いまクルマに乗りたい! コロナ禍のフランスで思ったこと
2020.04.17 デイリーコラム受難続きの変革期
2018年夏、イタリアはジェノバで橋が崩落した事故をご記憶だろうか。構造に問題を抱えた高架橋をなおざりにしたことで起きた惨事。直後のF1グランプリでフェラーリはマシンのボディー先端に黒い橋のステッカーを貼って追悼の意を表明した。あの時、自動車は道がなければ走ることはできないのだと痛感したものだったが、今回敢行(かんこう)された外出禁止に、クルマは道があっても移動の自由がなければ無用の長物であることを思い知らされた。
われわれはいま、100年に一度の自動車変革期に生きているという。フランスでは内燃機関という大陸から電気モーターの大陸へ、さぁ、みんなで一緒に渡り切りましょうとばかりに、ここ数年、国は人々の背中をグイグイ押している。燃料への課税、車検制度の見直し、都市部で「古いクルマ」が締め出される一方で、充電ステーションが雨後のたけのこのごとく出没している。テレビのニュースはEVがどれくらい環境に優しく、どんなに地球のためになるかを頻繁に放映する日々。一方で相乗りが奨励され、スピード違反の取り締まりが厳しくなり、パーキングの値段が上がってクルマ乗りは水攻めに遭っているかのようだ。
2019年、この国はジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)運動に激しく揺れた。もともとガソリン課税への反対をきっかけにクルマ乗りの起こした抗議活動だったが、短期間のうちに格差社会を生み出す政府への不満に姿を変え、かなり過激な展開を見せた。確かに環境汚染問題は深刻だ。それは誰もがわかっている。EVのほうが環境に優しいことも知っているけれど、お財布がついていかない。国がこれほど環境対策に心血を注ぐのはEU内でリーダーとなりたいがためのこと、焦りも目立つ。いま振り返ると、ジレ・ジョーヌはクルマという自由のシンボルを、短期間で兵隊のごとく画一化しようとする国への怒りのさく裂だったのではないかと思う。「変化は大事なことだけれど、変化の速度はもっと緩やかでなければならない」。こう言ったのはボルボのCEOだったと記憶する。
現在、国土封鎖、外出禁止令が発動されてから4週間が経過した。3週目の終わりに首相は「まだ始まったばかり」と発言。外出制限は5月11日まで延長された。自動車メーカーのラインはストップ、買う人もわずかだ。2020年3月の新車登録台数は前年比マイナス85%にまで落ち込んだ。自動車工業会は「回復には電気ショックがいる」との声明を出している。
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“自動車の価値”とあらためて向き合う
極めて個人的な感想ながら、100年に一度の自動車変革期にこういう事態が起きたことが偶然とは思えない。「ブレイク」か「仕切り直し」、「リセット」、そんな気がしてならないのである。国や企業ばかりではない。われわれユーザーにとっても、もう一度、クルマについて考えてみようと言われたかのような気がする。
自動車はラインがストップすれば造れず、造れなければ人は買えず、造れたところで人が買わなければ(買えなければ)売れず、クルマが売れなければメーカーどころか国の経済も傾く。EV買い替えにノリノリの政府はノリノリのまま行けるとは思えない。メーカーも同じだ。
外出禁止令が発動されてから都市部の環境汚染が劇的に改善された。パリの空は澄み渡り、それはそれは美しい。ヒトが家に閉じこもり、自動車を取り去って、工場をストップすれば都市はきれいになる。なーんだ、こんなにカンタンなことだったのだと肩透かしを食らった気分。しかし澄んだ空を手に入れたとき、人の暮らしも心も貧しくなってしまった。実に皮肉。消費量の低下による原油の値下がりも皮肉な出来事。ガソリン価格の値段が劇的に下がったのは、マイカーの燃料計の針が不動の時期である。
何よりあらためて移動の自由が自分にとってどれほどかけがえのないものであったかを痛感する。これはフランス人も同じ思いのようで、外出禁止で失ったものを問うアンケートは、外食や買い物、友達に会うより「移動の自由」が断トツ一番だった。手段は自動車。が、それは目的地に行くための手段ではなく、移動の自由を象徴するものとしての「自動車」。電車や飛行機ではなく、思い立った時に自分で駆って出掛けることのできるクルマこそ、自由の代名詞ということだろう。同時にそれは個(孤だろうか)の空間である。感染の有無を調べる検査に韓国同様、フランスでも運転席に座ったまま行う「ドライブテスト」を採用した。「自動車は個人の空間だから周りにとっても安全」という医療従事者の言葉が印象的だった。
いまクルマに乗りたくてたまらない。フランスでは多くの人がこう思っているのではなかろうか。移動とスピードという人間の夢を土壌とするならば、自動車はこの土が育てた大木だ。大木を枯らしてはならない。
(文=松本 葉/写真=Newspress/編集=関 顕也)
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松本 葉
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