れ、係員に誘導されて最前列のほぼ真ん中へ。かぶりつきである。パイプ椅子の席には同時通訳レシーバーと「お~いお茶」が置かれていた。
何か大声で叫んでいる人もいたが、混乱もなく席が埋まっていく。「飛天」は1800人ほど収容できるが満席となり、あふれた人は第2会場でモニターを眺めることになった。報道によると、出席総数は4119人である。10時ちょうどにブザーが鳴り、総会が始まった。西川廣人社長兼CEOが壇上に立ち、「株主の皆さんには大変なご心配とご迷惑をおかけしたことを深くおわび申し上げます」と謝罪。ステージ上に並んだ取締役全員が立ち上がって頭を下げた。
西川社長は経営トップの不正という前代未聞の事態だと指摘し、日産のブランドと会社の信用が傷ついたと話す。不正を行える体制で、ガバナンスに問題があったとした上で、責任のとり方を2つ示した。1つは全員が過去を反省すること、もう1つは将来に向けて復活の道筋を示すことである。さらに、課題を3つ挙げた。ガバナンスの再構築、事業の安定化、アライアンスの安定である。
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繰り返される「貴重なご意見をたまわりまして……」
会場からは時折拍手も起き、穏やかな雰囲気。質疑応答が始まり、3番目の質問者の時にちょっとした騒ぎが起きた。ゴーン体制で多くの従業員が首を切られたことに現経営陣の道義的責任があると指摘し、「総退陣せよ!」と追求したのだ。拍手で賛同の意を表する一団もあり、大声で「悪いのはゴーンなんだよ! 西川さんは頑張ってる!」と擁護する人も。しばらく言い合いになって質問が中断した。
西川社長は冷静に応じる。20年間何をやってきたのか、と反省の弁を述べた後で、ガバナンスは刷新する、ただ一朝一夕には変わらない、一定の成果をあげた上で自らの進退を考えると話した。この程度は想定内なのだろう。念入りにシミュレーションを重ねてきたようで、動揺を見せずに淡々と語る。
波乱がないので、だんだん眠くなってきた。ゴーンの横暴を容認したことを反省し、将来に向けて新たな体制を構築していくと決意を述べるという展開が続くから面白くない。どんな質問にも、西川社長は「貴重なご意見をたまわりまして、ありがとうございます」と応じるのだ。危機管理的には申し分ない受け答えなのだろうけれど、本音が漏れ聞こえてこないから飽きてくる。
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退職金は払いたくない
会場が沸いたのは、先ほど西川社長を擁護する不規則発言をした人が質問に立った時である。「議案に大賛成! 経営陣に責任はない、ゴーンはあまりに悪すぎる! ゴーンは泥棒、詐欺師の顔。スナールは人が良さそうだからいい!」と大声でまくしたてた。会場からは笑いが起きたが、かわいそうなのはステージ上の経営陣である。笑うわけにはいかないのだ。井原慶子取締役が耐えきれずに笑みをこぼしたが、みんなガマンして仏頂面を通していた。
最後の質問者となったところでまた一波乱。「20年前に日産が危機に陥った時、ルノーという外圧を利用して立て直した。今度は魔物となったゴーンを退治するために検察という外圧を利用。こんなぶざまなことでは経営者失格だ」と厳しく断罪したのだ。さすがに憮然(ぶぜん)とした表情がこぼれる。ただ、ゴーン氏に退職金を支払うのかと聞かれ、西川社長が一瞬の沈黙の後に「……退職金は払いたくない」と答えた時は、会場内の誰もが賛同しているような空気になった。
拍手で採決が行われ、すべての議案が可決。裏でずっと待っていたスナール新取締役が登場して「ニッサンノカブヌシノミナサマ、コニチワ。ニホンゴハアマリハナセマセン」とあいさつした。長身にスーツが似合い、スタイリッシュさは群を抜く。ゴーン氏と違ってカリスマ性は見えないが、柔らかな表情が安心感を抱かせる。しかし、よく見ると頰にはクリント・イーストウッドばりの険しい縦線が通っており、実は一徹な頑固者なのかもしれない。
新聞やテレビのニュースでは、「株主から怒りの声が上がった」「新体制の先行きに不安」などと報じられている。報道としてはそういうまとめ方になるのだろうが、会場で感じた空気とはちょっと違う気がした。怒りの声というのはごく一部で、多くの株主は議事が進行するのを淡々と眺めていた。西川社長は「異を唱えない企業風土」が長年続いていたことが問題だと話したが、それは日本の風土でもあるのだ。
(文=鈴木真人/写真=鈴木真人、日産自動車/編集=藤沢 勝)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。