高価格でもお買い得!? 高性能ハッチバック「GRMNヤリス」の実力に迫る
2022.02.21 デイリーコラム「数字ありき」ではないマシン
2022年1月某日、筑波サーキットで話題の「GRMNヤリス」のステアリングを握ることができた。この日は開発テストも同時に行われていて、開発ドライバーのひとりである石浦宏明選手の朝のタイムアタックでは、非公式ながらなんと1分2秒946というタイムを記録。その後の試乗でも、高いパフォーマンスを何周にもわたって持続できる走りっぷりに、大いに感銘を受けたのだった。
そのラップタイムもそうだし、エントリーで731万7000円という、「GRヤリス」のさらに8割増しにもなる価格や、ボディー剛性向上のための「スポット溶接の545カ所追加」に「構造用接着剤の塗布長12m伸長」、そして「500台の限定販売台数」なども含めて、象徴的な数字につい目が向いてしまいがちなGRMNヤリスだが、TOYOTA GAZOO Racing(以下、TGR)が志したのは、そうした数字に表れる要素ではない。目指したのは一貫して「モータースポーツの現場からフィードバックされたパーツ、制御を取り入れたクルマにする」ということで、実はサーキットでの目標ラップタイムすらも、まったく設定されていなかったという。
開発を担当したのはGRヤリスと同じ面々で、石浦宏明選手に大嶋和也選手という開発ドライバーの顔ぶれも一緒。違ったのは、すでにGRヤリスが世に出て、スーパー耐久や全日本ラリーなどの競技での実績があったということである。そのノウハウを生かして、“サーキットパッケージ”ならそのままサーキット走行に行き、全開走行を楽しみ帰ってくることが可能な、そして“ラリーパッケージ”ならそのままラリーに出て帰ることができるクルマが、開発目標とされたのだ。
例えば、1、3、4、5速とファイナルギアにSNCM材(ニッケルクロムモリブデン鋼鋼材)を使い、さらにショット処理を行うことで強度を高めた駆動系などは、まさしくモータースポーツの現場からのフィードバックが反映されたものといえる。実際にモリゾウ選手こと豊田章男社長もドライブしたスーパー耐久の車両は、駆動系トラブルに見舞われていた。常々言われている「モータースポーツを起点とするクルマづくり」が、まさに実践されたわけである。
磨き抜かれたスポーツギア
一方、前述のボディー剛性の向上にしても、それ自体が目標とされたわけではなく、ちゃんと動機があった。GRMNヤリスには、開発目標を愚直に実現するべく、従来の市販車の常識を覆すようなパーツがいくつも使われている。その象徴が“サーキットパッケージ”が採用する、ほぼSタイヤ並みの超ハイグリップを誇る、ヨコハマタイヤの「アドバンA052」。要するにそのボディーは、このタイヤを履きこなせる車体を目指した結果として必要な強化策が施されたということなのだ。
ちなみに「履きこなせる」と書いたのは、単に「履く」だけなら、市販品だけに難しい話ではないよという意味である。求めたのは、性能としてそのタイヤの実力をしっかり引き出せるものであることはもちろん、その大きな負荷にクルマが負けることなく、行くだけでなく楽しんだ後にしっかり帰ってこられることであり、また厳しさを増す騒音規制などをクリアし、当然ながら保安基準を問題なく満たし車検に通るクルマとすることだった。ブランドとしてはTGRとはいえ、トヨタ自動車が世に送り出すクルマだけに当たり前のことなのだが、それは容易に想像できるように、簡単ではなかったのである。
結果として、冒頭に記したように、筑波という一周1分ちょっとのコースでGRヤリスよりも2.5~3秒ほど速いラップタイムをたたき出したGRMNヤリス。しかし、繰り返しになるが、そのタイム自体が目標だったわけではない。タイム狙いならブーストアップでパワーを高めればいいだけのこと。そうではなく、TGRが目指したのは、モータースポーツで鍛えた知見やノウハウによって研ぎ澄ませたスポーツギアとしてのGRヤリスなのだ。
さらに言えば、このクルマは購入後にも機能向上のソフト/ハード両面での「アップデート」と、ユーザーそれぞれの走りの傾向、好みなどに合わせた「パーソナライズ」というプログラムも用意されている。このあたりも、まさに「モータースポーツを起点とするクルマづくり」の世界観によるものである。
限定台数500台に対して、すでに何倍もの抽選予約が殺到しているという、このGRMNヤリス。ここまで記してきたように、その内容は実に玄人好み、マニアックで、これだけ価格が上がっていても272PSのエンジンパワーは変わっていないクルマなのに、それだけの支持を集めているということは、なかなか感慨深いものがある。それは、GRヤリスが登場してから約2年の間に、「TGRが生み出したマシンならば、絶対スゴいものになるに違いない」という信頼のようなものが、しっかり築き上げられたということにほかならないからだ。
2022年2月28日の注文予約締め切りまでは、まだ少し時間がある。安い買い物ではないが、内容を考えれば絶対に買い得だということは、分かる人には分かるだろう。興味を持たれた方、検討してみてはいかがだろうか。
(文=島下泰久/写真=トヨタ自動車/編集=関 顕也)
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