ハンドメイドでコツコツと 「Gクラス」はかくしてつくられる
2025.10.08 デイリーコラム生産工程のほぼすべてが手作業
マグナ・シュタイヤー(正式名称はマグナ・シュタイヤー・ファールツォイクテクニーク)はカナダの自動車部品メーカーであるマグナ・インターナショナルの子会社で、自動車製造をなりわいとしている。日本の「GRスープラ」(と「BMW Z4」)も、オーストリアのグラーツにあるマグナ・シュタイヤーの工場で生産されているし、過去には「フィアット500」(1950年代)や「アウディV8」、「サーブ93カブリオレ」や「プジョーRCZ」なんかもつくっていた。つまりマグナ・シュタイヤーという会社は、メーカーが自社で生産するにはコストや設備の問題で難しい案件を、高い生産技術力が評価されて代わりに請け負う、“なんでも製造屋”みたいな存在である。したがって、マグナ・シュタイヤーのラインを流れるモデルは時によってさまざまなのだけれど、この場所がシュタイヤー・プフの工場だった1979年からずっと生産され続けているのが「メルセデス・ベンツGクラス」である。
マグナ・シュタイヤーの工場はどんなモデルにも対応できるよう、生産ラインはフレキシブルに変更できるようになっているが、Gクラスだけは専用の建屋があてがわれ、そこでコツコツとつくられている。Gクラスの工場は、そのほとんどの作業がいまだに人の手によることで有名だ。実際、ロボットが導入されているのはウィンドウに接着剤を塗布する工程のみ。それ以外はすべて人海戦術によってまかなわれている。参考までに、ロボットが積極的に導入された最新の「Sクラス」の工場では、一台を組み上げるのに(それでも)37時間を有するが、Gクラスは約100時間を費やしている。現在、ここで働く従業員数は約3500人で、彼らが年間約4万5000台のGクラスをラインオフさせている。
工場を刷新できないのはなぜか
誰でも疑問に思うのは、どうしていまだにロボットを導入せず人手にこだわるのか、である。ロボットでは不可能な高度な生産技術がGクラスには必要なのだろうか。
「そんなに難しい作業をやっているわけではありません。ロボットを導入した最新のラインへ変換することも技術的には可能です。ただ、おかげさまであるころからGクラスは世界的に大人気になりまして、それはわれわれの想定をはるかに超えるものでした。結果として、一時的に受注を停止したり納車まで3年以上かかったりもしました。そんなときに、年単位でラインを止めてまったく新しい生産設備に置き換えることは、さすがにできなかったのです」
こういうのを“うれしい誤算”というのかよく分からないけれど、需要が供給を大きく上回る事態が続いてしまい、いまだハンドビルドの工場として存続しているわけだ。これまで、Gクラスの生産現場のリポートがあまり世に出回っていなかったのは、秘密にしなければならない特別な生産手法が用いられていたからではない。現状の施設ではかなり無理して年間4万5000台を生産しているので、現場の多くの部分が手狭であり、物理的に取材クルーが入り込む余地がほとんどなかったからだそうだ。よっていまでも公開されているのは、最終アッセンブリーラインの一部だけである。
工場見学はゴルフカートに乗って回る方式。そのスタート/ゴール地点にはたくさんの従業員の写真が飾られている。聞けば、彼らは「勤続25年」で表彰された方々とのこと。なかには親子2世代にわたってGクラスの生産に携わっておられる方もいるという。生産技術の向上により、工場で働く人間の数はどんどん減っているけれど、Gクラスの工場は雇用を創出しているだけでなく、そこで働く人々が誇りを持てる仕事環境も整っているようだ。
参加費2490ユーロの工場ツアー
実はこの工場、誰でも見学することができる。「Gクラス・エクスペリエンス」というツアーがあって、工場見学はそのプログラムに組み込まれている。Gクラス・エクスペリエンスは、グラーツ空港に隣接したエリアにあるGクラス・エクスペリエンスセンターで、さまざまなオフロードコースやスキッドパッドなどのオンロードコースを使い、現行のGクラスを思う存分ドライブできるというもの。基本的には参加者ひとりに対してGクラス1台とインストラクターがもれなくついてくる。参加費はひとり2490ユーロ(邦貨換算で約43万円)なので、まあまあのお値段ではあるけれど、丸一日、Gクラスをイヤというほど運転できるし、ランチや飲食はすべて含まれているし、プログラム終了時には参加認定証と特製のメダルが授与される。さらに希望すれば、出来たてホヤホヤのクルマを納車してもらえるサービス(ドイツとスイス、オーストリア在住の方のみ)もある。参加資格は特にないので、Gクラスオーナーでなくとも参加できるのだ。
自分も今回、一般の方とともに参加させていただいたのだけれど、みんなが一番盛り上がったのは、スキッドパッドでの「Gターン」だった。せっかくの機能も、普段は使う場面がほとんどないというのはあまりにももったいない。優れた機能や性能が発揮できる環境を提供することも、自動車メーカーの責務のような気がする。
(文=渡辺慎太郎/写真=メルセデス・ベンツ/編集=藤沢 勝)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

渡辺 慎太郎
-
いでよ新型「三菱パジェロ」! 期待高まる5代目の実像に迫る 2025.10.6 NHKなどの一部報道によれば、三菱自動車は2026年12月に新型「パジェロ」を出すという。うわさがうわさでなくなりつつある今、どんなクルマになると予想できるか? 三菱、そしてパジェロに詳しい工藤貴宏が熱く語る。
-
「eビターラ」の発表会で技術統括を直撃! スズキが考えるSDVの機能と未来 2025.10.3 スズキ初の量産電気自動車で、SDVの第1号でもある「eビターラ」がいよいよ登場。彼らは、アフォーダブルで「ちょうどいい」ことを是とする「SDVライト」で、どんな機能を実現しようとしているのか? 発表会の会場で、加藤勝弘技術統括に話を聞いた。
-
フォルクスワーゲンが電気自動車の命名ルールを変更 「ID. 2all」が「ID.ポロ」となる理由 2025.10.2 フォルクスワーゲンが電気自動車(BEV)のニューモデル「ID. 2all」を日本に導入し、その際の車名を「ID.ポロ」に改めると正式にアナウンスした。BEVの車名変更に至った背景と、今後日本に導入されるであろうモデルを予想する。
-
18年の「日産GT-R」はまだひよっこ!? ご長寿のスポーツカーを考える 2025.10.1 2025年夏に最後の一台が工場出荷された「日産GT-R」。モデルライフが18年と聞くと驚くが、実はスポーツカーの世界にはにわかには信じられないほどご長寿のモデルが多数存在している。それらを紹介するとともに、長寿になった理由を検証する。
-
なぜ伝統の名を使うのか? フェラーリの新たな「テスタロッサ」に思うこと 2025.9.29 フェラーリはなぜ、新型のプラグインハイブリッドモデルに、伝説的かつ伝統的な「テスタロッサ」の名前を与えたのか。その背景を、今昔の跳ね馬に詳しいモータージャーナリスト西川 淳が語る。
-
NEW
EV専用のプラットフォームは内燃機関車のものとどう違う?
2025.10.7あの多田哲哉のクルマQ&A多くの電気自動車にはエンジン搭載車とは異なるプラットフォームが用いられているが、設計上の最大の違いはどこにあるのか? トヨタでさまざまな車両の開発を取りまとめてきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】
2025.10.7試乗記アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。 -
「マツダ スピリット レーシング・ロードスター12R」発表イベントの会場から
2025.10.6画像・写真マツダは2025年10月4日、「MAZDA FAN FESTA 2025 at FUJI SPEEDWAY」において、限定車「マツダ スピリット レーシング・ロードスター」と「マツダ スピリット レーシング・ロードスター12R」を正式発表した。同イベントに展示された車両を写真で紹介する。 -
第320回:脳内デートカー
2025.10.6カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。中高年カーマニアを中心になにかと話題の新型「ホンダ・プレリュード」に初試乗。ハイブリッドのスポーツクーペなんて、今どき誰が欲しがるのかと疑問であったが、令和に復活した元祖デートカーの印象やいかに。 -
いでよ新型「三菱パジェロ」! 期待高まる5代目の実像に迫る
2025.10.6デイリーコラムNHKなどの一部報道によれば、三菱自動車は2026年12月に新型「パジェロ」を出すという。うわさがうわさでなくなりつつある今、どんなクルマになると予想できるか? 三菱、そしてパジェロに詳しい工藤貴宏が熱く語る。 -
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.6試乗記「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。