東京オリンピックのレガシーはこれで決まり!?
ドア・トゥ・ドアの夢を託された「トヨタAPM」
2019.08.26
デイリーコラム
未来のモビリティーをデモンストレーション
「東京2020オリンピック・パラリンピック(オリパラ)競技大会」まで1年をきった。観戦チケット発売や聖火ランナー募集で盛り上がりを見せるが、56年前はいま以上の高揚感だったことだろう。1964年の東京オリンピックは戦前からの悲願であり、アジア初開催という意味でも記念すべき大会であった。
そんな世紀のビッグイベントに合わせて整備されたのが東海道新幹線、東京モノレール、地下鉄日比谷線と都営浅草線、首都高速道路、国道246号線など、東京における現代の都市生活を支えるインフラだ。日本オリンピック委員会(JOC)によれば、東海道新幹線に3800億円、地下鉄整備に1894億9200万円、道路整備に1752億7900万円の予算が投じられたという。
2020年のオリパラでは、大掛かりなインフラ整備ではなく、未来のモビリティーのデモンストレーションが行われる。自動運転車や燃料電池バス、やりなどの競技用具を運搬するロボットカー、有志団体CARTIVATORによる空飛ぶクルマなど、さまざまなプロジェクトが動いている。
2019年7月にトヨタが発表した短距離・低速型EV「APM(Accessible People Mover)」もそのひとつで、今回のオリパラ専用に開発されたモビリティーだ。車体には屋根こそあるものの、サイドは吹き抜けのシンプルな構造で、広い開口部は左右どちらからでも乗り降りできるように設計。大会期間中は約200台をオリパラの会場敷地内で走らせるという。定員は運転者のほかに乗客5人。乗客は2列目と3列目のベンチシートに座る。また、一部車両は救護活動にも使用する計画で、2列目と3列目の半面にストレッチャーを搭載し、その横に救護スタッフ2人が座ることができる。
通常の利用者として想定しているのは、大会関係者や競技者のほかに、高齢者や障がい者、妊婦、乳幼児連れなど、アクセシビリティー(利用しやすさ)に配慮が必要な来場者だ。トヨタは、APMを彼らに対する「ラストワンマイルのソリューション」だと位置づける。
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ラストワンマイルで活躍するAPM
ラストワンマイルとは通信業界から生まれた言葉で、巨大通信網の結節点である基地局からエンドユーザーまでの部分を指す。物理的に1マイル(1609.34m)の距離があるわけではなく、ネットワーク全体から見ればほんのわずかという意味合いだが、ここがユーザーとの重要な接点であり、アクセシビリティーやサービス満足度に直結する部分でもある。
そんなニュアンスも踏まえつつ、最近ではさまざまな業界でラストワンマイルが議論されている。例えば、宅配便業界では最寄りの配送センターから玄関先までがラストワンマイルとなるが、不在時対応やユーザー側の要望などもあって、最近はコンビニ受け取りや宅配ロッカー、店頭受け取りなど、多様な配達・受け取り方法が開発されている。
APMのラストワンマイルは、選手村における宿泊棟と食堂の間や、駐車場と競技施設の間など、敷地内でのちょっとした移動となる。最高速19km/hはクルマとしては低速だが、APMにとって速度は重要ではなく、歩かずに移動できることに価値がある。ちなみに19km/hは世界トップレベルのマラソンランナーの速度に近い。また、1マイルに近い距離の1500m走では3分26秒が世界記録であり、時速換算すると26.2km/hになる。アスリートはやっぱりすごい!
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多種多様なラストワンマイル
……話をラストワンマイルに戻そう。
昨今、MaaS(Mobility as a Service)におけるラストワンマイルも話題になっている。MaaSが注目される背景には既存の交通網の疲弊が挙げられる。かつて路線バスは自家用車の普及で利用者が減ったために運行本数を絞ったが、本数が少なくて不便だからと利用が伸び悩むという負の連鎖に陥っている。住民の移動手段確保のために公的資金を投入する自治体は多いが、抜本的な解決にはなっていない。
そこで、新しい交通システムとして、MaaSが注目されている。完全自動運転になれば柔軟な運行が可能になるかもしれないし、物販と組み合わせたり、貨客混載にしたり、さまざまなサービスと組み合わせることで収支が安定するかもしれない。あるいは観光客向けのルートを開拓することで地域経済が活性化し、それが地域住民の交通を支えてくれるかもしれない……。
このようにさまざまなアイデアが出ているが、いずれにしても運行ルートは幹線道路が中心となるだろう。しかし、いま公共交通が必要なのは高齢者を筆頭に、トヨタがAPMの想定利用者として挙げたアクセシビリティーに配慮が必要な人たちだ。彼らにとっては自宅から公共交通の乗り場までの“ラストワンマイル”の移動が楽ではないし、公共交通を使わずとも、日常生活には近所の知人を訪ねたり、コンビニに行ったりと、多様な“ラストワンマイル”がある。日本の人口は減少に転じたが、65歳以上の高齢者人口は2042年まで増え続ける。そう考えると、ラストワンマイルの問題を置き去りにすることはできない。
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2020年を新たなモビリティーの“元年”に
交通のラストワンマイルについては別の視点もある。環境対策や都市計画の一環として、ヨーロッパの都市のように市街地や観光地周辺への車両の流入制限を行うとしたら、エリア外の駐車場から中心部までの移動手段が必要になる。また、車両制限区域内でもクリーンな移動手段が必要になるだろう。こういったところにもラストワンマイル用モビリティーの活躍の場がありそうだ。
オリパラで運行するAPMは、こうしたラストワンマイル用モビリティーの一例を示したものといえるだろう。今回のような使用条件であれば、機能はごくシンプルでいい。日差しを遮る屋根と雨をしのぐためのスクリーンカーテンはあるが、エアコンはなく、低速かつ短距離移動なので、バッテリーが大容量である必要はない。性能的にはハイブリッド車やプラグインハイブリッド車に搭載していたバッテリーのおさがりで十分ではないだろうか。車体は乗用EVというよりもゴルフカートに近く、ニーズに合わせてアレンジもしやすいそうだ。
こうした車両をMaaSに組み入れるとしたら、仕組みづくりが最大のテーマになるだろう。誰がいつ利用することを想定するかで、サービス設計は変わってくる。また、誰が主体的に運用するのか、誰が費用を負担するのか、誰が運転し、車体を管理するのか……。すぐには答えが出ない問いばかりだが、実際にAPMが運用されることで、議論がしやすくなるのではないだろうか。
1964年のオリンピックは都市交通インフラという大きなレガシーを残した。来年のオリパラは「新しいモビリティーは2020年から始まった」と言われるものを生み出すことに期待している。
(文=林 愛子/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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