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キーワードは“LCA”と“ESG” 自動車メーカーが全方位で環境対策に乗り出すワケ

2021.07.09 デイリーコラム 林 愛子

サプライヤーにもCO2排出量の削減を要求

近年、自動車メーカーが製造段階における環境負荷低減策を強化している。BMWは電動車ブランド「BMW i」の旗揚げ時から、工場における再生可能エネルギー(再エネ)の利活用を推進。こうしたブランドの立ち上げに際して生産段階での脱炭素を掲げるのは、欧米メーカーのお約束となった。最近では、アウディが「e-tron GT」を生産するベーリンガーホフ工場で(カーボンクレジットの使用による相殺を含むものの)完全なカーボンニュートラルを実現。日産も、イギリス最大規模の自動車工場であるサンダーランド工場での再エネ発電施設を拡張するとともに、同工場をハブとしたローエミッションな電気自動車(EV)生産システムを構築すると発表した。

こうした動きは自社の取り組みだけにとどまらない。例えばトヨタは、一次取引先(ティア1)に対して、2021年のCO2排出量を前年比3%前後削減するように求めたと報じられている。

トヨタは、パリ協定が合意された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)の開催年である2015年に、環境目標「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表。「ライフサイクル視点で、材料・部品・モノづくりを含めたトータルでのCO2排出ゼロ」という目標を掲げた。具体的な施策としては、低CO2材料の開発・使用拡大、材料使用量・部品点数の削減、リサイクルバイオ材料の使用拡大、解体性容易設計の導入などのほか、工場からのCO2排出ゼロへ向けた低CO2技術の導入・開発、工場での再生エネルギーや水素エネルギーの利活用などなど……。これを見れば、トヨタが自社の取り組みだけで済ませるつもりでないことは明らかで、当時から、いずれは取引先に影響が及ぶと思われていた。ついにそのXデーが来たわけだ。

ホンダも同様に、取引先へ環境負荷低減を申し入れる予定があるとしている。今のところ、他の日本メーカーは方針を明らかにしていないが、そう遠くない将来、業界全体にこの流れは広がることだろう。

ソーラーパネルが並ぶ日産の英サンダーランド工場。建屋の周辺には、風力発電機も林立している。
ソーラーパネルが並ぶ日産の英サンダーランド工場。建屋の周辺には、風力発電機も林立している。拡大

脱炭素・カーボンニュートラルの流れは止まらない

製造段階での環境対応というトレンドを読み解くカギのひとつは、「ライフサイクルアセスメント(LCA:Life Cycle Assessment)」だ。国立環境研究所はLCAを、「ある製品・サービスのライフサイクル全体(資源採取―原料生産―製品生産―流通・消費―廃棄・リサイクル)またはその特定段階における環境負荷を定量的に評価する手法」だと定義する。

現在、自動車は使用時の環境性能をもって“エコカー”と呼ばれている。生分解性プラスチックの採用や電池の回収とリサイクルといった取り組みもあるが、体系化されてはいない。ところが、LCAに準拠した評価制度が導入されれば、数万点ある自動車部品一つひとつの生産から、最後の1パーツの処分に至るまで、包括して環境負荷が問われることになる。この評価のもとで“自動車の環境負荷を低減する”ためには、ゆりかごから墓場まで、関係するすべての企業が施策に取り組まなければならない。

例えば電気自動車(EV)は、走行中のCO2排出量がゼロなので、エンジン車よりも環境にいいと考える人もいるかもしれないが、車体製造時のCO2排出量はエンジン車の2倍という試算もある。試算は前提条件次第で変わるので、“2倍”という数値の妥当性は精査しなければならないが、LCAで見てEVが環境にいいと言い切れないのは事実だ。走行によるCO2の排出量についても、発電方式によってはガソリン車より多くなる可能性がある。本当の意味での環境対策を推進するならば、資源採取から廃棄に至るまで、すべてのプロセスで負荷を抑える(CO2等を削減する)努力がそもそも必要なのだ。

そうした取り組みを促すうえでも、LCAの重要性は古くから指摘されてきたが、前提条件の整備や計算方式が複雑であることから、これまでは「議論する」にとどまっていた。加えてLCAが(日本にとって)悩ましいのは、発電時のCO2排出量によって、評価が大きく上下してしまうことだ。北欧諸国のように再エネ100%ならいいが、日本は東日本大震災の前と後で、電源構成が火力寄りに大きく変わってしまった。この2つのマーケットでは、同じ性能のEVでも評価が変わるのは当然だろう。使用する国や地域によって、あるいはその時々の状況によって評価が変わる。そんなLCAのもとで、自社、あるいは自国製品の評価を最大化するためにも、産業界には非常に難しい対応が求められるのだ。

環境に優しいイメージの強いEVだが、実際の環境負荷がどれほどとなるかは、生産・使用される地域の電源構成によるところが大きい。
環境に優しいイメージの強いEVだが、実際の環境負荷がどれほどとなるかは、生産・使用される地域の電源構成によるところが大きい。拡大

環境負荷を抑えなければ資金調達もできなくなる?

このほかにも、LCAの評価に即した環境負荷低減に産業界が取り組まざるを得ない、大きな理由がある。そのひとつは、日本政府が「2050年のカーボンニュートラル実現」を目標として掲げていることだ。こうした目標を設定しているのは日本だけではない。ディテールは違うものの、欧米も同様の目標を掲げ、世界最大のCO2排出国である中国も、2060年をその目標年とする計画を立てている。

カーボンニュートラルの実現には聖域なき改革が必要だ。日本の場合、部門別CO2排出量は発電を含むエネルギー転換部門が約40%、製造業などの産業部門が約25%、運輸部門が約18%となっている。これまで自動車産業は、自社製品の燃費性能向上などを通し、主として運輸部門のCO2削減に寄与してきたが、LCA視点での環境負荷低減に取り組めば、産業部門やエネルギー転換部門でも横断的に貢献できるようになるだろう。

2つ目の理由は、世界の投資家たちが、企業の長期的な成長に欠かせないものとして「ESG(環境:Environment、社会:Social、ガバナンス:Governance)」を投資の判断基準としているためだ。環境とはCO2を含む温室効果ガス排出削減だけでなく、森林や海洋、生物多様性の保全など、あらゆる環境問題を対象としている。また「社会」とは労働環境整備、ダイバーシティー、児童労働問題などを、「ガバナンス」とは企業統治、リスク回避、危機管理などを指す。

ESG投資の拡大は顕著で、これらに力を入れない企業は市場から必要な資金を調達できなくなる可能性さえ指摘されている。自動車産業ももちろん例外ではない。サプライチェーン全体でCO2削減に取り組まなければ、存続すら危うくなりかねないのだ。LCAの観点での環境対応は、企業、そして産業の未来を左右するものとして、今後も進められていくことだろう。

(文=林 愛子/写真=日産自動車/編集=堀田剛資)

近年では投資の世界でも企業や事業の持続可能性が重視されるようになっており、「ESG(環境:Environment、社会:Social、ガバナンス:Governance)」に力を入れない企業への投資は、忌避されるようになってきている。
近年では投資の世界でも企業や事業の持続可能性が重視されるようになっており、「ESG(環境:Environment、社会:Social、ガバナンス:Governance)」に力を入れない企業への投資は、忌避されるようになってきている。拡大
林 愛子

林 愛子

技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。

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